小山田浩子さんの『』(小社刊)が第150回受賞作に選ばれ話題の芥川賞ですが、第1回の受賞者は社会派作家、石川達三でした。戦時下、検閲と戦い続けた石川には、実は戦後も占領軍の検閲によって「封印」された作品がありました。『フランクル「夜と霧」への旅』をはじめ、丁寧な取材に基づく報道で知られる河原理子(かわはら・みちこ)朝日新聞編集委員が、この封印された作品の後日談とそれにまつわる「謎」を追いかけて特別寄稿してくださいました。

 問題の作品は、「戦ひの権化」。1946年夏に書かれた短編です。髑髏(どくろ)の山にカラスが舞う、ロシアの従軍画家が第一次世界大戦以前に描いた絵「戦ひの権化」にふれながら、石川達三は、戦争はこんなのどかなものではなくなったと書きました。「一発の原子爆弾が七万の住民を一瞬のうちに殺し去った、あの広島の焦土の荒寥たる報道写真の方が、ロシアの美術家の名画より七倍も十倍も凄惨な鬼気を描いてゐるのである」。達三はそう書いたのです。この短編はその年秋、『社会』という雑誌の創刊号に掲載される予定でしたが、占領軍の検閲により公表禁止の処分を受けます。戦後公開された検閲文書の写しによると、公表禁止の理由は三つ。「安寧を乱す。連合国への恨みを引き起こす。将来の戦争を予言している」。

 その後、「戦ひの権化」は1954年刊行の『思ひ出の人』にひっそりと収録されました。前書きも後書きも、公表禁止の経緯を語った解説もなく。ところが、そこには元の原稿とは違う「重要な一文字」があったのです。アメリカで検閲文書を調べて、その事実に気づいたのは詩人で女性史研究家の堀場清子さんでした。果たして、その一文字とは何だったのか。誤植か、あるいは意図的な差し替えだったのか……。河原編集委員の謎解きをぜひ本誌でお読みください。

 また、本稿では、占領軍によって封印された元の「戦ひの権化」を再録しています。石川達三が鋭い筆で伝えようとした「戦争の実相」。集団的自衛権行使の是非や憲法改正が議論されるいまこそ、ぜひとも読んでいただきたい作品です。