2018年5月30日、一般財団法人河合隼雄財団の主催(協力:新潮社)による「河合隼雄物語賞」「河合隼雄学芸賞」の第6回選考会が開催され、授賞作が決定しました。

第6回河合隼雄物語賞

松家仁之『光の犬』(2017年10月 新潮社刊)
 
第6回河合隼雄物語賞は、松家仁之さんの『光の犬』(2017年10月 新潮社刊)に決まりました。選考委員のみなさん(上橋菜穂子氏、 小川洋子氏、 後藤正治氏、 中島京子氏=五十音順)は、「ありふれた一族の歴史を題材にしながら、歳月や、人間とはなにかを深く問いかけ、抑制的に言葉を積み重ねて、意図せず静謐な物語が立ち上がってくる作品である。」ことを授賞理由としてあげました。松家さんは受賞の報を受けて、次のように述べたそうです。「物語の重要性と、個人が社会の中で生きることの難しさを考え続けてこられた河合先生は、小説を書く私にとってメンターのような存在です。受賞のお知らせは大変光栄で、ありがたく思います。」。

著者略歴

松家仁之(まついえ・まさし)
小説家・編集者
1958年、東京生まれ。82年、新潮社入社。新潮クレスト・ブックス、季刊総合誌「考える人」を創刊。「芸術新潮」編集長兼務ののち、2010年退職。12年、長篇小説『火山のふもとで』を発表。同書で読売文学賞受賞。17年『光の犬』刊行。同書で芸術選奨受賞。小説作品に『沈むフランシス』『優雅なのかどうか、わからない』、編著・共著に『伊丹十三の本』『新しい須賀敦子』、新潮クレスト・ブックス・アンソロジー『美しい子ども』など。15年、雑誌「つるとはな」創刊に参加。『須賀敦子の手紙』、伊丹十三『ぼくの伯父さん 単行本未収録エッセイ集』を編集・刊行。2016年、写真展「星野道夫の旅」の企画・制作をつとめる。

 

第6回河合隼雄学芸賞

鶴岡真弓『ケルト再生の思想―ハロウィンからの生命循環』(2017年10月 筑摩書房)
 
第6回河合隼雄学芸賞は、鶴岡真弓さんの 『ケルト再生の思想―ハロウィンからの生命循環』(2017年10月 筑摩書房)に決まりました。選考委員のみなさん(岩宮恵子氏、中沢新一氏、山極壽一氏、鷲田清一氏=五十音順)は、「ケルトの季節の祭りを通して死と再生のこころの古層を明らかにし、人間のこころの歴史と未来の可能性について鋭い示唆を投げかけた。」ことを授賞理由としてあげています。鶴岡さんは受賞の報を受けて、こう述べたそうです。「思いがけず賞を賜りまして本当にありがとうございます。今後、さらに御賞を糧に精進していく所存でございます。」。

著者略歴

鶴岡真弓(つるおか・まゆみ)
1952年生まれ。早稲田大学大学院修了。ダブリン大学トリニティ・カレッジに留学。立命館大学教授を経て、現在、多摩美術大学教授、芸術人類学研究所・所長。ケルト芸術・表象研究・芸術文明史。著書に、『ケルト 再生の思想──ハロウィンからの生命循環』(ちくま新書)、『ケルト/装飾的思考』『ケルト美術』(ちくま学芸文庫)、『装飾の神話学』(河出書房新社)、『装飾する魂』(平凡社)、『阿修羅のジュエリー』(イースト・プレス)、『すぐわかるヨーロッパの装飾文様』(東京美術)、『ケルトの想像力──歴史・神話・芸術』(青土社)、訳書に、シャーキー『ミステリアス・ケルト──薄明のヨーロッパ』(鶴岡訳・平凡社)、ミーハン『ケルズの書』(鶴岡訳・岩波書店)など多数ある。映画『地球交響曲第一番』ではアイルランドの歌姫エンヤと共演。

 

両賞とも、授賞作には正賞記念品及び副賞として 100 万円が贈られます。 また、受賞者の言葉と選評は、7月6日発売の「新潮」に掲載されます。

河合隼雄物語賞・学芸賞についての詳細は、一般財団法人・河合隼雄財団のHPをご覧ください。

 

 

