十二月に入るとすぐ、祝日がある。今年は週末に繋がるので、三連休だ。
 日本が師走なら、イタリアでは聖人たちが小休止、か。祝日を境に、一斉に町中にクリスマスの電飾が点く。盛大な祝祭だが、疎む人も結構いる。普段の不仲や無礼をご破算にし破顔一笑でクリスマス、というわけにもいかない。
 そういうとき、どうしますか。

 受信メールの中に、

 <青天井の美術館へいきましょう>

 ミラノ市役所からの案内があった。
 今年は、雨が少ない。まだ寒さも緩く、晴れれば厚手のジャケットで十分。それでは、気分転換がてら屋外美術館に出かけてみるか。
 メールをよく見ると、青天井の美術館とは共同墓地のことだった。

 近くの広場から市電に乗る。共同墓地を通る路線は、ミラノを半分に切り分けるように伸びている。
 小春日和。
 大通りに立つ青空市場を眺めながら、市電は刑務所を掠めて閑静な住宅街へと進む。大きな書店の隣は、老舗の洋品店だ。生花店のショーウインドウが、冬景色に明るく浮き上がる。保健所に病院。教会の横の公園に、乳母車を並べて日光浴する若い母親や父親たちが見える。その前を自転車で走っていく勤め人たち。あの映画館は、短編映画の単館上映で有名だったっけ。前に観たのは、いつだったろう。高い塀は防衛省関係の建物だ。小学校に中学校。修道女が二人、足早に行く。聖衣も衣替えして、黒一色だ。
 まるで、暮らしの走馬灯だ。
 そのとき突然、市電の車窓いっぱいに白い石造建築物が現れた。 
 共同墓地である。
 大理石とレンガを建材とした、荘厳なネオゴシック様式である。ひんやりと寂しい白に添われて、正面玄関をくぐるとき見えない川を渡るような気持ちになる。

 

 ミラノに暮らし始めて間もない頃、友人に連れられてよく訪れた。友人は九十歳を超えて尚かくしゃくとし、陽気な女性だった。子供の頃から舞台に立っていた芸人で巡業して育ち、各地に詳しかった。
 「ミラノ人はね、日曜日になると弁当を持って共同墓地にピクニックに来たものよ」
 ゆっくり散歩しながら、さまざまなイタリアの話を聞いたものだった。それはここでもなければあちらでもない、不思議な空間の小さな遠足だった。

 25万平米もある。ところどころ芝生の植わった空間があり、高い梢から葉擦れの音が下りてくる。
 聞こえるのはそれくらいで、しんとしている。
 青天井の美術館とは、よく名付けたものだ。
 祀るのは、彫像の数々である。

 

 風雨に打たれて、目線を失ったまま俯いている女性の像がある。薄布を掛けて静かに横たわる紳士の足元には、猟犬だろうか、頭を載せて目を閉じている。踊り子。飛び立とうとする天使。帆を上げ船を漕ぐ男。
 生前の、さまざまな抄訳を見るようだ。あるいは、残された人の敬愛の一覧でもある。霊廟を構えている名家もある。さながら古代ギリシャ建築のミニチュアを眺めるようで、壮観だ。

 

 精気のない家々の間を歩き、木立を過ぎると、大きな食卓が現れた。
 『最後の晩餐』だ。
 卓につく人々は、カンパリソーダで有名なカンパリ家の面々である。十三人いる。ユダもいるのか。
 レオナルド・ダ・ヴィンチの絵を思い浮かべながら、カンパリ家の人々を見る。あちらに行ってまで、敵も味方もないだろう。イタリアの食卓を美しいルビー色で明るく染めた一族にも、いろいろあったのかもしれない。

 

 創った人も捧げられた人も、今は揃って上の住人だろう。
 美しい、メメント・モリ。
 青天井の美術館を歩きながら、来し方行く末を思う。

ミラノ市からの2017年度のクリスマスプレンゼントをどうぞお楽しみください。

 


作者:Tiziano Vecellio (1488/1490~1576) 
作品名:”Sacra Conversazione” (Pala Gozzi) (『聖会話』)
創作年:1520年
判型:312 x 215 cm
所蔵:Pinacoteca Civica “Francesco Podesti” di Ancona, Italia


展覧会場:Palazzo Marino, Milano, Italia (イタリア、ミラノ市 マリーノ宮殿)
開催期間:2017年12月5日~2018年1月14日
無料
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