散歩していたら、中世に出会った。
 ヴェネツィアのフェニーチェ劇場の裏通りを近道に、サンマルコ広場から戻るところだった。あまりに冷えるので、暖を取ろうと立ち寄ったバールにその人はいた。
 グレーのような緑のような、運河と同じ色の目をして、同系色の衣服を纏っている。くるぶし近くまであるスカートは、天鵞絨(ビロード)だろうか。ドレープが重みで鈍いラインとなり、まだ二十代そこそこのその女性を旧態依然とした雰囲気に見せている。
 町はこの時期、閑散としている。年中行事の端境で、店も宿も休暇で閉まっているところが多い。年に一度、ヴェネツィアがやっとヴェネツィア人のもとに戻るときだ。
 界隈で唯一営業しているその店には、休暇で郷帰りしている人たちや暦通りに働く人たちで賑わっている。ほとんどが顔見知りどうしなのだろう。強いヴェネツィア訛りが頭上を行き交う。
 雑談を交わしながら、店内の視線は中世から抜け出てきたような、その若い女性に集まっている。小柄で痩せているうえ、にこりともせずに一人でテーブルについている。しかも、飲み物は紅茶だ。冬の寒い夕刻の、ヴェネツィアで。
 「カーニバルの予行演習ですか」
 茶化す男を見もしない。周囲にいた数人はつまらない冗談に相乗りするつもりが、冷え冷えとした女性の様子に笑いが引きつっている。
 「お待たせしました、先生」
 紅茶を飲みきったところへやってきたのは、近所で付けペンや封蝋を売っている店主である。
 先生、って?
 隣席にいた私を店主は見つけて、
 「どうです、いっしょに授業を受けてみませんか」
 誘われるままに、カリグラフィーの授業を受けることになった。

 フランスから来たマエストラは、24歳だという。中学校を出てすぐ、絵付け師養成の専門学校に入った。絵付けといっても、皿や碗、壺ではなく、本である。
 挿絵画家か、と尋ねたら、
 「装飾写本です」
 黒い大きな皮革製の鞄から、厚紙をマーブル紙で覆ったバインダーを出して広げて見せた。

 


 手漉きの紙だろうか。乳白色の優しい色味の紙は便箋半分ほどで、そこへ極細の線で絵が描きこまれている。
 いや、絵かと思ったのは、文字なのだった。

 


 本がまだ万人のものではなく、そして書き残される内容も森羅万象ではなかった頃、選ばれた言葉だけが手書きで残された。大半が、宗教関係の教典だった。
 顔料も紙も高価だったが、原本から写し取る手が希少だった。美しい文字、というより、華麗で聖なる奉納品なのだった。
 「清らかな気持ちで」
 授業の最初に、強いフランス訛りでマエストラは教唆した。
 集まった生徒たちは、バールでたまたま同席した界隈の人たちで、装飾写本とは縁も所縁(ゆかり)もない。

 


 紙に顔を寄せて、ペン先をインクに浸ける。多すぎても、少なすぎてもうまく書けない。力を込めすぎても、ゆるくても駄目である。
 基本の書体にもいくつか種類があり、書体ごとにペン先も替える。ABCがひと通り書けるようになると、いよいよ装飾の始まりだ。
 「マエストラ、息は止めたほうがいいのでしょうか」
 各人のイニシャルに装飾を描き込むように言われて、懸命に書いて、描く。何百万回と署し見慣れていたはずの自分の名前が、中世の偉人のサインを見るようだ。

 


 インクとペン先は、ペン屋の店主からの提供品である。東方から伝わった顔料で作ったインクからは、古の匂いがする。カリカリと紙の繊維を掻くようなペン先は、イギリスで在庫になっていた年代ものだという。

 
 

 ペンが紙に擦れる音とインクのほのかな匂いが、ヴェネツィアの冬の湿気と混じり合う。
 その日から毎日四時間、一週間通って、終わる頃にはすっかり中世の写本家気分である。
 温故知新なヴェネツィア。