インタビュー 髙橋秀実

亡くなった人を過去形で表現すると、しっくりこないんです。

白黒、賛否のつけられない、ぼやっとした人間の本音を独特な文体で表現し続ける。秀実流ノンフィクションはどうやって生まれるのか?

何もわからなかった

 この本のもととなる連載を『考える人』で始めた頃、「私の先祖はこうだった」なんて話、読者が読んで面白いのかなと、正直、思いました。他人のルーツを知ったって、「だから、何なの?」と言われそうで。
 書き終えてわかったことは、「わからない」ということですね。戸籍は取り寄せることができます。だけど、その先がわからない。お寺の過去帳を調べろとかよく言いますが、過去帳を見ても、戒名が書いてあるだけですから、その人とのつながりとかは全然わからない。火事で焼失してしまうこともあるので、過去帳が残っていないケースもある。宗派によっては公開しないところもある。
 最初、武士かもしれないとわかる。知った瞬間、姿勢を正してしまう。「オレ、武士か」と。不思議ですけど、影響されるんですよ。その次に、「百姓」「ヤクザ」、そして平氏、源氏、さらには皇族と、次々と変わっていった。で、その都度、「やっぱりな」と思ったりするんですよ。百姓は百の「姓」で、いろんな人たちとのつながりをかみしめて生きなきゃいけないんだ、と思ったりする。取材からの帰り道なんて、歩き方がちがってくる。武士の時は武士っぽく、百姓だったら百姓なりに。
 この作品の中で、私、珍しく二度泣いてるんです。一度目は、曾祖父の準一郎が三人の子を亡くしながらも、教え子たちに命の大切さを説いているところを想像した時。もう一つは、祖父・豊吉と祖母・か祢の墓参りをして、「生前に優しい言葉をかけられなくて、ごめんね」と謝る場面。どうしてかなあ。やっぱり、ベースには「わからない」ということがあるからでしょう。
 自分の先祖はどこそこで何々をしていました、写真はこれです、っていうわけじゃないんですね。伝記があったり、物語があるわけではない。何の手がかりもない。もやもやっとした中に、ぽっとひとつ、投げ込まれる感じ。曾祖父の髙橋準一郎にしたって、校長先生をしていたという記録以外は、何も残っていないわけですよ。何にもわからないから、逆にうっときたんじゃないかなあ。祖父の豊吉のことも、生前、何度か会って、遊んでもらっているにもかかわらず、何にも知らない。迷子じゃないですけど、知らないことに泣いちゃうんですね。

過去のことは終わってはいない

 今たまたま、妻の両親の十三回忌法要のために富山にいますが、父母はそれこそ変わらず、ここにいる。「いる」っていう言い方もヘンですけど、臨在感というのかな。人って、亡くなるとそこにはもちろんいなくなる。だけど、存在みたいなものは変わらず近くにいる感じがする。動いていることを感じるというか。その人が気配としてい続けているというか。だから、「死んだ」「いた」と過去形にしてしまうと、しっくりこない。
 たとえば、毎日ブログで、「今日は誰それに会いました」とか書いてらっしゃる人いますね。あれ、できないんですよ、私。なんかこう、引きずっているというか。
 人って、肉親でも友人でも、仕事仲間でも、毎日会っているわけではないですよね。たまに会っているわけだから、その間が長くなっているという感覚かなあ。最近、会っていない、くらいの感じ。
 戸籍って、基本的に「出生」の記録なんです。つまり、生まれた時、赤ん坊の感じ。だから、三代前の曾祖父母も、赤ん坊なんですよ。嘉永元年に生まれた赤ちゃん。赤ん坊っていうのは、やっぱり、愛しい。先祖って聞くと普通、お年寄りを想像するけれど、私の場合そうじゃない。三代前の「いそちゃん」が、ああ生まれたんだ、とか思うわけです。生まれていることが、今も続いているような気がしてしまうんです。

なんで「点と線」なの?

