今年の大学入試センター試験に、本居宣長の「石上私淑言」(いそのかみのささめごと)が出た。「次の文章は『石上私淑言』の一節で、本居宣長が和歌についての自身の見解を問答体の形式で述べたものである。これを読んで、後の問いに答えよ」とある。今回は、その問題文を読んでいただくことから始める。元は旧仮名づかいであるが、あえて現代仮名づかいに改めて読んでいただく。

 問いて云わく、恋の歌の世に多きはいかに。
 答えて云わく、まず『古事記』『日本紀』に見えたるいと上つ代の歌どもをはじめて、代々の集どもにも、恋の歌のみことに多かる中にも、『万葉集』には相聞(そうもん)とあるが恋にて、すべての歌を雑歌、相聞、挽歌と三つに分かち、八の巻、十の巻などには四季の雑歌、四季の相聞と分かてり。かように他をばすべて雑といえるにて、歌は恋をむねとすることを知るべし。そもいかなればかくあるぞというに、恋はよろずのあわれにすぐれて深く人の心にしみて、いみじく堪えがたきわざなるゆえなり。されば、すぐれてあわれなるすじは常に恋の歌に多かることなり。
 問いて云わく、おおかた世の人ごとに常に深く願い忍ぶことは、色を思うよりも、身の栄えを願い財宝(たから)を求むる心などこそは、あながちにわりなく見ゆめるに、などてさるさまのことは歌に詠まぬぞ。
 答えて云わく、情と欲とのわきまえあり。まずすべての人の心にさまざま思う思いは、みな情なり。その思いの中にも、とあらまほしかくあらまほしと求むる思いは欲というものなり。されば、この二つはあい離れぬものにて、なべては欲も情の中の一種(ひとくさ)なれども、またとりわきては、人をあわれと思い、かなしと思い、あるはうしともつらしとも思うようの類をなむ情とはいいける。さるはその情より出でて欲にもわたり、また欲より出でて情にもわたりて、一様(ひとよう)ならずとりどりなるが、いかにもあれ、歌は情の方より出で来るものなり。これ、情の方の思いは物にも感じやすく、あわれなることこよのう深きゆえなり。欲の方の思いはひとすじに願い求むる心のみにて、さのみ身にしむばかり細やかにはあらねばにや、はかなき花鳥の色音(いろね)にも涙のこぼるるばかりは深からず。かの財宝をむさぼるようの思いは、この欲というものにて、物のあわれなるすじにはうときゆえに歌は出で来ぬなるべし。色を思うも本は欲より出づれども、ことに情の方に深くかかる思いにて、生きとし生けるもののまぬかれぬところなり。まして人はすぐれて物のあわれを知るものにしあれば、ことに深く心に染(そ)みて、あわれに堪えぬはこの思いなり。その他もとにかくにつけて物のあわれなることには、歌は出で来るものと知るべし。

