チョゴリと少女。2009年、新宿駅にて。
 

 「だって別に朝鮮学校とか行ってないんでしょ?」真顔で問うその人の目を、私はもう一度見つめ返した。何ら悪意のある言葉ではない。私の心も傷ついてはいない。ただ一抹の違和感だけが心に残った。勿論、韓国語を話すこともできず、“それらしい教育”も受けた記憶は一切ない。ただ、「だからあなたは日本人だよ」というその言葉が、父の抱えてきたものを消し去ってしまう気がするのだ。
 日本人の母、在日韓国人にルーツを持つ父の元に生まれ、幾度か自分に問うてきた。自分は何人なのか、どこに軸足があるのだろうか。そんな折に、やはり在日韓国人としてのアイデンティティーを持つ女性からこんな言葉をかけられたことがある。「マイノリティーとして生きる覚悟はあるの? 例えばあなたがどんなに優秀な成績をおさめたとしても、“さすが在日の子!”“母子家庭の子はやっぱりできるね!”とはいわれない。ところがあなたがもし悪いことをすれば“やっぱり在日の子は、母子家庭の子は”といわれてしまう。だからとりわけ身の振り方に気を付ける」。それがマイノリティーとして生きるということなのよ、と。
 半分は納得しつつ、どうにも腑に落ちなかった。社会の中での振る舞いに気を遣うことは悪いことではない。けれどもそれが少数者であるから、という理由であるならば、何も考えず受け流すことはできなかった。
 学生生活も終わりに近づいたあるとき、ふらりと立ち寄ってみた小さな飲み屋さんで、マスターと息が合い、話し込んだ。彼もやはり在日のルーツを持ち、けれども韓国に行ったこともなければ言葉も分からないのだという。「でもさ、俺、在日であることめっちゃ誇りに思ってるんだよね」。ひょうひょうと語るマスターの言葉に、何だか拍子抜けしてしまった。本来は絶対的ではないはずの境界線にとらわれ、勝手にその線引きから外れたような自分を揺らがせていただけ。もっと曖昧でいいし、もっと自由でいい。家族に素直に感謝できるようになったのは、そう気づいてからだった。

駅の風鈴。同じように見えて、少しずつ違う音色。