今年は小林秀雄の生誕111年、没後30年の年にあたります。特集では、小林秀雄の「最後の対談」となった名対談をクローズアップしました。1979年7月、小林が亡くなる3年前に行われた対談で、相手を務めるのは60年来の盟友・河上徹太郎です。

河上「お互いに告別式には出まい。どうせ、出てももう相手はいないのだから」
小林「要するに思想上で交わっていれば、充分という、そういうことが、確かに君と僕との間に、いつの間にか出来ていた」
 小林秀雄にとって河上徹太郎は、議論を闘わせるのにまたといない相手でした。本誌に再録したのは、「文學界」創刊500号記念のために行われた対談です。小林秀雄と河上徹太郎は「文學界」の創刊まもない時から同人として編集に関わるなど心血を注いできました。
 さらに、今号ではテキストの再録にあわせて、対談音源を特別付録CDに収録しました。小林秀雄が自分が目を通していない講演や対談の速記類(音源はもちろんのこと)の公開を厳しく禁じていたことは有名です。今回は、両家ご遺族のご理解のもとに、特別に公開できる運びとなりました。

 ヴァレリー、ドストエフスキー、ベルグソン論から、歴史小説のありかた、日本論、歴史や民主主義の捉え方について、ふたりの議論は次々と展開してゆきます。対談の現場は、どのような雰囲気だったのでしょう。対談の音源からは、主張が白熱していくなかにもふっと気を抜くやりとりがあるなど、楽しそうに話を進める様子がうかがえます。お酒が入るにつれてどんどん軽妙になっていく小林の語りからは、講演会の音源などで接してきたものとはまた別の魅力を味わえるのではないでしょうか。

●坂本忠雄「友情の還暦」
この対談について、当時をよく知る坂本忠雄・元「新潮」編集長が解説のエッセイを寄せてくださいました。ふたりの担当編集者を長く務め、ともに行動されることも多かった生き証人のひとりです。出会いから60年、ふたりはどのように交わり、影響を与え合い、「最後の対談」に行き着いたのでしょうか。対談終盤の風景を次のように読み解いています。

河上さんが去っていく時に聞こえる小林さんの「さよなら」という声は非常に優しく美しいが、この時小林さんはこれで河上さんとの対談は最後になったと確信していただろう。

 河上徹太郎はこの対談の1年後に逝去しました。小林秀雄はその死を予期していたかのような意気込みで対談に向かったのかもしれません。河上徹太郎は「思想上で交わる」議論を挑むことが出来る大切な友人でした。小林が次から次へと繰り出す問いかけからは、河上の返答を待ち望む小林の姿が浮かび上がります。小林秀雄が最晩年に挑んだ盟友との対談を、どうぞご堪能ください。