 この後に、「答えて云わく」の最後がもうすこし続き、次いで『日本紀』とは『日本書紀』のことである、「挽歌」とは死者を哀悼する歌のことである、等の注が添えられ、問1は文中の「あながちにわりなく」は「ひたむきで抑えがたく」であり、「いかにもあれ」は「どのようであっても」であり、等々と答えさせるなどのことをしていくのだが、むろん私はここで受験指導がしたいのではない、「石上私淑言」、それも「情と欲とのわきまえ」となれば、ただちに思い当ることがあるのだ、小林秀雄「本居宣長」の第十四章である。
 ――宣長は、情と欲とは異なるものだ、と言っている、「欲バカリニシテ、情ニアヅカラヌ事アリ、欲ヨリシテ、情ニアヅカル事アリ。又情ヨリシテ、欲ニアヅカル事アリ。情バカリニシテ、欲ニアヅカラヌ事アリ。コノ内、歌ハ、情ヨリイヅルモノナレバ、欲トハ別也。欲ヨリイヅル事モ、情ニアヅカレバ、歌アル也。サテ、ソノ欲ト情トノワカチハ、欲ハ、タヾネガヒモトムル心ノミニテ、感慨ナシ、情ハ、モノニ感ジテ慨歎スルモノ也。恋ト云モノモ、モトハ欲ヨリイヅレドモ、フカク情ニワタルモノ也」……
 ここで小林先生が引いているのは、宣長が「石上私淑言」より先に書いた「あしわけ小舟」の一節である。が、趣旨はまったく同じである。この「あしわけ小舟」の文を承けて、先生はこう言っている。
 ――「情」は定義されてはいないが、「欲」ではないというはっきりした限定は受けている。「欲」と「情」とは、現実生活では、わかち難いものだが、「情」の特色は、それが感慨であるところにあるので、感慨を知らぬ「欲」とは違う。「欲」は、実生活の必要なり目的なりを追って、その為に、己れを消費するものだが、「情」は、己れを顧み、「感慨」を生み出す。生み出された「感慨」は、自主的な意識の世界を形成する傾向があり、感動が認識を誘い、認識が感動を呼ぶ動きを重ねているうちに、豊かにもなり、深くもなり、遂に、「欲」の世界から抜け出て自立する喜びに育つのだが、喜びが、喜びに堪えず、その出口を物語という表現に求めるのもまた、全く自然な事だ。……
 宣長は、今で言えば三重県松阪に生れた人だが、二十三歳の年、医者になるため京都に遊学し、そこで医学とともに儒学や日本の古典を学んだ。その京都遊学中にほぼ完成していたと見られる本が「あしわけ小舟」であり、京都から松阪(当時は「松坂」)へ帰った六年後、三十四歳の年に「あしわけ小舟」を敷衍する形で「紫文要領」と「石上私淑言」を書いた。
 文学や思想にはとんと興味がない人でも、本居宣長と聞けばすぐさま「もののあわれ」という言葉が思い浮かぶ人も少なくないだろう。宣長がその「もののあわれ」の説を打ち出した本、それが「紫文要領」と「石上私淑言」なのだが、「紫文要領」は物語の側から、「石上私淑言」は和歌の側から、それぞれ「もののあわれを知る」ということの大切さを説いた。先に引いた小林先生の文の最後に、「喜びが喜びに堪えず、その出口を物語という表現に求めるのもまた全く自然な事だ」とあるなかの「物語」は、この引用文の文脈が、「源氏物語」を論じた「紫文要領」に即して言っていることの線上にあるからで、和歌についての線上で言われていれば、「喜びが、喜びに堪えず、その出口を和歌という表現に求めるのもまた、全く自然な事だ」となっていたはずなのである。

 さて、そこで、だが、小林先生は、「あしわけ小舟」の「宣長は、情と欲とは異なるものだ、と言っている」という引用に先立って、次のように言っている。
 ――「感ずる心は、自然と、しのびぬところよりいづる物なれば、わが心ながら、わが心にもまかせぬ物にて、悪(あ)しく邪(よこしま)なる事にても、感ずる事ある也、是は悪しき事なれば、感ずまじとは思いても、自然としのびぬ所より感ずる也」(「紫文要領」巻上)、よろずの事にふれて、おのずから心が感(ウゴ)くという、習い覚えた知識や分別には歯が立たぬ、基本的な人間経験があるという事が、先ず宣長には固く信じられている。心というものの有りようは、人々が「わが心」と気楽に考えている心より深いのであり、それが、事にふれて感く、事に直接に、親密に感く……
 小林先生は、宣長に言われて、宣長とともに人間の心という謎を見つめる。センター試験の問題となったくだりでは、「欲」と呼ばれる心の動きと、「情」と呼ばれる心の動き、この二つの心の違いを識別しようとしている。「情」は己れを顧み、「感慨」を生み出す、しかし「欲」は、それが満たされてしまえばそこまでである、「欲」からは「感慨」は生まれない、これは、自分たち自身の経験からもそう思えるが、何よりも古来の歌や物語がそのことを雄弁に語っている……。
 前回、「天寿を磨く」ということをめぐって、人間の身体はどういうふうに造られているか、その身体で人間はどういうふうに生かされているか。この繊細・微妙な天の配慮を科学的知識としてではなく自分自身の経験則として蓄積していき、その経験則から感知できる天の配慮にぴったり沿った生活習慣を身につけて日々実行する、これが先生の言う「天寿を磨く」ということの第一歩と思われると書いたが、このことは、心についてもそのまま言えるのである。
 すなわち、人間の心はどういうふうに造られているか、その心で人間はどういうふうに生かされているか、この繊細・微妙な天の配慮を科学的知識としてではなく自分自身の経験則として蓄積していき、その経験則から感知できる天の配慮にぴったり沿った心の保ち方を模索する、これが「もののあわれ」を知るということであり、人生、いかに生きるべきかを考えるための最初の一歩である、先生は、「本居宣長」ではそう言っているのである。