授賞作発表記者会見

2018年5月30日、一般財団法人河合隼雄財団の主催(協力:新潮社)による「河合隼雄物語賞・学芸賞」の第6回選考会が京都ホテルオークラで開催され、授賞作が決定しました。選考会に続いて記者会見が開かれ、物語賞選考委員を代表して中島京子さん、学芸賞選考委員を代表して鷲田清一さんが授賞理由を説明されました。

両賞を発表する河合幹雄・財団評議員(左)、鷲田清一さん。
 

 まず、司会の河合幹雄氏より授賞作が発表されました。物語賞は松家仁之さんの『光の犬』(新潮社刊)が受賞、「けっして特別ではない一族の歴史を題材にしながら、歳月や、人間とはなにかを深く問いかけ、抑制的に言葉を積み重ねて、静謐な物語を立ち上がらせた作品である」という授賞理由が述べられました。松家さんからは、「物語の重要性と、個人が社会の中で生きることの難しさを考え続けてこられた河合先生は、小説を書く私にとってメンターのような存在です。受賞のお知らせは大変光栄で、ありがたく思います」という受賞コメントが寄せられました。

 

光の犬
松家 仁之/著
2017/10/31

 学芸賞は鶴岡真弓さんが書かれた『ケルト 再生の思想―ハロウィンからの生命循環』(ちくま新書)が受賞し、「ケルトの季節の祭りを通して死と再生のこころの古層を明らかにし、人間のこころの歴史と未来の可能性について鋭い示唆を投げかけた」という授賞理由と、「思いがけず賞を賜りまして本当にありがとうございます。今後、さらに御賞を糧に精進していく所存でございます」という鶴岡さんの受賞コメントが発表されました。

 

最初に、物語賞選考委員を代表して中島京子委員から授賞理由について、以下のようなお話がありました。

「松家仁之さんは、編集者としてのキャリアも長く、小説に対して深い見識をお持ちの、尊敬すべき作家のおひとりです。『光の犬』は、北海道のある一族の歴史をたいへん丁寧に綴ってゆく胸を打つ作品で、産院を営む祖母から始まる一家の思い出や痛みや、小さな喜びなどの記憶が淡々と描かれていきます。
 物語とは何かということがあらためて議論になりましたが、この作品は静かな描写を重ねることで、読者の中にゆっくりと物語を立ち上がらせていきます。リアリティのある個人によって構成される家族像が描かれているという小川(洋子)さんのご意見に、なるほどと思いました。さまざまな点で、物語賞にふさわしい作品だということで意見が一致しました」

中島京子さん
 

 

会見に同席した選考委員の小川洋子さんは授賞作について、こう述べられました。

「真正面から物語の海に飛び込んでいく作品ではなく、むしろあえて物語から遠ざかるような書き方をされています。にもかかわらず出来上がった小説の中に入り込んでゆくと、『ああ、一人の人間が生きて死ぬということはそのこと自体が一つの物語なんだな』と読者に思わせてくれる力を持った小説でした。河合隼雄先生は私との対談の中で、『生きるとは自分の物語をつくることだ』とおっしゃっていますが、まさに河合先生の言葉と呼応するような作品だと思います。物語賞にふさわしい小説です」

小川洋子さん

 

また、選考委員の後藤正治さんは、このように述べられました。

「久しぶりに第一級の文芸作品を読んだ感触が残りました。人はそれぞれ、平凡な日常を生きる中で、一瞬の輝きを持ってるんだというメッセージ性を受け取りました。物語としてダイナミックではありませんが、これだけの文芸作品を見逃してはいけないと思いました」

後藤正治さん

 

最後に記者の質問に対して、会場の河合財団評議員(物語賞担当)の河合成雄氏から、このようなお話がありました。

「この賞は、幅広い河合隼雄の仕事を<物語>というコンセプトでどう社会に伝えてゆくか、今の時代にどういう物語を伝えられるか、小説・児童文学・ノンフィクションなど、広い分野から候補作を探しています。
 さきほど、受賞後の松家さんとお話ししたのですが、生前の河合隼雄とも仕事をした松家さんは、『これからは日本でも個人主義が大事で、それを考えてゆかなくてはいけない、と河合隼雄先生が言われていたのが印象的で、今その言葉が深く響いている』と言っておられました。メンターのような存在だと。私は、今回の作品では個々の登場人物が深く描かれていて、日本的にはこうだろうという家族像とはちょっと違う物語が描かれていると思いました」

