ヴェネツィアが増え続ける観光客でにっちもさっちも行かなくなり始めたのは、この数年のこと。水上バスに乗り切れないルートも出てくる始末で、慣れた人なら島の端から端でも徒歩で移動する。地元の人たちが混雑を避けて通る抜け道や迂回の道順があるが、このところそういう秘めた路地まで人が詰まっている。

 


 知人が、二年前にここに菓子店を開いた。南部イタリアを代表する老舗として知られ、地元で悠々自適の商売だったが還暦を迎えて突然、
 「もうひと勝負」
 イタリアだけではなくヨーロッパの入り口であるヴェネツィアで、腕試しをすることに決めたのである。
 世界の観光客に通じるかどうかの商いの試金石として、ヴェネツィアは難度が高い場所だ。ミラノのモンテナポレオーネ通りやヴェローナのエルバ広場、ローマのコルソ通り、フィレンツェのドゥオーモ周辺など人気の商店街は多々あるが、ここに旗揚げできてこそ、と商人が目指す場所がある。南部のカプリ島やトスカーナ州の海辺の町フォルテ・デイ・マルミやピエトラ・サンタ、リグリア州のサンタ・マルゲリータ・リグレ等、そしてヴェネツィアだ。
 知名度の高い店が勢揃いし、歴史ある店と並んで新進勢力も軒を並べている。高いから良いとは限らず、安いから売れるとも限らない。ヴェネツィアでの商売は難しい。そもそも物価が高いので、町に着きひと息吐くと既に財布が軽くなっている。記念に一点豪華なものを買う人もあれば、マグネット一個、絵葉書一枚だけという人も多い。離島に宿を取り専用船を雇って回り、オペラ観劇には特注ドレスで、馴染みの店から骨董家具を買い付けに来る常連もいる。
 
 南部イタリアから乗り込んできた知人は、賃貸物件を見つけるまでに足掛け三年かかった。知人に付いて、商人の目でヴェネツィアを歩いてみた。地元の周旋業者にあたり、古参の店主たちにも訊いて回った。延々歩き、歩いては調べた。上を見て、下も見る。地面は肝心だ。冠水がどこから滲み入るか。床上何センチまで上がってくるのか。両隣も重要である。建物の境界線は、縦割り一軒ごととは限らないからだ。トイレはあるのか。たいてい無い。水回り工事の許可取りには長い時間がかかる。天井や壁が膨らんだり歪んでいたり。最寄りの運河から商品搬入の経路が橋だらけだったり。人通りが良いと喜べは、あまりに混雑しすぎて店のドアが開けられなかったり。一本路地がずれて静かだが、まったく陽が当たらなかったりした。
 候補に上がってくる物件は条件を満たしているようで、よく調べてみると<ワケあり>ばかりだった。
 商人になったつもりで虎視眈々だった私は、たちまち挫けた。不良物件でも賃貸料はべらぼうに高く、
 「即刻決めてもらわないと、順番待ちが行列になっている」
 と、周旋業者は急かした。
 ヴェネツィア進出は諦めるだろうと思っていたら、知人は、候補の中で最も賃貸料が高くて冠水にはすぐに浸かる物件をわざわざ選んで契約した。さらに全面改築。再び二年間を費やした。つまり、二年の間、売上なしで家賃を払い続けたのである。 
 店は、サンマルコ広場とリアルト橋を繋ぐ線上にあった。買わなくても、この店の前を通ってヴェネツィアの二大観光スポットの間を移動する。立錐の余地なく並ぶ商店は、生え抜き揃いである。そこへ納品する業者も通る。
 「余所者が、この目抜き通りにやってきた」
 知人は店の前面をガラス張りにし、店員たち全員に菓子を大皿に盛って客にふるまわせた。ショーウインドウの中の商品は、菓子を頬張る客たちの笑顔である。
 朝から夜遅くまで、ノンストップでガラスの中の劇場は続く。

 
 

 家主は、じっとそれを観ていた。
 そして二年目を前に、二店舗目、三店舗目の物件はどうか、と打診してきたのだという。三店舗には、各店各様の客筋がある。地区もばらけているので、互いに客を食い潰す心配もない。
 ジョーカーをわざと引いてみせ、次の手で本命のカードを手に入れる。
 不動産商売は、店子次第。物件探しの頃からこちらの事情は、業界関係者に筒抜けだったでしょう。最初に難しい物件で締め上げてみて支払いが滞らなければ、合格。店子の商いがもっと回るよう、優良物件を貸せば確実な家賃収入が増える。余所者だろうが地元だろうが、金回りこそ商いだ。
 顔見せに三年。試されて二年。南部の名店は、ヴェネツィアへの入場券を手にした。突然現れていきなり三店舗である。ゆっくり急げ、か。
 「お楽しみはこれから、ですよ」
 儲けよりも、名うての商人の沽券にかかわる挑戦らしい。