小さい時から動物好きで、いつも動物ばかり見ている。

中でも私のイチ押しはカラスだ。カラスはずいぶんと嫌われている生き物だが、観察してみれば別に嫌うべき点はない。多少大きいし、なんでも食べるし、態度がでかいし、そのくせ観察しようとするとすぐ逃げるが、大変興味深く、時にちょっとドジで、実に面白い。

「カラスって面白い」と思ったのは子供の頃、40年以上前だ。それからしばらくは特に気にしていなかったが、大学生の時にカラスにハマり、以後、25年ばかりカラス漬けである。卒業研究でカラスをやり、大学院では動物行動学研究室に入って修士課程でカラスをやり、博士課程でも続けてカラスをやって、とうとうカラスで学位を取得したが、残念ながらカラスでは食えない。というかカラスでなくても、動物行動学は食えない。オーバードクターの研究員で置いてもらっていたがその身分も切れるというところで、奇跡的に東京の博物館が拾ってくれた。ということで、普段は博物館に勤め、その傍でカラスの観察、という生活を送っている。

さて、博物館でとある編集者と知り合い、『カラスの教科書』という本を書かせて頂いた。幸いにして筆者と編集者の予想を超える売れ行きとなり、世の中にはこんなに隠れカラス好きがいたのかと思ったが、烏天狗が徒党を組んで買い占めに来ただけかもしれない。それはともかく、望外の好評を得たので、他にも本を書けと言ってもらえた。この企画も、その一つである。

 

始まりは千駄木あたりの居酒屋だった。古い蔵を改装したような、なかなか雰囲気のある店に、前にちょっとお会いしたことのある新潮社のAさんが招いてくださったのである。お誘いのメールには「なにかできないかなーと考えているので」という、フワッとした内容しか書いていなかった。この時はAさん、同じく編集のA’さんとあれこれ話をしながら酒を頂いて、ほろ酔い加減で楽しく過ごさせて頂いたのだが、結局なんだったのかは全くわからなかった。いや、今はわかる。彼らはずっと観察していたのだ。私がカラスを見ているように。

それから半年ほどして、1月にまたお誘いを頂いた。今度はこれまた民家風のイタリアンだった。ピクルスや鶏レバーパテを肴にビールを頂きつつ、とりとめもなくいろんな話をした。残っていたピクルスを3人で分け、遠慮のカタマリと化していたレバーパテも頂いた。Aさんには「鳥の研究者は鶏食べないんですか」なんて聞かれたが、そんなことはない。カラスは雑食で肉が大好きだし、その「肉」には鳥も含まれる。自力で襲って食べるには能力が足りないので、だいたいは死んでいる鳥を拾って食べているが。それはともかく、ガラスのハートならぬカラスのハートを持ったカラス研究者も、もちろん鳥を食べる。

カラスはスカベンジャー、つまり自然界の掃除屋で、捕食者の食べ残しを片付ける生き物でもある。人間が捨てたもの、落としたものも、カラスから見ると「食べてもいいもの」だ。例えば、公園のベンチで何か食べた後、少し離れてからそっと振り向いて見ると、カラスがベンチのあたりを歩いているのは、よくあることだ。あなたが食べている間から、カラスはもうあなたを見ている。そして、立ち去るのを待っていたのである。

 

さて、編集者に呼ばれて、たんなる酒席で終わるはずはなかった。ワインを頼んだあたりで、Aさんはヒョイとプリントアウトを取り出した。

「さっそくですが企画の話を」

受け取ったプリントには、ずらりと章立てが並んでいた。序章がカラスの紹介。次がサル…… ああ、屋久島の話、したっけ。え? なんでこれ知ってんの? 宗教と鶏…… こんな話までメモってたの? フクロウ? 卵の放棄? 鳥の歌? ええええ? こんな話もしたっけ?

今さら手遅れだが、わかったことがある。編集者はそもそも話題が幅広いが、大変な聞き上手、語らせ上手でもあるということだ。そして、聞いたことを全て記憶するか記録するかしている。間違っても編集者の前で「実は俺、昔……」なんて言ってはならない。気がついたら根掘り葉掘り聞き出され、記憶の彼方に沈めてしまいたい黒歴史がいつの間にか白日の下に晒されるのみならず、企画書にされているに違いない。

Aさんはニコニコ笑いながら続けた。

「今回は連載でいこうかと」

ちょっと待ったぁ! 連載ってあの、漫画家が死にそうになってるあれでしょ? よく見たら月2回程度とか書いてある。いやそれ隔週じゃないですか!

「どうしましょう、3月くらいから載せられたらいいなーと思ってるんですけど。まずは、まあ5本くらいストックがあると安心して始められるかと思ってまして」

早い。話早い。出会って2度目で結婚式の日取りを決めるような勢いだ。いやいやいやいや。そりゃ生ハムもチーズも、猪のラグーソースのパスタも大変結構だが。食っちゃったら断りにくいじゃないの。どうしよう。

 

どうでもいいが、ハムもパスタもカラスが好きそうな食い物だ。カラスは、いや鳥は、飛ぶために莫大なエネルギーを使う。そのため、栄養価が高く、消化の早い餌を大量に必要とする。となると、脂肪と肉を煮込んだパスタソースは大好物であり、オリーブオイルをからめたハイカロリー仕様となれば大ごちそうなのである。