 子供の頃から、物書きの仕事だけはしたくないと思っていました。芥川龍之介とか太宰治とか、自殺していますよね。なんだか暗いし、そういうのだけは絶対嫌だと。
 そんな私が中学二年生の時に、賞をもらいました。全国学級新聞コンクールの最優秀賞。だから、今度の受賞は二度目なんです(笑)。でも、文芸とは全く関係なかった。編集長をさせられて、学級新聞を作ったんです。自分で一面のトップ記事を書きました。先生の家に行って、間取りを描いて、冷蔵庫の中に何があるかを見たら、醬油が一本あるだけ。「なんと冷蔵庫にお醬油が!」という見出し。スクープでしたね(笑)。
 大学は東京外国語大学のモンゴル語学科に行きました。なぜモンゴル語だったかというと、大学の学部を選ぶ時、たとえば法学部に行ったら弁護士、経済学部に進んだら銀行員、理科系に行ったらエンジニアとか、学部っておよそ道が見えるじゃないですか。外国語でも英語を学んだら、エリート商社マンみたいな。そうやって先が見えるのが嫌だった。モンゴル語学科だったら、先が何も見えないだろう、見えないだけじゃなくて、誰もやらないだろうなと。モンゴル語の勉強なんて、全然やりませんでしたけどね。
 二十歳前、文化人類学者になろうと思ったんです。当時、ちょっと流行ってたんじゃないかなあ。いろんなところに行って、フィールドワークするでしょ。あれ、いいな、と。で、十九歳の時にフィールドワークしに、友人と二人でボルネオ島に行ったんです。アルバイトしてお金貯めて二カ月間。ヒッチハイクしながら、奥地まで行って、ダヤク族の村に入りました。調度品とか、踊りやお祭りのことを調べた。そこには集会所もあって、ドクロとか並んでいましたね。話聞いて、メモして、現地の人たちの生活を取材するわけです。「これは何ですか?」「これはどういう意味があるんですか?」と聞く度に、「特に意味はない」と彼らは答える。「この壺の曲線のデザインは、何を象徴しているんですか」と聞くと、答えは「Just for design.」ですよ。全然、フィールド調査が深まらない。そんなことより、娘と家をやるからここに住まないかと言われて、で帰ってきました。それが、生まれて初めての取材らしい取材ですかね。
 フィールドワークをしている時に、現地でテレビの取材クルーと会い、こういうのって商売になるんだと思って、大学を出るとテレビ番組の制作会社に就職しました。ちょうど私が会社に入る頃は、テレビ業界が大きく再編される時期で、それまではテレビ局が番組をつくっていましたが、これからは制作会社が番組をつくるという流れでした。
 確か、重役が「君たちはクリエイティブなディレクターとしてテレビを変えてほしい。そのために、君たちを採用した」とかなんとか言ったんです。そしたら、その重役、私が入社してから半年で辞めちゃった。それで会社の方針が変わって、AD(アシスタントディレクター)ですよ(笑)。スタッフに弁当配ったり、苦情の電話をとったりの毎日。『わくわく動物ランド』とか『世界まるごとHOWマッチ』『すばらしき仲間』のADでした。
 三年目くらいになると、自分で取材に行って、撮って、帰ってくるんです。で、編集作業もするんですけど、これに時間がかかる。考え込むタイプなんで、人より遅い。性格的に向いてないんだなと思った。テレビって、時間をかければかけるほど、お金が出ていくんです。同時に、企画書を書いても企画が通らない。テレビって、企画よりも、誰が出演者かが大事なんですね。そうして企画書をたくさん書いている時、ふと、「ああ、これでいいんじゃん」と気づいたんです。このまま「換金」すればいいんじゃないか、と。テレビ番組にしようとするから、長い道のりになるんで。そういうわけで、三年目にその制作会社を辞めました。
 その後、出版の編集プロダクションに入ったんです。そこでは、週刊誌などに記事を書く仕事をしていました。ところが、その会社が、入って半年ぐらいでつぶれてしまう。で、そのまま、現在にいたるわけです。不可抗力でフリーランスになってしまったわけです。
 子供の頃、物書きになりたいとは思いませんでしたが、本は読んでましたね。印象深いのは、松本清張の『点と線』。最後まで我慢して読んで、読み終えると、なんでこの本のタイトルが『点と線』なのか、よくわからなかった(笑)。字を見つめていただけなんですかね。
 小学三年生の時に、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の読書感想文を書かされたんです。書いて提出したあと、先生に「髙橋君」って呼ばれたんです。「あんたね、文章の中に『感動』が多すぎる」って注意されたんです。その時書いた一節は、「ぼくは蜘蛛の糸を読んでとても感動しました。どこに感動したかというと、主人公のカンダタのこころに感動しました」。短い文章の中に「感動」という言葉が三つあったんですね。やっぱり噓はバレるなって思いました。

