屋久島でのサル調査が私のフィールドワークの原点だった。

鳥類学は学べないにしても、野外での生物調査というものを経験する上では大いに役立った。単純な例としては、調査を開始したらノートに開始時刻を書き、終わる時に終了時刻を書く、というような習慣だ。これがないと、1日の調査時間がわからない。あとで「観察○時間あたり何回」といった解析をしようとしても、データが全く使えないということになる。これは深刻な問題だ。大学院の先輩に「お前、開始時刻と終了時刻ちゃんと書いてる? 俺はそのせいで1年ぶんのデータ捨てたことあるからな」と言われたことがあった。

調査が普段の生活と一番違うのは、このような科学的なルールがある、ということだ。定点でサルの気配を探っている間、そこから動くことはできない。物音を立ててもいけない。注意をそらすこともできない。飽きたからってやめることはできないのだ。これが趣味で見ているのと調査との違いである。趣味なら、面白くなければ場所を変えてもいいし、その日はやめにして引き上げてしまってもいい。だが、調査の場合は調査計画に基づいた調査努力をしないと、データの意味がなくなる。

ヤクザル調査隊はほとんど学生で成り立っているチームだ。それも先輩に聞いて来た、去年の参加者が後輩を連れて来た、といったつながりである。初参加の調査員は大学に入ったばかりで調査も研究も全く素人であることが多い。

私も含め、やってみて一番面食らうのは、「サルの調査なのにちっともサルに会わない」ということだ。ミーティングやちょっとした会話などで、「サルがいないのに定点に座っている意味がわからない、心が折れる」といった声も出てくる。そういう時は、「いや、サルがいないのも大事なデータなんだよ」と言われる。これは自分がデータをまとめてみると非常によくわかることで、学生の時からデータ整理を手伝っていたのは、調査というものを理解する上でも役に立った。

 

もう一つ、屋久島の山の中で大概ひどい目にあったので、少々のことでは動じなくなったのも収穫だ。シゴいて鍛えて根性つけさせる、というような体育会系の精神論は私の最も苦手とするところだが、結果としては同じことである。ただし、この場合は誰に命じられるのでもなく、自然相手なのだから仕方ない。

野外にいるということは、暑い・寒い・雨が降る・蚊に刺される、ということだ。わかっているつもりだったが、「逃げられない状況でそうなる」ということが最初はわかっていなかった。カッパを着ていたって、どこからか水は浸入してくる。手を上げれば袖口から水が入り、歩けば足元に水がはねる。そうやって靴下が濡れてくれば靴の中まで水浸しだ。しかも、カッパを着て首元まで全部閉めるとひどく蒸し暑い。降ったら悲しく、晴れたら嬉しい。晴れた途端に動き出す虫の気持ちがよくわかった。

寒い方も大概である。1993年の年末に山小屋に籠もった時は、ひどい目にあった。最低気温マイナス5度、最高気温は晴れていれば10度。山を歩き回れば汗もかく。ただし、湿度が高いので一度濡れたものは二度と乾かない。乾かそうと思ったら、しけって冷たいのを我慢して、着たまま体温で干すしかない。だが、それでは寒くて震えが止まらない。とにかく全てが人間に優しくない。

冬の屋久島山頂はさらに厳しい。一緒に登った後輩は雪と氷で軍手の指先がぐっしょり濡れてしまい、付けていると余計に冷たいし、さりとて脱いだらそれも寒いので、半分脱ぎかけの状態でしばらく歩いていた。数十分後、彼が軍手を外そうとしたら、軍手の指先はその状態のままカチコチに凍りついて、奇怪なオブジェと化していた。その時だったと思うが、私もうっかり手袋を外して作業した後、寒さを感じないので放置していたらあっという間に手首から先の感覚がなくなった。必死で脇の下に突っ込んで温めたが、なかなか感覚が戻らなかった記憶がある。視界の上端で何やらチラチラ光ると思ったら、凍結した自分の前髪だった。

しかし、おかげで防寒対策はある程度、身についた。屋久島での苦い経験から18年、改良を重ねて、早春の知床にワタリガラスを見に行った時は、雪の中でも大丈夫だった。

 

意外なところで身についたのは、炊事スキルである。野外調査でキャンプしたり宿泊したりしていると、自炊しなくてはいけないことが増える。昔から料理は好きだったが、他人の口に入るものを、しかも何人前も……時には40人前も作るとなると、話が全く違う。

最初はもちろん、失敗した。おかずの選定を間違い、米の量を間違った。おかずもない、飯もないという時、料理の得意なM兄さんが「いいよ、すいとん作ろうよ」と助けてくれなければどうなったことか。これを踏まえて、しかも料理上手な奴を手伝って横で見ていると、いろいろと覚えるものだ。3年たった頃には私も予算内で40人前の中華丼を作るようになっていた。

 

こうした中でも、やはり「度胸がついた」のは大きいような気がする。研究に必要なスキルは色々あって、研究費の獲得のためにいかに立派なお題目を作文するかに始まり(私は今もこれが大変苦手である)、準備のための計画調整能力、必要なモノを調達するための経理能力、調査許可を取り付けるための交渉力などなどあるのだが、どの段階でも度胸、つまり「やっちまえ!」という感覚は、結構重要なのではないかと思う。ただし、現場で「やっちまった」場合、体力やサバイバルスキルがついてこないと本当に死んでしまうので注意が必要である。

