〈私は日本人に自分の名前の漢字“万起男”を伝えるときは、「一万円の万に、起き上がるの起に、男」と言う。そして、「一万回でも起き上がる男、つまり絶対に諦めない男という意味です」と加える。これはかなりウケる。相手がアメリカ人の場合は、漢字を書いて一語一語を英訳し、最後に「Never give-up man」という意味だと説明する。これもかなりウケる〉

 春号から始まった新連載「どんな本、こんな本」で、おもしろく読んだ本を紹介してくださる医師でエッセイスト(にして、大リーグ通)、向井万起男さんの初回原稿の「つかみ」部分です。どうしてご自身の名前の字解きから書き起こすかというと、次にこんな話につながっていくからです。

〈ところで、数年前のこと。私は“純一”という初老の男性から自己紹介されたのだが、その男性はこう言った。「純喫茶の純に一番の一です」。私は呆気にとられ、笑いを堪えるのが大変だった。今は〝純喫茶〟なんて言葉は死語だろう〉

 向井さんはこう考えます。アメリカ人はこう思うに違いない。「よくわからないが日本には純粋なカフェテリアと不純なカフェテリアがあるのか」と……。そこから話は「純文学」という言葉へとつながっていきます。純喫茶が死語であるのと同様に、「純文学」というのも、意味をなさない言葉なのではないか、と。つまり、向井さんにとって「純文学かエンターテインメントか」という区分に意味はなく、重要なのは「デキがイイか悪いか」だけなのです。

 という基本方針に立って初回に選ばれたのが、スティーヴン・キング著の『11/22/63』(白石朗訳、文藝春秋刊)とチャド・ハーバック著の『守備の極意』(土屋政雄訳、早川書房刊)の2作でした。今の時代に生きる高校教師がケネディ暗殺を阻止するためにタイムトラベルする前書と、米ウィスコンシン州の一流とは言えない大学を舞台に、弱小野球部が勝ち進んでいくなかで繰り広げられるドラマを描いた後書、どちらも素晴らしい傑作小説だと向井さんは書きます。取り上げられる本の選択の妙に加えて、洒脱な語り口もそれ自体読み物として楽しんでいただける連載です。