ノンフィクションの定義

 取材では必ずメモをとります。テーマと全然関係のない、時候の挨拶みたいな話からけっこうとっているかもしれませんね。なぜかというと、人の話って、内容はあまり重要じゃない、とどこかで思ってるんですね。話す内容って、要約したら、大体が同じ。それより、話し方とか、口癖、仕草のほうが多くを語る。新聞記事などでも、反対している人の話、賛成している人の話って、短くまとめると、ほぼ同じなんですよね。
 語弊があるかもしれませんが、自分が何を聞こうとしているのか、時々わからなくなる。何しに来たのって、時々、見失う。たとえば、自分の先祖が誰なのかを知りたい。名前を知りたい。で、実際に行くと、まあ、それは、いいかなあ、みたいになりがちなんです。目的意識がものすごく薄い。テーマがずれるというよりも、テーマが消えちゃう。テーマにあんまり関心がないんですかね。
 ノンフィクションに関しては、私なりの定義があるんです。ノンフィクションというのは、「ノン」「フィクション」だから、「フィクションではない」という意味です。たとえば、目の前に本を出されて、「これはフィクションです」と言われたら、「ああ、フィクションなんだ」と思う。ところが、「これはノンフィクションです」と言われたら、「これはフィクションではない」「じゃあ、何?」となるわけです。
 要するに、ただ問いを生み出すもの。だから「これが事実です」というのは、見た目はノンフィクションでも本質的にはむしろフィクションに近い。
 そのあたりの感じと、私の感じ―テーマ何だっけ?っていうのは、通じていますからこれはもうノンフィクションの王道だと思うんです(笑)。取材に行った時、「これは何々の取材ですから、これを聞きます。答えてください」―これは、どちらかというとフィクションの明確さですよね。ノンフィクションの場合、取材に行っても、これじゃないんだよな、これでもないんだよな、の連続。で、それを続けていくと、「何でオレ、ここに来たんだろう」となるわけです。

生来の方向音痴

 よく「脱力系ノンフィクション」といわれますが、本人にしてみれば、結構力入っているんです。そのギャップって何なんだろう? 力、入れすぎなのかもしれないですね。「ご先祖様」の時もそうなんですけど、取材を始めて書いているうちに、もしかして、これは、自分が方向音痴だということを、書こうとしているんじゃないかと思ったんです。先祖を探すということは、話の本筋ではあるんですが、自分の方向音痴性みたいなところを自分は書いているんだなと。その方向とはあらゆる方向なんです。空間的にも、思考的、時間的にも。
 まず、左と右が覚えられなかったんですよ。左手の甲に小さなホクロがあるんです。左右の覚え方は、ホクロがあるほうが左。だから、「左向け左」と言われたら、まず、ホクロの確認から入る。ホクロがこっちにあるから、左はこっち。「右」と言われたら、ホクロがないほう。だけど、左手を右肩に当てていたりすると、左手の甲のホクロが右側に来るんで、「左向け左」で右向いちゃったりして。
 そういう人間というのは、やっぱり、時間の方向も音痴なんですよ。だから先祖が赤ん坊であっても受け入れられるんですね。時間の方向が音痴な人間というのは、因果関係というのもしっくりこない。因果関係というのは、原因と結果ですよね。時間的には原因が先にあり、結果が後に起きたことですよね。私の場合、その前後というのが、けっこうフレキシブルなんです。
 結果があったから、原因を考えるんじゃないかと思うんです。実際に物事って、結果が出る前に、原因を認知できないですよね。結果が出た瞬間に、じゃあその原因って何なんだと考えるわけでしょ。ということは、結果が先なんですよ。一八六八年より二〇一一年のほうが先だったりして、非常識なんですけど、このほうが自然なんですね。

