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AI時代を生き延びる、たったひとつの冴えたやり方

 私は、企業が主催する講演会に呼ばれて、AI時代の人材育成について語ることが多いのだが、その際、まずは、「自動化された脳」もしくは「最適化された脳」に気づいてもらうことから始める。
 たとえば、次のような設問である。

設問 次に、ある文章が5秒間だけ表示されます。速読して、意味を取ってみてください。

 いかがだろう? どのようなキーワードがあっただろうか。「おげんきですか」「ケンブリッジだいがく」「にんげん」などという文字に目が留まっただろうか。
 正解をじっくり見てみよう。

 なんと、単語の最初と最後の文字は合っているが、真ん中は文字の順番が入れ替わっていたのだ! これはGraham Rawlinson氏の「単語認識における文字の位置の重要性(The significance of letter position in word recognition)」という題名の学位論文(ノッティンガム大学)が大元らしいが、定期的に世界中のネットにあらわれて騒ぎになる。
 私が講演会で延べ1万人以上の大人に速読してもらった結果、95%以上の人は、この文章に「自動校正」をかけて読んでしまうことが判明した。それは、大人の脳が正しい日本語に最適化されているからだ。その証拠に、ウチの7歳になる娘にこの文章を読ませたところ、すぐに「パパ、この文章まちがいばっかしだよ〜」と笑い出した。ひらがなを習い始めて日が浅い小学一年生は、そもそも、速読などできない。ゆっくり反芻しながら読み進めるので、すぐにまちがいに気づく。
 念のため付け加えておくが、自動校正をかけること自体は、社会で生きていくために必要なので、「ああ、私の脳は自動化されてしまっている」と嘆く必要はない。ちょっと童心に帰って、ありのままの世界を見るための練習だと思えばいい。思い込みに気づくという意味では、頭を柔らかくするための体操だともいえる。
 ちなみに、自動校正をかけずに、すぐに文字順のまちがいに気づいた方は、大人になっても、常に新鮮に世界と接し続けている可能性がある。もしかしたら、日々の仕事では、周囲の最適化された人々より作業が遅いかもしれないけれど、AI時代には強い脳を持っている可能性がある。
 さて、もう一つ、似たような問題をやってみよう。

設問 次の文章を声に出して読んでみてください。

http://www.dafont.com/electroharmonix.font

 これはフォントの問題だが、母国語によって読み方が変わる。ウチのインターナショナルスクールのアメリカ人の先生は、すぐに「ヘイ、ガイズ」と英語で読み始めた。だが、読者の多くは、「カモン」もしくは「カモソ?」と読み始めたのではあるまいか。ウチの娘はバイリンガルなので「カモン、ガイズ」となった。
 目の前の文章を読むとき、英語や日本語にどれくらい脳が最適化されているかが、この例で顕わになる。みなさんの脳では、自動的に言語オプションが決まっているわけだ。
 と、まあ、ここまでは余興である。だが、このジョークみたいな例から得られる教訓がある。
 AIは機械学習によって、常に最適化されており、自動化されている。だとしたら、AIと同じような「脳」では困るではないか。同じでは、仕事を奪われてしまう。これからの人間は、常に頭を柔らかく保って、AIが不得手な部分で生きてゆかねばならない。
 複雑化した大人社会で、どうすれば頭を柔らかく保てるのか、どうすればAIに仕事を奪われずにすむのか。その方法は決まっていない。ええと、もし決まっていたとしたら、それも最適化された方法なわけで、またもやAIの得意分野ということになってしまう!
 AI時代を生き抜く方法というと、
「ようするにどうすればいいんですか?」
と、答えを求める質問を受けることがあるが、私は、
「それを『自分で考えること』こそが答えなんです」
と、答えることにしている。まるで禅問答の世界だが、そもそも、対AI戦略に、パターン化された答えなど存在しないのである。答えのない世界。そこで自ら考えて答えを見出そうと努力し続けること。そこから、あらゆる創造が始まり、AIに勝つ方策が見えてくる。
 といっても、ヒントなしに、いきなり明日から「頭を柔らかくしろ!」「創造しろ!」と言われても困ってしまう。そこで、誰もが経験したことのある「学校」についてじっくりと考えてみたい。学校教育は、企業の人材育成の原点でもある。そこには、複雑化した大人社会では見出しにくい、創造性のヒントがたくさん散らばっている。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

竹内薫

たけうちかおる サイエンス作家。1960年、東京生まれ。東京大学教養学部、同理学部を卒業、カナダ・マギル大で物理を専攻、理学博士に。『99・9%は仮説』『文系のための理数センス養成講座』『わが子をAIの奴隷にしないために』など著書多数。

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