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五木寛之×中島岳志特別対談 親鸞思想の危うさをめぐって

五木 戦時教学という問題はあるとして、もっと言えば、親鸞の他力思想自体にそういう要素がある、とは考えられませんか?

中島 そこなんです。親鸞の思想と日本の国体論とが結びつきやすい構造上の問題がある。それが重要な論拠になりますし、それについてずっと考えてきました。私なりにごく大まかな言い方をすれば、日本の国体論というのは、そもそも法然や親鸞の思想の土台の上に成り立っているのではないか、と思うんです。

五木 国体論のほうが親鸞思想よりも後に来ると。どういうことですか。

中島 国体論のルーツというのは基本的に、水戸学と国学の両者に求められます。水戸学は、天皇を敬いながらもやはり幕藩体制を守るための儒教的な考え方ですから、江戸幕府そのものを倒すというところまではいきません。
 そこで幕末期、国体論の中核を担ったのは国学のほうでした。しかし国学は、天皇以外は武士階級をふくめたあらゆる人間の平等、いわば一君万民の思想につながります。維新の精神、あるいは維新のときの国体論を見ていくと、やはり国学が大きく反映されています。
 その国学を体系化した本居宣長は、非常に熱心な浄土宗門徒の家の出でした。若い頃に法名をもらい、法然や親鸞には生涯を通して敬意を持ち続けている。そして国学の思想の構造は、ある種、非常に他力論的なもので成り立っているんです。

五木 なるほど。言われてみればそうかもしれません。

中島 宣長は表面上は仏教を否定していますし、国学の考え方は日本に漢意からごころ、つまり外来思想が流入する前の形に戻し、大和心をとり戻そうということで、いわば二分法です。この二分法では、漢意というのは賢しらなはからいであり、大和心はすべてを神の御所為におまかせする精神のことをいいます。この思想構図はきわめて浄土門的で、そのまま自力と他力に置き換えることもできますね。

五木 自力と他力は、まさしく法然と親鸞の思想の一番肝心なところですね。

中島 漢意、中国の発想は自分で何かをする、その作為によって世界を作っていこうとします。一方の大和心は、人間のもとには計らいは存在せず、すべての計らいは超越的な神のもとにあるとします。では、そういう神との交信はどうやってなされるかというと、和歌だという。この構造上の形式をスライドすると、阿弥陀仏と念仏になります。
 ですから、日本の国体論はもともと法然や親鸞の思想を土台としていて、親鸞を追い求めてきた人たちの他力思想には、国体論と結びつきやすい構造上の問題がある。だから暁烏は「弥陀の本願」を「天皇の大御心」と簡単に読み替え、天皇への随順をうながしたのではないかと思うんです。

五木 金子大栄は、浄土真宗は選択的な一神教であるということを言ってますね。これは、他の神仏をいっさい認めないわけではないが、自分は阿弥陀如来という一仏を選択して絶対的に帰依するんだ、ということです。
 そして南無阿弥陀仏という念仏には、無限、絶対、という観念があって、これは天壌無窮とか、あるいは今言われた一君万民という考え方につながる気がします。

中島 一君万民という国体論は、どこか魔法のようなものに映っていたんだと思います。国民はすべて天皇の赤子ということになると、そこで世の中にある様々な差別も取り払われて、みな一般化、平等化される側面もありますから。

五木 仏法の前では誰もが平等、というのはそもそも仏教の大原則です。あの蓮如も、法話の座では、武士も農民も地主も、身分など関係ないからどんどんしゃべれ、自分の意見を言え、しゃべらぬ者はおそろしい、とまで言っていますから。

親鸞と日本主義
中島岳志/著
2017/08/25発売

五木寛之

1932(昭和7)年、福岡県生まれ。1947年に北朝鮮より引き揚げ。早稲田大学文学部ロシア文学科に学ぶ。1966年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、1967年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、1976年『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。著書は『朱鷺の墓』『戒厳令の夜』『風の王国』『風に吹かれて』『親鸞』『大河の一滴』『他力』『孤独のすすめ』『はじめての親鸞』など多数。バック『かもめのジョナサン』など訳書もある。

中島岳志

なかじま・たけし 政治学者、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。1975年、大阪府生れ。大阪外国語大学外国語学部ヒンディー語学科卒業、京都大学大学院博士課程修了。2005年、『中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義』で、大佛次郎論壇賞とアジア・太平洋賞大賞を受賞。京都大学人文科学研究所研修員、ハーバード大学南アジア研究所客員研究員、北海道大学公共政策大学院准教授を経て、現職。主な著書に、『「リベラル保守」宣言』(新潮文庫)、『血盟団事件』(文春文庫)、『親鸞と日本主義』(新潮選書)、『超国家主義 煩悶する青年とナショナリズム』(筑摩書房)、『思いがけず利他』(ミシマ社)、『テロルの原点―安田善次郎暗殺事件―』(新潮文庫)、共著に『料理と利他』(ミシマ社)、『いのちの政治学』(集英社クリエイティブ)など。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

五木寛之

1932(昭和7)年、福岡県生まれ。1947年に北朝鮮より引き揚げ。早稲田大学文学部ロシア文学科に学ぶ。1966年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、1967年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、1976年『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。著書は『朱鷺の墓』『戒厳令の夜』『風の王国』『風に吹かれて』『親鸞』『大河の一滴』『他力』『孤独のすすめ』『はじめての親鸞』など多数。バック『かもめのジョナサン』など訳書もある。

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中島岳志

なかじま・たけし 政治学者、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。1975年、大阪府生れ。大阪外国語大学外国語学部ヒンディー語学科卒業、京都大学大学院博士課程修了。2005年、『中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義』で、大佛次郎論壇賞とアジア・太平洋賞大賞を受賞。京都大学人文科学研究所研修員、ハーバード大学南アジア研究所客員研究員、北海道大学公共政策大学院准教授を経て、現職。主な著書に、『「リベラル保守」宣言』(新潮文庫)、『血盟団事件』(文春文庫)、『親鸞と日本主義』(新潮選書)、『超国家主義 煩悶する青年とナショナリズム』(筑摩書房)、『思いがけず利他』(ミシマ社)、『テロルの原点―安田善次郎暗殺事件―』(新潮文庫)、共著に『料理と利他』(ミシマ社)、『いのちの政治学』(集英社クリエイティブ)など。

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