佇む人

 私、四六時中、佇んでいる気がします。ただ、その場にいるという感じ。たとえば今、そこに扇風機が回っていますよね。これ、壊れたら回らない。すると、佇み始めるんですよ。でも、動いている扇風機は佇んでない。スイッチを切ったとしますよね、でも、スイッチを入れると動くから、それは待っているだけで佇んでいることにはならない。だけど、スイッチを入れても回らない扇風機はなんでそこにいるのかよくわかりませんが、佇んでいるんです。いや、ホントに。よく見ていただけるとわかります。
 テープレコーダーがここにありますよね。動いていますよね。これは、ただのテープレコーダーなんです。でも、スイッチが入らなくなった時に、「おい」って言いません?「どうした? おまえ」ってたたいたりとか。壊れると、生き物に変わるんですね。それまでは、ただの機器。でも、動かなくなったら、急に「おまえ、どうしたの?」みたいになって、そこから、佇み始めるわけです。
 人も、機能を果たしている時は、佇んでない。機能から離れた時に、佇むんじゃないかと思うんです。機能を果たしているうちは、佇めないというか、佇まないというか。なんか、怠け者の言い訳みたいですが……。
 今、スーパーマーケットにいるとします。目の前にタマネギが並んでいる。一番いいやつを選んで、カゴに入れる。これは、機能なんですよ。ところが、このタマネギとこのタマネギを比べた時に、こっちのほうがちょっと大きいんだけど、少し傷んでる。こっちは、小ぶりなんだけど、傷んでない。そうかと思ったら、その中間みたいなものもあって、さて、どれにしようかと迷い始める。そんなこと考えている間にも、駐車場に停めた車の駐車料金が上がっていくわけで、タマネギくらいで悩んでいる場合かと―。そうすると、頭がショートするわけです。オレ、何やってるんだろうって。そのショートした時に、佇みが始まる。機械が壊れた時と同じです。
 ノンフィクションっていうのも、そうじゃないでしょうか。ノン・フィクション、「ノン・何とか」ですよね。常に、「何々じゃない」。扇風機じゃない、テープレコーダーじゃない、みたいな。機能として、買い物に来たのに、買い物じゃないわけですよ。「ノン・買い物」。買い物に来たのに、何しに来たのかわからなくなるわけですから。ノンフィクションの取材もそう。オレ、何を取材に来ているんだっけ、と佇んだ時から、ノンフィクションが始まるんじゃないかと私は思っているんです。

(二〇一一年九月二日、富山県滑川市にて収録)

(受賞者プロフィール)
1961年横浜市生まれ。
東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社、出版編集プロダクション勤務などを経て、ノンフィクション作家。
著書に『TOKYO外国人裁判』『にせニッポン人探訪記』『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『平成兵法心持。』『トラウマの国 ニッポン』『はい、泳げません』『やせれば美人』『趣味は何ですか?』『おすもうさん』など。
近著に『結論はまた来週』。 (受賞当時)

 

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選評

この人の希少性

養老孟司

 年に一度だが、この選評会はいつも勉強になると同時に、たいへん疲れる。討論は三時間にわたったはずである。
 その間に髙橋さんの本の内容がどのくらい議論されたか。正確な時間を計ったわけではない。でもたかだか十分くらいだったのではないか。そのくらい、いわなくても皆さんがわかっているといえば、わかっていたのだろうし、軽いといえば軽かった。でもその軽さが髙橋さんの身上である。
 髙橋さんは柔道をやるという。それがなんと、受身専門。髙橋さんのユーモアは、相手の前提を真面目に受け入れて、その結果、前提との矛盾を突く、というところにある。受身だからそうなる。これは元来、日本のお家芸の一つだったと私は思う。でもいまでは衰微しつつある。柔道は勝つことが目標になった。政治家にはとぼけることができない人が増えた。というより、いなくなってしまった。世間がそれを受け入れなくなったからであろう。いつの間にか、勝つことだけが優先するようになった。それを格差社会とか、勝ち組とか、いうらしい。でも勝てば官軍とは、単純な世の中ではないか。
 選考が長引いたのは、他にすぐれた本が多かったからである。じゃあなぜ髙橋さんの本については短い話になったかというと、わかりやすかったから、というしかない。わかりやすいから、軽い。
 でも本当に軽いのか。自分の持っているものを軽んじるのは、人の常かもしれないのである。日本の言論界には、もともとその傾向が強いと私は思っている。それがあまり続くと、反動つまり妙なナショナリズムが起こる。現に生じているとも私は思う。髙橋さんの希少性を評価するゆえんである。
 髙橋さんの他の著作を含めて、こういう作家が認められて当然だという気持は以前からあった。髙橋さんのルポは、現代社会にじつは正面から向き合っている。読みようによっては、物議をかもすか、抗議を申し込まれそうなことも多い。それを笑いに包んで、上手に流す。悪くいうなら、軽さでごまかす。そういう芸、そういう感性の持ち主がほかにあるだろうか。