もし私がこのパスタを食べ残したらこれは生ゴミとして捨てられ、店の前に出され、明日の早朝、カラスがそれをつつく。カラスは大喜びだが、ゴミ袋に一緒に入っている食えないもの、食いたくないもの……例えば紙くず、ラップ、野菜屑など……は「ポイッ」とその辺に投げる。結果としてカラスは恨みを買い、「ゴミを散らかす汚い奴」と蔑まれ、害鳥の烙印を押され、荒野に追放されるどころか駆除されて殺処分である。そんなことをさせてはならない。私は「そうですねえ」と生返事しながらパスタを片付けた。残っていた生ハムも頂いた。うむ、生ハムはいい。分解されて遊離したアミノ酸の旨味が凝縮されている。ナッツのような香りは脂肪由来だろうか。

カラスはナッツなど、木の実も大好きだ。と言ってもハシブトガラス、東京でよく見かける、でっかくて「カアカア」と鳴くあいつは、堅果をあまり利用しない。ドングリをつついて皮を剥がすなんて面倒くさいことを考えつかないし、そもそも落ち葉に埋もれたドングリを探すのも下手だ。クルミの上手な割り方も知らない。彼らが食べる「実」はサクラやエノキやクスノキなど、派手な色の、柔らかい実が中心である。あれなら、長さ8センチもある太い嘴を器用に操ってパクパク食べてしまう。

日本で繁殖するもう1種のカラス、ハシボソガラスはもっと地道で器用だ。彼らは細い嘴を駆使して、落ち葉をかき分けてドングリを探し、チマチマと殻をむいて食べるのも厭わない。クルミなら空中から落とす。時には車に轢かせるなんて器用なこともやる。

カラスは1種ではないし、ただの「カラス」という鳥もいない。世界には約40種のカラスがいて、日本では7種が記録されている。ただ、私たちが普通に「カラス」と呼んでいるのは、1年じゅう日本にいて繁殖もしている2種、ハシブトガラスとハシボソガラスである。残り5種のうち3種は冬鳥だし、街なかで見かけることもない。あとの2種は迷子で、普通は日本に来ない。

 

それにしても、1月に依頼されて3月から連載とは急な話だ。私は珍しく、はっきりと反論することにした。こういう時、だいたいは言われた通りにハイハイと書く方である。だが、いくらなんでも、展示更新や標本点検で修羅場になる時期に締め切りをぶつけるのは嫌だ。

カラスは人が思っているよりヘタレで弱気な生き物であるが、子供を守る時だけは、人間にも立ち向かう。それでもヘタレなので、真正面から攻撃する度胸はない。必ず後ろから来るし、カラスが子供を守るためにブチ切れて我を忘れて襲いかかってきたとしても、後ろから頭を蹴飛ばす程度だ。

「3月スタートはちょっときついですね。3月にとりあえず何本かお試しで書けてる、くらいになりません? そこから様子見て整える感じで」

Aさんは眠り猫のように目を福々しく細めながら、「え〜、そうですかあ〜」と言いつつ、この条件を飲んでくれた。当たり前だ。よく考えてみたらこれはほとんど譲歩になっていない。カラスが頭を蹴飛ばしても大怪我なんかしないのと同じく、私の反撃も、ほぼ反撃の体をなしていなかった。

 

カラスってほんとに危なくないの? と思われた方のために、カラスの繁殖についてちょっと触れておこう。カラスは雄雌のペアでナワバリを作る(ここで言うカラスとは、日本で繁殖する2種のことだ)。ナワバリには他のカラスを入れない。同種はもちろん、異種のカラスであっても追い払う。産卵開始はハシボソガラスで2月末、ハシブトガラスで3月半ばくらいからだが、これは一番早いケースだ。まあ、3月から4月になるとだいたい卵を産むかな、くらいに思っておけばいい。

カラスの巣はたいてい、樹上の高いところにあり、直径50センチほどもある大きな皿型である。木の枝を組み合わせて作るが、しばしば、針金ハンガーも混じっている。枝を折るより、ハンガーをベランダの物干し竿からかっぱらって来る方が簡単だからだ。抱卵期間は約20日、その後、巣の中で一ヶ月あまり雛を育てる。巣から出て来るのは5月から6月になる。

で、この巣立ったばかりの雛というのが、ろくに飛べないのである。カラスに限らず、多くの鳥の雛は、巣立ってからしばらくはまだ何もできない。すぐに親の後をついて歩く、ニワトリやアヒルのヒヨコみたいなものとは限らないのである。この時期に枝に止まり損ねたカラスの雛が地面まで落ちていたりすると、親は非常に神経質になる。人間が近づくと大声で鳴いて威嚇し、止まった電線を嘴で叩き、手近な葉っぱをちぎっては投げ、それでも人間が気づいてくれない場合は頭をかすめるように飛び、最後の最後に、背後から頭を蹴飛ばす。つまり、カラスの様子を見ていれば、蹴られるずっと前にその場を離れることもできるし、怒ったカラスに背中を向けないという対策も取れるのである。

 

かくして、気がついたら私は連載を承知していた。

この連載ではカラスを軸に、様々な動物の行動や生態について、あるいは人間や歴史や文化について、語る予定だ。といっても始まりが餌につられて一杯飲まされてなのだから、おカタい話にはなりようがない。ちょっとした雑学、あるいは酒の肴だと思ってお付き合い頂ければ、十分である。

(次回につづく)

隠しておいたフライドポテトを並べてご満悦なハシブトガラス。