鎧や甲冑の歴史は、何とも涙ぐましいまでの工夫の積み重ねの歴史だ。当初は青銅などの胸当てから始まるが、やがてチェインメイル(鎖帷子)やスケール・アーマー(うろこ状の金属を皮革の下地にびっしりと縫い込んだもの)など、少しでも軽く動きやすいようなものが開発される。しかし、ロングボウ(長弓)や銃など威力の高い新兵器が登場すると、これらに対抗するため全身を覆う頑丈な甲冑が作られ……という流れで、なかなか軽量で動きやすい防具は実現しなかった。

 自らを「最後の騎士」と称した神聖ローマ帝国皇帝・マクシミリアン1世(1459-1519年)は、自分専用の甲冑工場を建て、実用的かつ軽量化した鎧を作らせた。研究の結果、薄い鉄板を波形に加工することで強度を稼ぎ、その溝で剣や矢を受け流す甲冑が完成する。しかし、ここまで手間ひまをかけたマクシミリアン式甲冑でさえ、総重量は35kgもあったというから、並の体力では歩き回ることさえ困難であっただろう。

マクシミリアン1世
 

 日本の鎧も同様に非常に重く、当時の小柄な日本人には負担の大きなものであった。今川義元は大鎧を着けた際に転倒し、一人では立ち上がれなかったといった話も伝わる。鎧は兵士にとって生命線でもあったが、同時に生命を奪いかねないものでもあったのだ。

今川義元
 

 軽い木や布では防御力が足りず、硬い鉄や青銅では機動性に欠ける――数千年にわたって世界の武将や甲冑職人を悩ませたこの問題を、ごく簡単に解決する材料を、現代の我々は身近で使いこなしている。今回の主役である、アルミニウムがそれだ。

 アルミニウムの比重は1立方センチあたり2.70グラムと、鉄(7.87g)や銅(8.94g)の3分の1程度という軽さだ。強度はこれらにやや劣るが、合金にすれば十分な硬さとなる。現代の鎧というべき機動隊の盾や防護服なども、こうしたアルミニウム合金が用いられている(近年は透明なポリカーボネート製品が増えている)。

アルミニウム製の1円硬貨
 

 そしてアルミニウムという元素は、地球上に普遍的に存在している。地表における存在度は酸素・ケイ素に次ぐ第3位(重量比で約7.5%)で、鉄(約4.7%)やカルシウム(約3.4%)をはるかに上回る。長石や雲母など、ありふれた鉱物はアルミニウムを多量に含むから、地表に多いのも当然だ。

 でありながら、このありふれた、そして優れた金属は、恐ろしく長い期間にわたって人類の前にその姿を現すことを拒み続けた。アルミニウムが初めて金属の形で取り出されたのは1825年のことだから、金属アルミニウムの歴史はわずか200年にも満たない。さらに量産法が確立し、広く用いられるようになったのは20世紀に入ってからのことだ。

 アルミニウムの発見と工業化がかくも遅れた理由は、前回取り上げたシリコンと同じで、酸素との結びつきがあまりに強力であるためだ。今から27億年ほど前、地球上にシアノバクテリアという細菌が出現し、空気中に大量の酸素をまき散らした。この時、鉄やアルミニウムなど酸化されやすい金属はすべて酸素と結びつき、酸化物となって堆積したのだ。以後、化学者によって長い眠りを覚まされるまで、アルミニウムは酸素と結びついたまま悠久の時を過ごした。

 もっとも、やはり自然の懐は深く、アルミニウムが金属の状態で出土する場所もある。ロシアのカムチャツカ半島にある、トルバチク山はそうした珍しい場所のひとつだ。ここでは、酸素を含んだ外気から切り離された状態で、還元性の火山ガスが作用する極めて特殊な環境のため、金属状態のアルミニウムがわずかながら生成している。

トルバチク山 (Leo Palkovics / Wikipedia Commons)
 

 こうした金属状態のアルミニウムが自然界に多量に見つかり、武器や防具に利用されていたなら、世界の戦術史、ひいては歴史の流れそのものが変わっていたことだろう。ゴムやプラスチックと並び、「あの時代にこれがあったなら――」と、想像の翼を広げてみたくなる材料のひとつだ。

アルミニウムの発見

 では、アルミニウムはどのように発見されたのだろうか? 最初にアルミニウムが取り出されたのは、ミョウバンからだった。ミョウバンは鉱物や温泉の「湯の花」から作られ、媒染剤や皮なめし剤として古くから使われてきた。

ミョウバン
 

 前述のようにアルミニウムは酸素原子と結合しやすく、最高で4つの酸素と結びつく。媒染剤として使われる時は、布地の酸素原子と染料の酸素原子をアルミニウムが橋渡しし、結びつけている。皮なめしの時は、皮のタンパク質に含まれる酸素原子同士がアルミニウムによって結びつけられ、丈夫で分解されにくい構造に変える。人類は、経験的にアルミニウムの機能に気づき、使いこなしていたわけだ。

 しかし、アルミニウムと酸素を引きはがすのは容易なことではない。フランスの化学者アントワーヌ・ラヴォアジェ(1743-1794年)が、ミョウバンが未知の金属元素を含んでいる可能性を指摘したが、分離には至らなかった。さらに1802年、イギリスの化学者ハンフリー・デーヴィー(1778-1829年)が、ミョウバンから新たな金属酸化物とみられるものを見つけ出した。彼は、これをラテン語でミョウバンを意味する「alum」から「alumium」(アルミウム、アルミニウムではない)と名付ける。これはラテン語で「輝くもの」を意味する「a lumine」とも呼応する。