元気に死んでおられる方々

関川夏央

 高橋秀実さんのイメージは「いつも佇んでいる人」である。佇み、腕を組んで考えている。
 何を考えて佇んでいるのかといえば、思想問題ではない。生産的なことでもない。ただ世の中の不思議について、思いをめぐらすのである。
 そこに何かしらの原理はあるか。あるとすれば、それはどういうもので、なぜそうなったのか。いわば、人の世の素数を探している。素数といっても、2、3、5、7などではなく、19、23、29、31、あるいはそれ以上の辺境に近い素数である。
 私たちも、ときどきふと立ち止まるが、一瞬後には忘れてしまう。小さいが本質的な主題を、髙橋さんは忘れない。というより、忘れることができないので、髙橋さんはずっと佇まざるを得ない。
『ご先祖様はどちら様』は広い意味ではルーツ探しだが、ルーツを確かめて安心しようというのではない。よい遺伝を誇ったり、逆に遺伝の束縛から逃れようとするのでもない。
「ご先祖様」は、まっすぐにはたどれない。横にどんどん数を増すばかりだ。それは、真面目に生きて、色々あって、いまは「元気に死んでおられる方々」として髙橋さんの前にあらわれた膨大な広がりである。
「奥さんが怒っている」「今の仕事では喰えていない」のに「今が楽しければよい」と危機感なしに「のうのうとしている」。遠い遠い遠い「母方の親戚」に当るらしいおじさんは、あなたもそうでしょ、と髙橋さんに同意を迫る。おじさんは、つまり、自分の生き方を明るく肯定しているのである。髙橋さんにも心当たりは大いにある。だが、星占いだって当るといえば当るのである。
 髙橋さんは昔、柔道をやっていた。基本に忠実な柔道で受け身が完璧だった。投げられっぷりがよすぎて受け身の音が畳にきれいに響くから、審判はつい「いっぽん!」と叫んでしまう。
 髙橋さんにとって、柔道も文学も人のためなのである。そういうつもりがなくても、そうなるのである。これは人徳であろう。才能であろう。
 たくまぬユーモアに満ち、「元気に死んでおられる方々」をしみじみとかたわらに感じさせるこの軽さを、私は得がたい旅の文学と見た。

不思議なノンフィクション

加藤典洋

 高橋秀実さんの『ご先祖様はどちら様』は、後半、母方の家系を追って静岡県に赴き、同じ髙祖母をもつという未知の人物を探しあてると、その人に、書き手の髙橋さんと「それにしてもよく似てる」父の従兄弟がいると驚かれ、ご先祖は「ヤクザ」だったと聞かされるあたりから、俄然、面白くなる。
 話を聞くと、その人の父の従兄弟は大学で外国語を学び商社に入社したものの数年で辞め、いまはフリーで翻訳の仕事をしている。いつもは「のうのう」としているが、いったん何かに興味をかき立てられると没入する。そういう親戚が多い、というか、そういう人だらけ。気づくと、大工をしているその人自身が、作業場の壁という壁に三百もの掛け時計を集めて掛けめぐらしている。ほとんど無意味な趣味に没頭し、自足している。どこか髙橋さんに似ている。というあたりで、髙橋さんと同様、読者は、そっと後ろから誰かに手で目隠しされる。何かに包まれる。
 人生の不思議をじんわりと味わう。
 しかし、そこまで行く前半、なんだか「ぬるい」。「とっちらかった」印象があり、ふん、ふん、と読み進む。たぶん選考委員中、私の評価が一番、低かったであろう。
 序章で、ある中年の人物と邂逅し、我々は現代では希少種の「文人」ならぬ「縄文人」なのだという話が出てきて、書き手は、縄文人とは何だろうと感じ、それが「自分を知りたくなった」端緒だと書いている。しかし、次にくるのが、それから「気がついたら1年も経っていた」という話。私のようなせっかちな読者には、ぴんとこないのである。
 仕方なく、選評を書くため、再読したが、この本は、とても「うす味」なのであった。「ぬるい」温泉なのである。戸籍を調べに区役所に行くと、戸籍よりも戸籍係のほうに注意がいってしまう。そういう書き方。方程式は一つしかないのに、未知数を二つ投げこんでいる。よくわからん。でも、気がつくと「身体の芯」が少しだけ、ぬくくなっている。
 一回目の読書よりも二回目の読書のほうが、面白い、調べ物の本の書き手というのは、何なのか。そもそも、これは、何なのか。選考会で、「尾頭付き」じゃないところが物足りない、と申し上げたような気がするが、尻尾と頭が最初から除かれている。そこにxとyが置かれている。不思議なノンフィクションに、光があたった瞬間だったかもしれない。