(* 今回、選考委員の上橋菜穂子さんはオブザーバーで出席されました)

河合成雄さん 撮影:吉田亮人

 

つづいて、学芸賞授賞作について、鷲田清一さんがこう語りました。

「今回、学芸賞は第6回になりますが、たぶんこれまでの受賞作でいちばん小ぶりな本です。しかし、いちばんベテランで、みなさまの良くご存じの鶴岡真弓さんが受賞されました。京都の国際日本文化研究所におられたこともあります。
 鶴岡さんはケルト研究では押しも押されもせぬ第一人者で、ケルトの装飾の分野にのめりこんで、若いころから長く研究を続けてこられました。独自の散文的世界も素晴らしい。私もこの本で初めて知ることが多く、読み物として非常に優れています。
 ケルトはアングロ・サクソンが入ってくる1000年も前にイギリスに入り、墳墓のドルメンはピラミッドよりも古いと言われています。また、ジョイスやベケットなどにも影響し、複雑で濃密で独特の物語世界がそこにあります。一方、音楽では透明感のある歌手エンヤ、泥臭いロックなどもある。文化として、ヨーロッパの古層、その基層をなしていると言っていいと思います。
 ケルトの装飾である渦巻き、組みひも、蔓や蛇などの文様などは、転生し生成してゆく世界を現していて、鶴岡さんはずっとそこにこだわってこられて、その論文で賞も取られています。今回、とっつき易かったのは、ハロウィンやマイケル・ジャクソンの『スリラー』が『サウィン』というケルトの古代文化から来ていることなどを例証してくださっていることですね。闇の世界を照らすケルトの文化を知ることによって、死から始まる再生の物語を鮮やかに四季の祭りを通して、分かりやすく解き明かしてくれたたいへん面白い本だと思います。
 ケルトには、日本のかかし、送り火、秋田のなまはげなどと共通するものもあり、ヨーロッパのみならず、世界の文化の古層に深く届いている宇宙論的思考法なのかなとも思いました。シェイクスピアの戯曲『真夏の夜の夢』やワグナーの『ワルキューレ』にもケルトの習俗がみられるといいます。彼女の解釈によれば、何を描くのではなく、いかに描くか――宇宙とわれわれの世界の出会いの場をどう表現するかということが、文化の中に胚胎していたということなのです。死が生に転生するという宇宙の運動そのものを体現するのがケルトの祭りなのだと。
 近代の技術論的発想ではなく、人間と自然、動植物が互いに転生していくような『死と再生のこころの古層』を明らかにして、われわれが近代文明のあとの新しい価値観を模索するときに、ケルト再生の思想はヒントを与えてくれるのではないか。この本からはそうしたメッセージが伝わってきます。じつは、河合隼雄先生もケルトにはたいへん興味を持っておられました」

鷲田清一さん

 

中沢新一委員はこのような話をしてくださいました。

「河合隼雄先生は、ケルトとアメリカ先住民に非常に深い関心を持っていました。『ケルト巡り』という本も出しています。ケルトとアメリカ先住民の人々は似た世界観を持っていて、生命の根源は渦であり、奥底では矛盾を孕んでいるということを出発点に据えた文化です。これは日本人の潜在的文化にも存在していると河合先生は考えていました。ユーラシア大陸の東と西の端でよく似た文明を持っているんですね。ケルトでのお正月は晩秋から初秋ですが、日本でも同じで11月から2月が一年の始まりです。霜月祭りなど盛大に行われ、仮面が出てきたり、よく似ているんです。河合さんは、そうした文化的な共通性ではなく、現代の日本人の心の問題を考えるうえで、深くつながっている二つの文明に関心を持ったのだと思います。鶴岡さんは19歳からケルトに魅せられて研究を続けてきましたが、この本は小さい本ですが、完成度が高く鶴岡さんの研究の集大成となっているたいへん優れた著作だと思います」

中沢新一さん

 

 今年の会見も、和やかな中にも受賞作をめぐって選考委員のみなさんの深いお話を伺うことができました。ありがとうございました。

(以上すべて撮影:吉田亮人)