 センター試験の設問は、「石上私淑言」について、「本居宣長が和歌についての自身の見解を述べたものである」と言っている。入試の設問文である以上、こういう端折った言い方もやむをえないとは言えるだろうが、これでは高校生、大学生諸君に誤解を植えつける恐れがある。「石上私淑言」は、宣長が、今日の学者や評論家のように、一知識人の一見解を述べたというような手軽な本ではないのである。
 読者はすでに察せられたと思うが、「石上私淑言」は、宣長が自分自身の心の動きを何度も顧み、そしてそれを「萬葉集」以来の古歌や「源氏物語」に照らして人間の心はどういうふうに造られているかに行き着き、そうして得た人間の心というものと、そこから生まれる歌というものに対する確信を記した本なのである。受験という人生の試練のおかげで、受験生諸君は幸いにもこの「石上私淑言」を一部とはいえ読む機会に恵まれた。晴れて大学生となった暁には、ぜひともその全文を読みきってほしい。私がここまで言う理由は次回に送るが、今回、冒頭で、センター試験の問題文を現代仮名づかいにしてまで読者に読んでもらったのはそのための用意である。

(第三十四回 了)

★小林秀雄の編集担当者・池田雅延氏による、
   小林秀雄をよりよく知る講座

小林秀雄と人生を読む夕べ【その7】
美を求める心:「蓄音機」

3/15(木)18:50~20:30
la kagu 2F レクチャースペースsoko

 平成26年(2014)10月に始まったこの集いは、第1シリーズ<天才たちの劇>に<文学を読むⅠ><美を求めて><文学を読むⅡ><歴史と文学><文学を読むⅢ>の各6回シリーズが続き、今回、平成29年10月から始まった第7シリーズは<美を求める心>です。

*日程と取上げる作品 ( )内は新潮社刊「小林秀雄全作品」の所収巻

第1回 10月19日 美を求める心(21) 発表年月:昭和32年2月 54歳
第2回 11月16日 鉄斎II(17)          同23年11月 46歳
第3回 12月21日 雪舟(18)          同25年3月 47歳
第4回  1月18日 表現について(18)      同25年4月 48歳
第5回  2月15日 ヴァイオリニスト(19)    同27年1月 49歳
第6回  3月15日 蓄音機(22)         同33年9月 56歳
☆いずれも各月第3木曜日、時間は18:50~20:30です。

  第6回の3月15日は「蓄音機」を読みます。
 近年、蓄音機のファンがどんどん増えています。この講座と同じLa kaguで昨年から始まった三浦武さんの「蓄音機を聴く」も毎回満員札止めの盛況ですが、実は三浦さんの蓄音機熱も小林氏の「蓄音機」に発しています。
 明治40年代、小林氏が小学生の頃、理科系の技術者であり発明家であった父親がアメリカから蓄音機を買ってきました。エジソンが発明したのと大差はなかっただろうという程度の蓄音機、それが氏をレコード少年にし、以来氏はダイヤモンド針、竹針、電蓄、ハイファイと、周りにあおられたりもしながら様々な音と音楽を経験してきました。
 今日全盛のCDは、氏の生前はまだほとんど出回っていませんでした。氏の音楽経験は、同じ機械の音とは言ってもはるかに人間的な響きで聴かせてくれる蓄音機とレコードによってもたらされていました。氏の「蓄音機」を読んでレコードを聴けば、よりいっそう手作りの音と音楽の暖かさが感じられます。

◇「小林秀雄と人生を読む夕べ」は、上記の第7シリーズ終了後も、小林秀雄作品を6篇ずつ、半年単位で取り上げていきます。

小林秀雄の辞書
3/1(木)18:30~20:30
新潮講座神楽坂教室



  小林秀雄氏は、日々、身の周りに現れる言葉や事柄に鋭く反応し、そこから生きることの意味や味わいをいくつも汲み上げました。1月から始まったこの講座では、私たちの身近な言葉を順次取上げ、小林氏はそれらを私たちとはどんなに違った意味合で使っているか、ということは、国語辞典に書いてある語義とはどんなにちがった意味合で使っているかを見ていきます。
 講座は各回、池田講師が2語ずつ取上げ、それらの言葉について、小林氏はどう言い、どう使っているかをまずお話しします。次いでその2語が出ている小林氏の文章を抜粋し、出席者全員で声に出して読みます。そうすることで、ふだん私たちはどんなに言葉を軽々しく扱っているか、ごくごく普通と思われる言葉にも、どんなに奥深い人生の真理が宿っているか、そこを教えられて背筋が伸びます。
 私たちが生きていくうえで大切な言葉たちです、ぜひおいでになって下さい。

3月  1日(木) 教養/文化
 ※各回、18:30~20:30

参考図書として、新潮新書『人生の鍛錬~小林秀雄の言葉』、新潮文庫『学生との対話を各自ご用意下さい。

 4月からも、知る、感じる、常識、経験、学問、科学、謎、魂、独創、模倣、知恵、知識、解る、熟する、歴史、哲学、無私、不安、告白、反省、言葉、言霊、思想、個人、集団、伝統、古典、自由、宗教、信仰、詩、歌……と取上げていきますので、お楽しみに。御期待下さい。