1月29日(月)
兼任している「
新潮」2月号の校了中である。2月7日発売のこの号の特集は「創る人52人の『激動2017』日記リレー」。
大城立裕、神里雄大、大竹伸朗、島田雅彦、東浩紀、桐野夏生、岡田利規……と文学者を中心とした「
創る人」が一週間ずつ日記を記していく。2009年と2011年にも同様の企画をおこない、特に2011年の記録は、震災がおこる前に企画しただけに、二度とできない貴重な試みとなった。
2016年の年末に、今回の企画を計画したのは、2016年のテロや11月のトランプ大統領誕生から世界の潮流が大きく変化しつつあるのではないか、と思ったから。なんとなく、5年後、10年後には、この2016年から2017年への流れが時代の分岐点だと感じられるような気がするのだが、どうだろう?
1月30日(火)
当サイトに「
岡倉天心 日本近代絵画を創った描かぬ巨匠」を連載中の若松英輔さんの『
小林秀雄 美しい花』を読む。
小林秀雄が何を読み、どういう影響を受け、そのうえで何からの影響は明らかにし、何からの影響は触れるのを避けたのか。かなり斬新なアプローチから小林秀雄の本質に触れようとする評伝である。
「小林を見るのではなく、小林が見た月を見て、その実感を語ること、そこに小林秀雄の姿が浮かび上がる、そう思うようになっていった。」(「あとがき」より)
『
井筒俊彦 叡智の哲学』をはじめて読んだ時の新鮮な感覚を思い出した。若松さんの無数のスケッチが像を結ぶ。いつのまにか、今まで知っていたはずの井筒俊彦や小林秀雄の姿が前と少し変わってみえるようになる。長年向かい合ってきた対象への愛がそれを可能にさせるのだろう。「岡倉天心」も今年中には単行本にできそうだ。
1月31日(水)
高村薫さんの『
土の記』の大佛次郎賞贈賞式、祝賀パーティで、都内のホテルへ。朝日賞や朝日スポーツ賞、大佛次郎論壇賞と一緒の贈呈式なので、会場がとても混んでいる。95歳で朝日賞をとった瀬戸内寂聴さんの軽妙なあいさつが印象的だった。
後藤正治選考委員の話によると、『
土の記』は、5人の選考委員全員が二重丸をつけ、圧倒的な評価だったとのこと。野間賞や毎日芸術賞のときもそうだが、大阪から毎回、高村さんの仕事仲間や友人が何人も駆けつけてくる。この仲間が高村さんが常に新しい仕事をする力になっているのだな、と思う。
2月1日(木)
奇妙なドラマを見ている。
「
私立探偵ダーク・ジェントリー」(Netflix、シーズン2まで)。見る前はなんとなく、世間的にはパッとしない私立探偵が細かいヒントから意外な犯人を指摘する、といった一話完結の「刑事コロンボ」的なドラマなんだろうなと思っていたのだが、見てみたらまったく違っていた。
原作はこれもカルト的なSF小説 『
銀河ヒッチハイク・ガイド』を書いたダグラス・アダムズの小説で、昨年12月に河出文庫から『
ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』のタイトルで出ている(これに関しては「
Web河出」に裏話が載っていた。そうか新潮文庫版『銀河ヒッチハイク・ガイド』は大森望さんが担当だったのか)。
大富豪パトリック・スプリング氏殺害事件の謎を解くというのが、メインストーリーなのだが、それ以外にも、奇妙キテレツで超常現象的な出来事が第1話の間に山ほど起きる。視聴者を置いてけぼりにするような、わけのわからない展開の数々。何が何の伏線になるのかまったく想像がつかない。
大風呂敷を広げられるだけ広げ、収拾つくのかと思ったら、途中からきちんと知恵の輪が解けてきて驚いた。ダーク・ジェントリーの「全ての出来事はつながっているんだ 」というセリフが嘘じゃなかったことがわかる。まるでトマス・ピンチョンや京極夏彦氏を思いだす異常な情報量。よくこんな話を思いつくなあ。書いた人も書いた人なら、映像化する人もする人だ。
2月2日(金)
娘が誕生日なので、近所のワインバーへ。初めて入った店だが、自然派ワインがおいしい。生ハムのペーストと、ゴルゴンゾーラチーズのフリッタータをつまみに、ワインを二杯ずつ呑む。ずっとレコードでボサノヴァのアルバムがかけられていた。
店名が変わっていて、「
METTI, UNA SERA A CENA」。
これだけで、ああ、あれかと分かる人はすごいですね。エンニオ・モリコーネの映画音楽で有名な、1969年のイタリア映画だそうです。邦題は「
ある夕食のテーブル」。いわゆるラウンジミュージックの名曲とされる。
おしゃれだが、覚えにくいと思うんだけど、常連はみんな店名なんて呼んでいるんだろうか?