「サルは友達なのか?」と聞かれたら、むしろこちらからお尋ねしたい。あなた、サルと向かい合ったことあります? 歯を剥いて威嚇されたことは? 全力で枝を揺すられたことは? 逃げる準備はオーケー? と。

本気のサル、怖いぞ?

 

大学時代、私は屋久島のサル調査に首まで浸かっていた。屋久島も森も生物調査もキャンプも調査に来るおかしな連中も大好きだった。冷静に考えてサルは別に好きじゃないことに途中で気づいたけれども、それでも参加はしていた。

ある年、新入りの後輩を連れて、京都の嵐山に「サル実習」に行った。嵐山といえば観光地として有名だが(そして京都を舞台とした2時間ドラマにも、主人公の移動ルートを無視して必ず登場するが)、その賑わいから少し外れた岩田山には野猿公園(嵐山モンキーパークいわたやま)があり、ニホンザルを間近に観察できる。

さて、そこでサルの年齢性別の見分け方などを教えていたら、我々の前に小生意気なガキザルが現れた。年齢は3、4歳だろうか。そこで、よせばいいのに、後輩の一人が調子に乗った。

「フッ、生意気な奴め。人間の怖さを教えてやろう」

彼はそう宣言すると、仁王立ちになって腕を組み、サルを睨みつけた。つまり喧嘩を売ったのだ。

売られたサルの方はじろりと彼を見上げるなり、頭の毛がピタッとなでつけられ、耳が突き出した。体の方はボワッと膨らんだ。そして口角を引き、牙を剥き出すと、「ギギギギッ」と声を上げて、彼に向かって来た。途端、後輩はあり得ないことに「ごめんなさいごめんなさい!」と叫んで、私の後ろに隠れやがったのである。

クソガキはこっちに狙いを定め、私を威嚇した。ニホンザルの体重は大きな成獣でも10キロにもならない。ましてこいつはガキにすぎない。だが、あなたは「本気で自分を攻撃しようとする相手」に対峙したことが、あるだろうか?

いかに体格差があると言っても、向こうは素早く飛びついて全力で噛み付くことができるのだ。人間は喧嘩相手に「全力で噛み付く」なんてことを、普通はやらない。

だが、ここは観光客も来る場所だ。サルに「人間なんてチョロい」と思わせてはならない。仕方ない、鬼になってやろう。目を見開き眦を決して歯を剥き出すと、そのサルを踏みつけ、引きちぎり、八つ裂きにして喰らうシーンをイメージしながら眼光をねじ込んだ。

これは、効いた。

ガキザルは怯えて目を見開くと、そのまま後ずさった。そしてサッと顔をそむけて、ヒィヒィと哀れっぽい声を上げながら逃げてしまった。

……いや、そこまで脅かすつもりは、なかったんだけどね?

 

そのしばらく後、私は屋久島の林道にいた。道の両側にサル、サル、サル、サル…… ニホンザルの群れがやって来て、私を取り巻いてしまったのだ。

取り巻かれているといっても、敵意を持っているわけではない。もちろん崇拝されているわけでもない。ニホンザルの群れが餌を採りながらゆっくり移動して来て、林道に突っ立っている見慣れない奴がいたにも関わらず、あまり気にせず採餌を続けることにしたらしい。この辺りはまず人間が来ることがないので、サルたちも人間に寛容だ。人里だと農作物を巡って敵対関係にあるので、人影を見ると逃げる。

サルの餌になる果実や若葉、新芽などは日当りの良い場所に出ることが多く、道端や切り通しはそもそもサルにとって良い餌場だ。そして、こういう見通しの効くところにサルが出て来てくれるのは、調査者にとっても性・年齢・個体数を知るチャンスだ。うまくすれば道を渡るサルをフルカウント、つまり群れの全数を知ることもできる。私は偶然にも、絶好のチャンスに巡り会ったのである。もっとも、今回は林道を渡るのではなく、餌を採りながら動いているので、数えるのがちょっと難しい。

うろちょろするサル相手に、苦労しながら半分がた数え終わったときのことである。私のすぐ前、林道の縁の草むらがガサガサと揺れた。ふむ、サルが斜面を上がって来たのか? だがこの草丈で姿が隠れるということは、ずいぶん小さい。ほんの子供だろう。

思った通り、草むらから子ザルが転び出て来た。いや、これは思ったより小さい。せいぜい1歳、親から離れてやっと歩き出した、といったところで、足取りがおぼつかない。その子が、こっちをじっと見た。