アントワーヌ・ラヴォアジェ
 
ハンフリー・デーヴィー

 ラヴォアジェとデーヴィーという超大物化学者さえ攻略できなかったアルミニウムを、初めて分離することに成功したのは、デンマークの物理学者ハンス・クリスティアン・エルステッド(1777-1851年)であった。ただし彼の製法では水銀が残ってしまう上、ごく少量を製造することがやっとであった。この後数十年にわたり、アルミニウムは現在のレアメタルどころではない、極めて貴重で高価な金属として君臨する。

ハンス・クリスティアン・エルステッド
 

アルミニウムを愛した皇帝

 このアルミニウムを、こよなく愛した君主がいた。フランス皇帝ナポレオン3世(1808-1873年)がその人だ。きっかけとなったのは、1855年のパリ万国博覧会であった。当時、貴重だったアルミニウムの延べ棒は「粘土からの銀」と銘打たれ、宝石をちりばめた王冠と並べて展示されていた。珍奇な金属は、万博の目玉として多くの来客の目に触れ、人々を驚かせたという。

 これを見たナポレオン3世はアルミニウム研究を強く後押しし、パリ郊外に工場を建設させる。ここで製造されたアルミニウムで、ナポレオンは自分の衣服のボタン、扇、皇太子のための玩具などを製造させた。彼は最高の賓客をアルミニウム製の皿、スプーン、フォークで饗応し、それに次ぐ身分の者は金や銀の食器でもてなしたという。食器のあまりの軽さにとまどい驚く客を見て、得意満面の笑みを浮かべる皇帝の姿が目に見えるようだ。

ナポレオン3世
 

 もちろん、ナポレオン3世は単に人を驚かせるために、アルミニウム研究を推進したのではない。この軽くて丈夫な金属を軍備に応用すれば、騎兵の機動力も格段に上がり、列強との戦争に大いに有利に働くと見てのことであった。一国の指導者として炯眼というべきであったが、アルミ製の軍備は彼の在世中には実現せず、ナポレオン3世は1870年に敵国プロイセンの捕虜となって帝位を降りている。

 その後も、アルミニウムは相変わらず稀少な金属であり続けた。1884年に竣工したワシントン記念塔は、米国の威信を示すため、その頂点の部分が2.7キログラムのアルミニウム製キャップで覆われた。ある歴史家によれば、このアルミニウム1オンス(約28グラム)分だけで、この塔を建てた全労働者の1日分の給与をまかなえたという。ほんの百数十年ほど前のアルミニウムは、金やプラチナなど足元にも及ばぬほどの高価な「貴金属」であったのだ。

ワシントン記念塔 (Alvesgaspar / Wikipedia Commons)
 
先端部分はアルミニウム製

アルミニウムの科学

 すでに述べている通り、アルミニウムは数多ある金属元素の中でも、ひときわ異彩を放つ存在だ。軽くて錆びにくく、(また現代においては)多量に生産可能な金属など、アルミニウムをおいて他にない。我々は見慣れているから何とも思わなくなっているが、その性質は奇跡の金属と呼ぶにふさわしいものだ。

 アルミニウムが軽い理由は、要するに原子そのものが軽いことが最大の理由だ。アルミニウム原子の質量は、水素原子の約27倍に相当する。鉄は約56倍、銅は約63倍、金は約197倍だから、アルミニウムがこれらよりずっと軽いこともうなずける。

 アルミニウムより軽い金属としてはリチウム(比重0.53)、ナトリウム(同0.97)、カルシウム(同1.55)などがあるが、これらはいずれも極めて酸化を受けやすい。錆びるどころの騒ぎではなく、水をかけただけで炎を上げて燃え上がるのだから、構造材料としては全く話にもならない。

 もっとも先ほど述べた通り、アルミニウムも非常に酸素と結びつきやすい。これは、すなわち錆びやすいということに他ならない。アルミニウムは錆びにくいという事実と矛盾しているではないか、と思う方もいるだろう。実のところ、アルミニウムはナトリウムやカルシウムほどでないにしろ、空気中に出すとあっという間に錆びる。ただし、その錆がアルミニウム表面に緻密な皮膜を形成し、内部への酸化の進行を食い止めるのだ。これが「不動態」と呼ばれるもので、人類にとっては神からの素晴らしい贈り物であったという他ない。

 しかもアルミニウムは切削加工しやすく、見た目も銀白色で美しいという利点も備えている。熱伝導率や電気伝導度も高いから、電気製品へも広く利用されるし、延性・展性に富むから、薄く伸ばしてアルミ箔として使うにも向いている。金属としての美点を、およそ一通り兼ね備えているといってもいいだろう。

アルミ箔
 

 ただしいくら素晴らしい性質があろうと、酸素と引き離すという難事を解決しない限り、アルミニウムは手の届かぬ崖の上に咲く美しい花に過ぎない。逆に言えば、それさえ解決できるなら、発明者の手元には巨額の利益が転がり込むだろう。かつての錬金術師たちは石から黄金を生み出すことを目指したが、アルミニウムの量産はこれに匹敵する夢といえた。

(後編につづく)