平明な「日本人達」論

橋本治

 今回の小林秀雄賞が髙橋秀実さんの『ご先祖様はどちら様』と決定するに至るまでには、かなりの紆余曲折があった。髙橋さんの愛すべき作品を含んでのことだから、激しい論戦があったというのとは少し違う。甲乙つけがたい二作が激しく拮抗したというのでもない。まったく次元の違う二作が最終候補に残って、選考委員一同「どうしたらいいんだろう?」と頭を抱えた感が強い。もちろん髙橋さんの作品が小林賞に決定することを反対する声はなかった―だから困ってしまう。
 内情を申せば、髙橋さんの作品が最終レースに勝ち残ったのは、拍子抜けするほどやさしい―平明と優しいの両方である―髙橋さんの作品が、候補作中唯一の「私と日本人」あるいは「日本人の中の私」といった日本を扱ったものだからである。これに対して残りはすべて、髙度に難解な欧米文明を扱ったものである。そりゃ、近代の日本はヨーロッパの知性に多くを拠ってはいるが、そのことにばっかり詳しくなっちゃって、我々日本人のあり方を考えるということがどこかに行っちゃってもいいのだろうかということが問題になった。そして、髙橋さんの『ご先祖様はどちら様』の上に小林秀雄賞が輝いた。
 この作品は、冒頭に述べられているように、《本書は、私が自らの先祖を辿るという極めて個人的な記録》であって、《読者の皆様には関係のない話と思われるかもしれません》だが、そのつもりでいて、いつの間にか髙橋さんが名もない日本人の代表として日本人のあり方を辿ってしまう本である。日本論とか日本人論というよりも、「日本人達論」の趣がある。「うっかりしたことを考えると面倒な方向に進んでしまいかねないが、立ち止まってよく考えるとどうってことない。そして、我々は孤独ではない」ということを、訴えるわけでもなく自然に実感させる本である。だから欲を言えば、もうちょっと面倒臭いことが書いてあってもよかったのじゃないかと思うくらいのものである。

ただ続いていることだけが

堀江敏幸

 系図ほどいかがわしいものはない。歴史に名を残す人物を数多く輩出している名家ならともかく―名家でもなお―、系図とは要するに幻の樹形であって、枝葉末節までいくらでも延長可能なのである。後世の人物が、その枝葉のあいだに細い線を付けたして、まったくべつの幹から伸びた枝にくっつけることほどたやすいことはなく、となると、自分の先祖は限りなく広がって際限がなくなる。
 髙橋秀実の『ご先祖様はどちら様』は、戸籍を頼りに自らの父母の先祖を探っていくという体裁の、いわば精神の軽妙なロードムーヴィーだ。父方、母方の親族を実際に捜し当て、親戚の名乗りを上げられるあたりはたしかにじんわりさせられるのだが、著者の目論見はもっとべつなところにあって、系図は遺跡と同様、発掘がすなわち破壊になるという、愛らしい矛盾に満ちた創造的な遺物であることを、身をもって確認しようとしている。
 調査のごく初期段階で、母方の祖父の戸籍の父母欄が空白でその下に「不詳」の二文字を見出したときの驚きと、役所の係の対応がじつに印象深い。「下手にわかるより、わからないほうがいいでしょう?」不思議なことに、人はそれでも、わからないほうがいい系図をたどろうとして、平氏にも源氏にも連なる背反を味わい、遡ればいつしか天皇家にも接ぎ木されてしまう。
 これではいけない。先祖なるものは、その前に誰がいて何をしていたかが重要なのではなく、ただ「続いている」ことに意義があり、追求しつつ、どこかでそれを客観視し、諦めなければならないのだ。先に生きたひとが、あとに来る命を生み出す。誰もが誰かの末裔なのであって、この事実を受け入れれば、ご先祖様の横のつながりは無限大に手を広げて、列島の人間すべてを自然にまとめてしまうほどの巨木に育つ。そして、東北部に延びた系図の一部がごっそり剝ぎ取られ、破壊されたいまだからこそ、自分のルーツを探ることが、結局、ひとを、他者を思いやることとして、いっそう深く響いてくるのではあるまいか。

 


 

 

『ご先祖様はどちら様』高橋秀実