イタリアから日本に帰国中、東京の炎天下でへたっていたところへ、
 「夏の名物があるから」
と、瀬戸内海の島の友人から誘われた。始発の飛行機で発ち、半日かかって島に着く。
 小さな島。粟島。山にはこんもりと木が繁るのに、道には陰がない。船から降りると、照り返しの熱と強烈な日差しでくらりとする。その上ちょうど凪にあたり、ぴたりと風が止まっている。海からもひっきりなしに水が蒸発しているのだろう。海面にぼんやりと靄がかかっている。
 止まった空気を切り分けるようにして、島の道を歩く。青々しい匂いが鼻を突く。小さな区画の畑が道沿いに続き、トマトやキュウリ、ナス、スイカがあちこちに生り、昼下がりの日差しを受けて照り輝いている。
 夏を頬張り、潮風が吹く頃に浜へ下りていき、そのまま寝転がる。頭上を夕日が通り過ぎて、あたりが薄紫色に変わる。
 潮騒が次第に静まっていくようで上半身を起こすと、波打ち際が遠ざかっていく。
 島の友人が、
 「今朝の味噌汁に入れた粗煮の残り滓なのよ」
 と言って、空き瓶に魚の骨や皮を放り込んでいく。何をするのかと見ていると、彼女は滑車に巻いた紐の端をその瓶に結わい付け、沖に向かって思いきり放り投げた。
 波が引いては、寄せる。
 熱風が涼風へと変わった頃、夜空の下で友人は紐をたぐり寄せ始めた。
 すると、どうだろう。
 海の中で、紐の先がぼんやりと青白く光っている。青白い光の塊は海面近くまで引き上げられると、瞬きをするようにきらめき始めた。浜に引き上げられた瓶の中の水を開けたとたん、そこは銀河に変わった。
 海ホタル。
 月はまだなく、あたりも砂浜も真っ黒である。そこへ、青白い小さな点が無数に散らばっている。
 「踏んでみて」
 砂浜の上に流れる銀河の上を、ビーチサンダルで歩く。すると、海ホタルはいっせいにさらに強い光を放ってきらめくのである。

まるで星空のような海ホタル。

 
 ふと見上げると、いつのまにか漆黒の空に無数の星が散らばっている。
 「盆近くになると、海ホタルが帰ってくるのよ」
 浜は、青白く煌めく点々で埋まるほどだという。星が天から降ったよう。
 天に星、地に海ホタル。
 夜光虫でもプランクトンでもない。海ホタルの詳細はまだよく知られていないという。夏の海からの、神秘的な使者である。

 


 夢うつつで東京に戻り、蒸し暑さに迎えられて閉口し、涼を取ろうと東京湾に寄った。黎明橋から屋形船に乗り、隅田川を上ってみるつもりだった。
 外灯も家屋も月もない島の夜は、塗り込めたような漆黒だった。もし東京にあの星と海ホタルを連れてきても、小さな煌めきは、高層ビルや行き交う車の照明に紛れてしまうだろう。東京ではもう、お盆のさみしいような、懐かしいような気持ちを味わうことも難しいのか……。

 


 隅田川を行く。窓から、涼しい風が吹き込んでくる。
 夜の東京の照り返しで、夜空は薄明るい。その空の向こうには、遠景の高層ビルの窓が点々と見える。そういえば幼い頃、黒い厚紙に針で穴を空けて、穴から漏れる光を星に見立てて遊んだっけ。

 


 ゆらり。突然、舳先が大きく動いた。
 すると、遠くのレインボーブリッジやその下をくぐり抜けていく船、首都高を走る車のライト、電光掲示板から、光がいっせいに海に溢れ出し、海面に広がり、いろいろな色に分かれ筋となって方々へ走り、さざ波を受けて筋が断たれ、細かく切れ、やがて点と変わって散らばっていった。
 このカラフルな海面の煌めきが、東京湾の海ホタルなのだろう。
 日本の夏。

 
 

 

イタリアから残暑お見舞い

あなたに似た人」でご紹介した、 イタリア政府による美術館へのお誘いキャンペーン第二弾です。

「秋からも引き続き芸術を!」

 

<Art looks like you>: ©2017 Ministero dei beni e delle attività culturali e del turismo
Collaboration with the Centro Sperimentale di Cinematografia, directed by Paolo Santamaria