いや、やっちまったことは何度となくあるのだ。屋久島では森の中をさまよったこともあるし、わずか数百メートルの距離が戻れなくなったこともある。

この、はてしなく遠かった数百メートルの話をしよう。その辺りの地形は本当に最悪で、妙に平たい森の中を無闇に沢が流れており、いってみれば無数の塹壕ざんごうと薮が立ちふさがる場所であった。まっすぐ進もうにも塹壕に邪魔されて進めないし、見通しも効かない。ところが、「あの丘の上まで行こう」といった目標もないので、コンパスで方角を定めてまっすぐ進まないとどんどん目的地から外れて行く。今ならGPSが助けてくれるだろうが、地図とコンパスだけで突進すると大変である。

この時は奇跡的に、目的にしていた小さなコブにはたどり着いた。果たして本当に目的地かどうかさえわからなかったのだが、他にそれらしい場所もないようだし、反対側から同じ場所を目指していたK本もそこに来たし、「多分ここであってるんだろう」ということにした。K本はそこから元の林道に戻って行き、私と一緒に来たK村のおいちゃんは別ルートを開拓しようと森に消えて行った。そして私は、一人でもと来た道を辿り、あのぐちゃぐちゃな地形を突破し、時間はかかったが登山道に無事…… 戻れるはずがなんで道がないんだっ! 

おかしい。私は登山道とほぼ直行する方向に歩いている。だから、森の中で多少は方角がずれたとしても、登山道には出会うはずなのだ。時間的にはもう辿り着いているはずだが、予想より時間がかかっているのか? じゃあ、あのコブの向こうか? さらに進むと、急激に斜面が落ち込んでいた。違う。こんな高低差のある地形なんかなかった。少し移動してなんとか景色が見えるところを探し、地図と見比べる。やはり、これは登山道の向こう側の大きな谷まで来ている。300メートルばかり行き過ぎだ。ということは、登山道をまたぎ越えてしまったに違いない。

最終的な目的地に近づくよう、少し斜めの進路で引き返す。そのまま歩いてゆくと、また風景がおかしなことになって来た。この塹壕だらけの地形は、あの苦労させられたあたりじゃないか。ということは、またしても登山道を越えて、反対側に来ているのだ。なんだこりゃ、狐に化かされているのか?

待て、落ち着け。最悪こうやってピンボールみたいにジグザグに進んでも、最後は林道に行き当たるだろう。いくらなんでも林道を見逃すことはない。

よし。私はまた向きを変え、登山道があるはずの方向に歩いた。焦るな自分。いよいよ時間がなくなって来たら、林道に向かって森の中を突破したっていいんだ。距離は約1キロ、歩きにくさを考えれば1時間かかると見た方がいいかもしれないが、まだ日暮れまでに時間の余裕はある。

そう思いながら足早に歩き過ぎようとした私の視界に、変なものが見えた。水色? 何だ?

急停止して右を見る。木の枝に、ボロボロになった青いビニール袋が結んである!

これは登山道によくある目印だ。慌てて左右を見る。ちょっと樹木の密度が薄い。よく見れば幅1メートルほどの隙間が連なっているのがわかった。足元は落ち葉が少ない。よく見たら自分のすぐ横にボロボロの標柱が立っており、「←尾之間」と書いてあった。間違いない、ここが登山道だ。来る時にこの標柱を見た。

道を歩いている時なら、前方にひらけている空間が道だとわかる。だが、交差するように歩いて来ると、「一瞬、樹木が薄くなった」と感じるだけで踏み越えてしまうことがしばしばある。これが荒れた登山道の恐ろしさだ。とにかく、私は登山道に無事に戻り、スタスタ歩いてあっという間に林道に到着した。

集合場所で待っていると、直接林道を目指したはずのK本は帰り道でやっぱり迷ったと笑いながらやって来た。そして、別ルートを開拓に行ったK村のおいちゃんからは、森の中で放浪していると無線連絡が来た。山に慣れているはずの3人が全員迷ったのだ。

それはともかく、K村を連れ戻さなければ。トランシーバーで「何か目印はないか」と聞いた時、ハシブトガラスが森の上を旋回しながら、カアカアと鳴いた。数秒後、トランシーバーがガガッと鳴り、K村の声が聞こえた。

「今、頭の上でカラスが鳴きよった」

「いやそれこっちでも聞こえましたけど、場所わかりませんよ!」

だが登山道より右側であるのは間違いなかった。K村も私と同じく、道をまたぎ越えて行きすぎているのだ。私は登山道に入り、だいたいこの辺だろうというところでホイッスルを吹いた。2度、3度と吹いていると、森の中から「オーイ!」と声が聞こえ、ガサガサと薮を漕ぐ音がして、K村のおいちゃんが苦笑いしながら歩いて来た。

考えてみれば、あれはカラスが「ここにいるぞ」と教えてくれたようなものである。

 

もちろん、街なかでのカラス調査にこんなサバイバルスキルは必要ない。だが、こういう経験をしておくと、大概のことは「あれよりはマシだ」と思って、笑って済ませられるのである。そう、ちょっとくらい飯がまずくたって、炊き損ねた芯米よりはいい。少々寒くたって、雪の中を延々と歩いてゆくよりはいい。何があったって、水の流れるテントの中で寝ているよりはいい…… いやまあ、「下には下がある、○○よりはマシだ」と言い聞かせて現状に耐え続けるのはブラック化と隣り合わせだが、研究なんてそんなものだ。やれと言われてやるのではない、自分がやりたいからやるのである。そう、そのためなら、何があっても。

「なんか用?」

次回につづく