頁をめくるほど物語に引き込まれ、我を忘れて熱中する。本を読むことは、夢を見る行為に似ています。特集では、眠りと夢からひろがる文学の世界にスポットライトを当てました。

〈眠りと夢の文学〉
 名作2編を再録しました。まずは夏目漱石の『夢十夜』より「第一夜」。「こんな夢を見た。」ではじまる、10話のなかでもとりわけ美しく叙情的な短編です(アンケートでは夢枕獏さんと村田喜代子さんがマイ・ベスト3に推薦してくださいました)。もう1編は、石田五郎『天文台日記』より、お正月の1日を。夜が更けると「“私の星”との静かな対話がはじまる」と記す、天文学者の石田さん。星空に語りかける天体観測の夜を味わえることでしょう。

〈眠りと夢の本棚〉
6人の読み巧者が、世界の国々のおすすめ作品を紹介してくださいました。

(1)内田百閒「件(くだん)」
 アメリカ西海岸のモーテルで深夜、男が読み始めた――。写真家のホンマタカシさんが寄せてくださったのは、ちょっと不思議なエッセイです(「大きな欠伸をヒトツ」)。「出だしから素晴らしい」文章を読み、「現実でも夢の世界でも、自分はこんなふうに風景を見ていない」と男は唸ります。「体が牛で顔が人間」の主人公・クダンと、男の思いが交錯します。

(2)イヴォ・アンドリッチ「イェレナ、陽炎の女」
 ユーゴスラヴィア在住の翻訳家・山崎佳代子さんは、セルビアのノーベル賞作家を紹介してくれました(「夢を語りつぐ、光を生きる」)。旅を続ける「僕」の前に、現れては消えるイェレナ。山崎さんは、NATO空爆下のベオグラードで本書と出会います。「シェヘラザードが語ることによって生き延びたとしたら、私は夢を読むことで生き延びることができたのかもしれない」。

(3)ホルヘ・ルイス・ボルヘス『七つの夜』
 詩人の管啓次郎さんは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの夢の世界をひもとき、文学の可能性を教えてくれます(「夢、文学のはじまり」)。「目覚めの中で作家や詩人がつむぐ言葉の糸は、夢の語りをさらにもうひとつ先に延長したものではないか」。『七つの夜』から「第二夜 悪夢」を、さらに散文詩「夢虎たち」を手がかりに、ボルヘス作品の源泉がひろがります。

(4)トーベ・ヤンソン「ムーミン」ほか
 ムーミンシリーズでおなじみ、トーベ・ヤンソン作品の眠りを考察してくれたのは、翻訳家の冨原眞弓さんです(「眠れる原生林(もり)のおとなたち」)。「ここでの眠りは、もはや生の横溢ではなく、喪失の予感をたたえ、夢もまた悪夢の様相を呈する」。すやすや眠るムーミン・ママと短編『クララからの手紙』に描かれる眠りの風景から、「老い」の二文字が浮かび上がります。

(5)エルヴェ・サン=ドニ侯爵『夢の操縦法』
「自分が見るものだというのに、夢に対して私たちはまるで無力なのだろうか」。ブック・ナビゲーターで翻訳家の山本貴光さんは、1867年刊行の古典を読み解きます(「思いのままに、わが夢を」)。夢日記の書き方に、試行錯誤の実験の数々。サン=ドニ侯爵の夢への探求は止まることを知りません。果たして、思いのままに夢を操ることはできるのでしょうか。

(6)スクイテン&ペータース「傾いた少女」(『闇の国々』)
 翻訳家の原正人さんが案内してくれるのは、フランスのマンガ(バンド・デシネ)作品です(「夢の手触りをBDで」)。体が斜めに傾いた少女・メリーは悪夢のような現実を生きることに。しかし苦境にめげることなく行動します。「(メリーは)悪夢を体現する一方で、飛躍への新たな力をも宿しているのだ」。『闇の国々』は、2012年度の文化庁メディア芸術祭で大賞を受賞しました。

〈眠れぬ夜の本 マイ・ベスト3〉では、作家、翻訳家、詩人、俳優、哲学者、精神科医、漫画家など、34人の方々がとっておきの3冊を披露してくれています。

荒川洋治 五十嵐太郎 池内紀 いしいしんじ 上野誠 円城塔 大森望 角幡唯介 鍛治恵 鹿島茂 春日武彦 北村薫 木田元 鴻巣友季子 小池昌代 最相葉月 椎名誠 田中貴子 中条省平 津田直 鶴ヶ谷真一 傳田光洋 平田オリザ 細川周平 穂村弘 村田喜代子 山口晃 山﨑努 ヤマザキマリ 山田太一 夢枕獏 吉田篤弘 吉野朔実 よしもとばなな

 眠りと夢をめぐる豊かな本棚が出来上がりました。どうぞ本誌でお楽しみください。