あ、ものすごく、嫌な予感。

しまった下がらなきゃ、と思った時は遅かった。子ザルは目の前に大きな人間がいるのに気づき、腰を抜かしてキィキィと悲鳴を上げた。途端、周囲のサルたちから一斉に声が上がった。それまでは静かに「クー」「フー」と鳴き合っていたサルが、騒然として大声を出し始めたのだ。まず、1頭の雌が走って来ると子ザルをはっしと抱きかかえ、こちらを睨みつけて口を開けた。その横に来た別の雌もこちらに向かって口を開けた。さらに2頭ばかり、毛を逆立てた雌が威嚇する。続いて若い雄が来て、「ガガガッ」と威嚇音を出した。やばい。下がろうとしたら後ろにサルがいた。こいつもこっちを威嚇している。それを避けてバックすると、切り通しの崖に数頭のサルがいる。しかも、でかい。大柄な雄ばかりだ。頭の毛を逆立て、目を釣り上げて(ただでさえ屋久島のニホンザルは釣り目気味だが)、牙を剥き出している。さっきの若雄とは比較にならない迫力で、「ゴ、ゴッゴッゴッゴッ!」と威嚇音を叩き付けて来た。離れたところからサルが数頭走って来る。道に覆い被さった木の枝が激しく揺れ始めた。木揺すりといって、樹上のサルが興奮して枝を揺らしているのである。わあ、四面楚歌。こういう映画見たことあるぞ。『ガントレット』だ。クリント・イーストウッドが大型バスで走り抜ける中、ものすごい量の銃弾が浴びせかけられるやつだ。

ニホンザルの雌は生まれた群れに生涯留まる(屋久島では雌が移籍して群れが消滅する、という事態も観察されているが、特殊なケースである)。だから、群れの中には妹、姉、娘、母、祖母、叔母、従姉妹といった女系の血縁者がたくさんいる。この時も、恐らく真っ先に子ザルを助けに来たのが母親、それにくっついてこちらを威嚇して来たのは血縁の雌たちだったのだろう。そして、雌たちが怒りだせば、雄も黙ってはいない。こういう時に率先して群れを守るのが雄の仕事だ……というのは擬人的すぎる&特定の時代や社会の観念を含みすぎた言い方で、生物学的に言うなら、こういう時に闘争に加わらない「面倒見の悪い」雄は雌にモテないからである。生理学的に説明するなら、他人の悲鳴を聞いた時にこれを敏感に感じとり、かつ急激に興奮するような脳を持っている雄がモテる、と言ってもいい。そして進化学的に言えば、そのような脳の傾向が遺伝する場合、「集団の危機を放っておけず、助けるために喧嘩する」形質を持った個体は繁殖成功度が高い、つまり次世代にその遺伝子を残しやすい、ということになる。

それはともかく、この件は全くの濡れ衣である。私はあの子ザルに何もしていない。向こうが勝手に草むらから出て来て、勝手にこっちに驚いて泣いただけだ。一体私が何をしたというのだ。存在自体が罪だとでも言うのか。冷静に話聞けよ、お前ら。

いや、サルには話なんか通じない。体一つで、この20頭以上いる激高したサルをかわし、安全圏まで下がらなくてはいけない。一度離れてクールダウンさせれば大丈夫だ。追いかけて来て襲われる、なんてことはない。

だが、今は背中を向けてはならない。これは動物と対峙する時の鉄則である。背中を向けるということは、「降参です、もう逃げます」ということだ。

「やってやる」「でも怖い」という拮抗状態にある時、急激に均衡を崩すのは危険である。相手が背中を見せた瞬間、「でも怖い」が消え、「やってやる」だけが残る。アクセルとブレーキを同時に踏んでいたのに、急にブレーキを放したらどうなるか?

しかも、闘争中の動物はマトモではない。我が身を振り返ってみてもそう。大学時代に寮祭の余興の青空ボクシングで痛感した。あの時はダウンした相手をさらにぶん殴ろうとし、止めに入ったレフェリーも危うくぶっ飛ばすところであった。

もちろん、全力で逃げるという手もある。動物だって勝てないと思えばそうする。だが、林道でサルと追いかけっこをして勝てるか? いや、勝てない。だいたいこっちの行く先々にサルが待ち構えている。ならば、相手を牽制して危うい均衡状態を保ちつつ、抜け出すのが最善手だ。

相手の目を見すぎないよう、といって目をそらして「負けました」アピールをしてしまわないよう、チラチラと相手の胸元から顔あたりに視線をやり、毛の膨らませ加減や顔つきを見て怒り具合を判断し、それに合わせてこちらも威圧の程度を調整。足下で威嚇する生意気な奴は本当に危険だから足を上げて軽く威嚇し返し、なるべくサルに背中を見せないよう後ずさりして、四方から威嚇されながら、サルの群れの中を30メートルほど移動する。

相手を刺激せず、弱腰にならず、「手を出したら自分もやられる」と思わせながらも、恐怖のあまり反射的に攻撃して来るほど威嚇もせず…… そう、これは国際社会がしょっちゅうやっている、武力による均衡状態なのだ。私はなんとか体の大きさによる「抑止力」をちらつかせ、この危機を脱して、サルとのデタントを迎えたのだった。

野生動物は彼らの流儀で生きている、独立国家のような存在だ。親しみをもつのはいい。だが、他種の動物相手に「わかり合える」という発想がそもそも、緊密で大きな社会を持った、しかも全てを擬人化して物語を付与しがちなヒトという生物の思い込みにすぎない可能性は、多々ある。この後、カラスを研究するにあたっても、必要なのは「わかり合う」ではなく、まずはお互いの身体感覚で相手との間合いを把握する、いわば「渡り合う」ことであった。

なんだかよくわからないけど、おなかへった

(つづく)