円形をしたミラノの南部に住んでいる。中心にあるのが、ドゥオーモ(大聖堂)。そこまでぶらぶら歩いていくと十五分ほどか。九月の日曜日の朝早く、ミラノナンバーの車がクラクションを鳴らしながら走り抜けていく。高い空の下、不要な騒音が響く。夏のバカンスが明けてまだ日が浅く、活力が漲っているのだろう。

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 ミラノで四十度、ナポリ四十五度、サルデーニャ島では五十度まで記録した狂夏だった。夏じゅう雨が降らず、農作物は実を成す前に立ち枯れてしまった。毎夏に作り置きするトマトの水煮も、今年は見送った。葉野菜や果物は、壊滅状態と聞く。青果店の店頭でブドウを眺める。心なしか、しょんぼりしている。九月には大半の地方で収穫が終わり、もうワイン作りが始まる頃だ。不作の秋冬、夜長をどう過ごそうか。 
 長期天気予報によると、冬は一変して厳寒がやってくるという。ミラノでは最低気温が零下二十度あたりまで行くのではないか、という予測もある。
 長く厳しい冬になるみたい。
 ドゥオーモへ行く途中のアイスクリーム店に立ち寄り、何気なく店主にそう言うと、
 「僕は、もう真冬です‥‥‥」
 沈んだ顔で返事をした。

 この数年、アイスクリームはイタリアでも大人気の商売だ。新しい店舗ができたと思うと、その多くがアイスクリーム店である。どの店も<職人の味>が売り物。各地でコンクールが開催され、定番から変わり種まで、次々と新しい風味が発表される。夏はもちろん、一年じゅう流行り廃りがない。 

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 昔その店は、有名ブランド数社の鞄の試作品を任された職人の工房だった。道に面した大きな窓が作業台の前にあり、散歩のたびに立ち止まっては職人の手先にじっと見入った。窓越しに挨拶をするようになって何年かしたある日、
 「今度、工房を移すことになりまして」
 親方が出てきて挨拶し、
 「その後に、甥が別の店を出します。何卒ご贔屓に」
 と、付け加えた。それが、アイスクリーム店だったのである。

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 私も毎日、買い物に通う公営市場で、青年店主も買い出しをする。シチリア島産のオレンジやナシ、黄桃、スモモやアンズ、キウイフルーツやブドウ、スイカにアーモンド、クルミに栗、と季節の味を買うのである。アイスクリームに使う果物を細かく切って、フルーツサラダも作る。あるいは、スムージーにもしてくれる。肌寒くなると、チョコレートアイスクリームと並べてホットチョコレートも出す。「ホイップクリームかヴァニラアイスを載せましょうか?」

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 牛乳だけでなく、豆乳でも。蜂蜜入りもあれば、ノン・シュガーも。
 「好みの違いだけでなく、お客さんのさまざまな事情に合うように」
 勉強熱心で、アレルギーや栄養学、宗教上の食の決まりごと、児童の食育などにも詳しい。表通りから外れた小道にあるので最初のうちは苦労したようだが、今では<ミラノで一番>との評判だ。
 それなのに、なぜ真冬なの?
 夏は商売のかき入れどきである。子供の夏休みを妻に任せて、店主はミラノで孤軍奮闘した。頑張った甲斐があった。さあ、いよいよ実りの秋到来だ。
 数日前、仕込みを終えて帰宅すると、
 <秋が来るのを待ち疲れました>
 夜の台所のテーブルに一行だけの書き置きを残して、妻は家を出ていってしまった。

 バカンス明けは、離婚のシーズン。長い冬が始まる。

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