うだっている。
 外出する時間を選んで出かけないと、足元からチリチリと火が点きそうな暑さだ。
 ミラノは、北側にアルプス山脈、南側にアペニン山脈に挟まれた盆地の底にある。海はない。おかげで冬はひどく冷え込み雨量が多く、ひと冬じゅう湿気が溜まり、夏は暑さがこもって抜けず、40度近くにまでなることもある。
 広場に木陰を作っていた街路樹はすべて、二年前のミラノ万博に絡む再開発で引き抜かれてしまった。広場はもちろん、周辺の道路や運河の岸辺は、新建材で再建されている。木のない広場は、頭上からの陽差しに加えて地面からの照り返しで、横断するのもひと苦労だ。

©UNO Associates Inc.


 午前中だというのに、雨戸を閉めた窓が多い。一斉バカンスにはまだ間があるのに、とよく見ると、日当たりのよい側の雨戸が下りている。陽を遮り、室内の温度が上がらないようにしているのだ。今でこそバスや路面電車にも冷房が入るようになったが、冷房を嫌う人は案外に多い。古い石造りの建物の中には、一メートルもあるような分厚い壁のところもある。直射日光を遮断すれば、室内はひんやりしている。壁が冬じゅう溜めた冷気を放出して、天然クーラーの役目を果たすからだ。
 「バカンスに行けずに在宅しているのに、見栄で雨戸を閉め留守に見せかけている家もあるよ」
 友人が笑う。
 
 この時期になると、食卓も気怠い。煮炊きするのは、暑い。面倒。重い。食べないとバテる。さっと切って、すっと食べる。胃にもたれず、でも腹持ちも良い。
 車で大型スーパーマーケットに行くと、どうしても不要な分量や材料まで買ってしまう。近所の個人商店や公共市場で持てる分だけを買う。それは、その日に食べきる分量だ。
 「冷蔵庫に入れずに、室温で食べてくださいよ」
 朝の飛行機で産地から届いたばかり、というモッツァレッラチーズを買う。照り光っている。隣の青果店で、近郊の朝摘みトマトを二、三個ばかり。<牛の心臓>と名付けられたトマトは大きく見た目は悪いけれど、汁気が多く甘みと酸っぱさが絶妙の生食用だ。

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 はいよ、と店主はトマトといっしょにバジリコの枝を二、三本、サービスで袋に放り込み、モモにナシ、リンゴとスモモを一個ずつ入れて渡す。
 「ワインは赤がいいだろうね」
 <バラ>あるいは<亀>と呼び名の付いた、こぶし大のパンを買う。

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 モッツァレッラチーズは、作ったときの漬け水といっしょにビニール袋に入れて売られている。水から引き上げるとブルンと揺れるチーズを、皿の上でザクザクと厚い片に切る。ざく切りにしてたっぷりのオリーブオイルと塩少々で和えたトマトを、そこへ寄せ置く。
 「香りが飛ぶから、洗わないほうがいいよ」
 店主に言われた通り、バジリコの葉を数枚引き千切ってそのまま載せる。

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 フォークで突き刺し、次々と頬張る。
 モッツァレッラからじわりと流れ出る乳汁とオリーブオイル、トマトの汁が混じり合い、口いっぱいに広がる。夏の味。
 最後に、皿に残った汁をパンで丹念に拭い上げる。ああ美味しい。
 買ってきた一個ずつの果物の皮をむき一口大に切って、赤ワインを入れたグラスにぎゅうぎゅうに入れる。赤ワインはざらりと低俗な味わいのほうが合うようだ。
 「夏は赤。氷を入れて、飲め」
 サルデーニャ島の牧童から教えてもらった。島の夏は過酷だ。口当たりの軽い白を冷やすと、夏場はつい飲み過ぎる。知らないうちに身体じゅうにアルコールが回り、むやみに体温が上がってしまう。余計に暑い。赤は、重厚なものが多い。氷で冷やして飲むとアルコール分が薄まり、白ほどグラスは進まない。身体に酔いが回る時間と飲む分量の釣り合いが取れている、と言っていた。
 
 暑さに降参寸前の暮らしは、手を抜くようで、凝っている。
 質素が翻って、何よりの贅沢だ。
 旬を口に入れると、夏に会えた身体が喜ぶ。

 雨戸の閉まった窓を眺めながらトマトとモッツァレッラチーズを食べると、心が南部イタリアへ飛ぶ。
 行ってみようか。

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「ヴェネツィアの危機」のその後

 『ヴェネツィアとその潟』が「危機遺産」に降格も、と現況の改善をするようにユネスコから警告されていたが、国の指導のもと自治体で善処策が検討されている事情を受け、2018年12月1日まで審議と決定は猶予とされることになった。
 一方、ウィーンの歴史地区が「危機遺産」に降格となった。

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