今年も三島由紀夫賞、山本周五郎賞が決った。三島賞は古谷田奈月さんの「無限の玄」、山本賞は小川哲さんの「ゲームの王国」で、贈呈式は六月二十二日、ホテルオークラで行われる。
 この二つの賞は、新潮文芸振興会の主催で、今年は第三十一回だが、こうなる前は日本文学大賞、日本芸術大賞、新潮新人賞のいわゆる新潮三賞が贈られていて、小林先生は永く、川端康成さんらと日本芸術大賞の選考委員を務めて下さっていた。
 選考会、贈呈式、ともに会場は今と同じホテルオークラで、時期はやはり毎年五月、六月だったが、新潮文芸振興会の母体である新潮社は『週刊新潮』を出しており、その『週刊新潮』編集部が仕事の山を越える木曜日が選考会、贈呈式の日とされていた。
 ところが、木曜日は、小林先生の「出勤日」だった。先生は、五十歳を過ぎてゴルフに目覚め、熱心に修業して程ヶ谷カントリー倶楽部の会員になり、倶楽部でビジターを伴ってよい日とされていた木曜日を「出勤日」と称し、今日出海さん、中村光夫さん、那須良輔さんといった仲間を誘って毎週出かけていた。
 三賞の選考会、贈呈式が行われる日も先生は程ヶ谷でプレーをし、それから横須賀線で東京駅まで来られた。私は毎回、丸の内の中央口まで迎えに行った。先生は、今年の芸術大賞はこれだと自分の意見を早くに決め、悠々とゴルフを楽しんでから選考会に臨んだのである。ただし、選考会の席では川端さんと真っ向から意見が対立し、烈しい火花が飛ぶこともたびたびだったという。
 選考会が終った後は、三賞の選考委員全員に集ってもらって慰労会が開かれた。先生はいつも上機嫌だった。酒をけっこう飲まれたが、誰かをつかまえてしごきあげるということもこの日はなく、身ぶり手ぶりを交えた先生の話に皆が大笑いしながら聞き惚れた。

 贈呈式の日は、賞の贈呈に続いて祝賀会が催された。会場はアスコットホールで、その点も今の三島賞・山本賞と同じだったが、先生に来てもらっていた当時は今とちがって和風の宴会場で、部屋の名称も「曙の間」だった。
 この新潮三賞の祝賀会は、新潮社の年に一度の顧客謝恩会という意味合も帯びていた。すなわち、日頃から本を出させてもらったり装幀の絵を描いてもらったり書評を書いてもらったりしている人たちへの感謝の会である。したがって、毎年、文学界、美術界をはじめとして錚々たる人々を招待していた。
 隣室での贈呈式が終ると、私は先生を「曙の間」の、入って正面の向かい側、壁際中央の椅子に案内した。接待の女性が先生に酒と料理の好みを訊き、先生がふっと一息つかれるころ、五百人は入れるという「曙の間」は来賓でいっぱいになり、そのうち、井伏鱒二さんとか大岡昇平さんとか大江健三郎さんとか、先生と親しい人たちが三人、四人と先生のそばへ寄って歓談が始った。私はその近くに、つかず離れずの距離を保って控えていた。
 こういうかたちで先生の案内役を務めて三年目という頃だっただろうか、私はあることに気づいてはっとした。あることというのは、来賓でにぎわう「曙の間」の一角、小林先生が坐っていられるその前にだけ、ぽっかりと空間ができているのである。つまり、先生を中心とする半径五メートルほどの半円の中に出入りするのは、井伏さん、大岡さん、大江さんといった人たちだけで、他の来賓は皆その半円の外側で談笑したり話し相手を求めて移動したりしているのである。誰ひとりとして半円のなかには入ってこないのである。
 それに気づいて、そのつもりで見ていると、水割りのグラスを持ったまま半円の外に立ち、先生を見つめている人たちがいる。立ち止まりはしないがグラスを持って、横目づかいで先生を見ながら通っていく人たちもいる。その人たちが、「あ、小林さんだ」「小林秀雄だ」と、心のなかで叫んだり呟いたりしている声が聞こえるような、そんな光景が現れていた。しかし先生は、そういう人たちの目はいっさい気にせず、終始にこにこと笑みを浮かべて大江さんたちと話しこんでいた。この光景は、毎年繰り返された。

 当時、小林秀雄の名と存在感は、格別の威を具えていた。「無常という事」(新潮社刊「小林秀雄全作品」第14集所収)や「モオツァルト」(同第15集所収)、「考えるヒント」(同第23・24集所収)などの文章にめくるめく思いを味わい、その一言一言を人生の糧として蓄え感謝する、そういう日本人の心の歴史がもう何年にもなっていた。そして、こうして先生の言葉に打たれる人たちは、先生の姿にも打たれていた。
 先生は、何事も姿ということが大事だ、絵でも音楽でも言葉でも、その姿をきちんと感じ取れるようになれと言い、「美を求める心」(同第21集所収)にはこう書いている。
 ――美を求める心とは、物の美しい姿を求める心です。絵だけが姿を見せるのではない。音楽は音の姿を耳に伝えます。文学の姿は、心が感じます。だから、姿とは、そういう意味合いの言葉で、ただ普通に言う物の形とか、恰好とかいうことではない。あの人は、姿のいい人だ、とか、様子のいい人だとか言いますが、それは、ただ、その人の姿勢が正しいとか、恰好のいい体附をしているとかいう意味ではないでしょう。その人の優しい心や、人柄も含めて、姿がいいというのでしょう。絵や音楽や詩の姿とは、そういう意味の姿です。姿がそのまま、これを創り出した人の心を語っているのです。……
 先生は、こういうふうに私たちを教えたが、ありとあらゆる美しいものの美しい姿を感じることに心を砕いてきた先生は、いつしかそれら美しいものの美しい姿の感化を受け、先生自身が美しい姿になった……、先生を取り巻く半径約五メートルの半円を見ながら、私は毎年そう思った。

 しかし、その美しさは、単に美しいだけではなかった、凛とした厳しさがあった。この厳しさは、美しいものの美しい姿を正しく感じ取るために、先生が重ねた並々ならぬ修練、鍛錬がもたらしたものにちがいなかった。その修練、鍛錬によって現れた美しさは、たとえば比叡山の千日回峰行をなし遂げた阿闍梨の姿について言われる美しさにも通じるとさえ言ってよかった。
 この凛とした美しさは、見る者を立ち止まらせる、同時に、近くに寄る足をすくませる、なにかしら、そうさせる気配がそこにはある。結界、という言葉が、ふと浮かんだ。結界とは、本来は仏道修行に障害のないよう、一定地域をそれと定めた聖域のことである。先生の美に対する、あるいは文章に対する修練・鍛錬一筋の人生態度が、おのずとそういう結界にも等しい気配を醸していたのである。
 ただし、先生は、決して厳めしくはなかった。「威ありて猛からず」であった。この言葉は、威厳はあるが内に情がこもっていて猛々しくない、の意で、「論語」の「述而篇」にある。孔子の容貌を評した言葉であるという。

 今にして思えば、あのホテルオークラでのような結界は、私が出席したパーティに関するかぎり、小林先生以外の人のまわりで見ることは一度もなかった。

(第四十一回 了)

★小林秀雄の編集担当者・池田雅延氏による、
   小林秀雄をよりよく知る講座

小林秀雄の辞書
6/7(木)18:30~20:30
新潮講座神楽坂教室



  小林秀雄氏は、日々、身の周りに現れる言葉や事柄に鋭く反応し、そこから生きることの意味や味わいをいくつも汲み上げました。1月から始まったこの講座では、私たちの身近な言葉を順次取上げ、小林氏はそれらを私たちとはどんなにちがった意味合で使っているか、ということは、国語辞典に書いてある語義とはどんなにちがった意味合で使っているかを見ていきます。
 講座は各回、池田講師が2語ずつ取上げ、それらの言葉について、小林氏はどう言い、どう使っているかをまずお話しします。次いでその2語が出ている小林氏の文章を抜粋し、出席者全員で声に出して読みます。そうすることで、ふだん私たちはどんなに言葉を軽々しく扱っているか、ごくごく普通と思われる言葉にも、どんなに奥深い人生の真理が宿っているか、そこを教えられて背筋が伸びます。
 私たちが生きていくうえで大切な言葉たちです、ぜひおいでになって下さい。

6月7日(木)   個人/集団
※各回、18:30~20:30

参考図書として、新潮新書『人生の鍛錬~小林秀雄の言葉』、新潮文庫『学生との対話を各自ご用意下さい。

 今後も、学問、科学、謎、魂、独創、模倣、知恵、知識、解る、熟する、歴史、哲学、無私、不安、告白、反省、言葉、言霊、思想、伝統、古典、自由、宗教、信仰、詩、歌……と取上げていきますので、お楽しみに。御期待下さい。

小林秀雄と人生を読む夕べ【その8】
文学を読むIV:「徒然草」

6/21(木)18:50~20:30
la kagu 2F レクチャースペースsoko

 平成26年(2014)10月に始まったこの集いは、第1シリーズ<天才たちの劇>に<文学を読むⅠ><美を求めて><文学を読むⅡ><歴史と文学><文学を読むⅢ><美を求める心>の各6回シリーズが続き、今回、平成30年4月から始まった第8シリーズは<文学を読むIV>です。

*日程と取上げる作品 ( )内は新潮社刊「小林秀雄全作品」の所収巻

第1回 4月19日 西行(14)     発表年月:昭和17年11月 40歳
第2回 5月17日 実朝(14)             同18年1月 40歳
第3回 6月21日 徒然草(14)             同17年8月 40歳
第4回 7月19日 「悪霊」について(9)        同12年6月 35歳
第5回 8月9日   「カラマアゾフの兄弟」(14) 同16年10月 39歳
第6回 9月20日 トルストイ(17)       同24年10月 47歳

☆8月(第2木曜日)を除き、いずれも第3木曜日、時間は午後6時50分~8時30分を予定していますが、やむを得ぬ事情で変更する可能性があることをご了承ください。

 ◇「小林秀雄と人生を読む夕べ」は、上記の第8シリーズ終了後も、小林秀雄作品を6篇ずつ、半年単位で取り上げていきます。