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石橋  僕が非常に興味を持っている作家でミシェル・ビュトールという人がいて、この人は文学史的にはいわゆるヌーヴォ・ロマンの作家に分類されていますが、小説(ロマン)は4編しか書いていなくて、ある時、小説には見切りをつけてしまったんです。小説では自分の思ったように書けない、と。なぜ小説はだめなのかというと、要するに引用ができないからだと。引用を思う存分するためにこの人は小説を書くのをやめてしまった。結果的に最後になった4作目の小説には、結構引用があるんですけども、周到にエクスキューズをつけています。この『段階』という小説は、高等教育の精密な描写なので、当然にも各種の教科書が出てくるから引用を行わざるをえない。しかも、教材という性質上、非常に断片的な引用になります。小説としてはこれでも引用が多い方だと思いますが、そこまでエクスキューズをつけてもこれが精一杯で、それ以上になるともはや小説ではなくなる、だから自分はこれ以後は小説を書かないことにしたんだ、と後付けですが、言っています。そして、ほとんど引用からなるような特異なテクストをどんどん生み出していく。ですからビュトールは批評は保ち続ける。ただ、やはり通常の批評よりははるかに引用が多いし、長い。例えば、一番最後の小説を出した翌年にボードレール論を一冊書いているんですけども、本人によれば、これは一種の小説であって、ボードレールという実在の人物をいわば架空の作者のように扱っている。仮に本当に小説として書くのであれば、ボードレールの詩のような優れた詩を自分で一から書き、書簡なども自分で作らなければならず、そんなことはとてもじゃないけどやっていられない。でも、批評ならその必要がない、小説で同じことをやろうとすると、架空の人物を作り出して架空の作品を作り出すというかたちでやらざるを得ないんだ、と。実は、5番目の小説になっていたかもしれない幻の構想の一つに、『小説』という小説があったらしく、そこでどうもそういうことを本当にやろうと思っていたようです(その場合、架空の批評家や架空の新聞雑誌、架空の文学賞も作り出さなければなりません)。
 それだけフランスの場合は小説における引用の抑圧が強い。そこで引用に対する抑圧をむしろ逆手に取るというか、引用ができないなら架空の登場人物を作り出してしまえというように、フランスだと制約を創造力に変えないといけないんですけども、日本の場合は、そこまで小説の制度的な抑圧は強くなくて、それどころか、大西さんが批判するような私小説的な風土が蔓延しており、読者と最初から馴れ合って作者の権威を維持することが行われているわけです。そういう国では自ずから別の戦略が必要になってくるんですね。
 フランスをはじめとするヨーロッパにおける小説の理念が、大西さんのいう「仮構の独立小宇宙」のモデルであるのは間違いありません。しかし、いわば本家本元の「小説」は、引用の禁止によって読み手との共有を拒み、作者の占有に帰し、したがって「独立」を喪失している。語の真義における「独立性」をいかにして読者との共有において実現するか、という課題に大西さんが最初に取り組んだ作品、それが『地獄篇三部作』だったのだと思います。これは、架空の作品とその成立過程に加え、その受容まで書いた作品です。作中の作家が書いた作品に対して悪評ばかり出るのですが、版元がそれらを部分抜粋して絶賛批評に見せかけ、宣伝に使うという仕掛けになっています。ある意味で、ビュトールの構想した『小説』に似てはいるんですが、ビュトールであれば読み手であることを隠してうまくそこをすり抜ける感じで書かなければいけなかったであろうところを、大西さんの場合は極めて挑発的に読み手であることを最初からさらけ出している。この初期作品の時点で既に長大な引用の多用は行われていて、別に引用元の全文を読まなくとも、あたかも架空の作家を相手にしているかのごとくに読めるようになっています。読み手として書いているにもかかわらず、自立性は維持するという芸当がごく当たり前のようになされている。
 もう一つ言うと、登場人物の人名がことごとく非常に露骨なもじりになっている点。変な名前の登場人物が大西さんの小説に登場するようになったのは、『神聖喜劇』の後の中期以降の小説とばかり思われていたのですが、これも『地獄篇三部作』からすでにあった。大西巨人本人を露骨に暗示する「大螺狂人」なる人物を登場させたりするわけですね。若干飛躍のように聞こえるかもしれませんが、こういう戯作というか、オリジナルがないパロディもまた、読み手として書くことの実践例の一つに位置づけられるんじゃないかと思います。この作品を大西さんは『近代文学』に載せようとしたものの、同人の間でスキャンダルみたいになってボツになってしまった。便所の落書き的な匿名批評の下劣さにも通じるこの種のおふざけは、書き手が読み手でしかない現実をあまりにもはっきり露呈させ、作者神話を解体させるがゆえに、拒否反応を引き起こしたんじゃないでしょうか。しかも面白いことに、掲載を拒否されたあと、作中の架空の作品を自分の作品として出してしまう。その『白日の序曲』の登場人物は逆にごく真っ当な名前の人たちばかりなんですね。批評と創作の間の融通無碍な往還は、『神聖喜劇』以後、ますます目立つようになりますけれども、そういうことが可能になっているのは、大西さんが、テクストはあくまでも読者に共有されることで自立するのだという文学観を非常に明晰に持っていたことに起因していると思います。
 そのことをよく示すのが――ようやく最後になって『歴史の総合者として』に行って話を終えたいわけなんですけれども――大西さんが匿名批評を実践しておられた事実です。批評は読み手のものとしてあるべきなので、その意味で、批評の本質は匿名批評にあるという絓秀実さんのご指摘はまさにそのとおりだと思うのですけれども、そこで行われていた「戯文」が、『地獄篇三部作』で行われてることと非常に近いんですね。時代劇のパロディのような戯曲形式であったり、あるいは架空の書物を作り出して、その中で有名な短歌の作者を取り替えてしまったりする。作品は作者のものではなく、作品の方が作者を交換できるんだ、と。ある作品が別の人によって書かれたものだと思って読むと、これまでとは全く違う作品の姿が見えてきてその方がその作品には合っていたりする。フランスの批評家のピエール・バイヤールが『作品が作者を交換したら』という本を書いていますけど、そんなことはとっくの昔に大西さんはやっておられた。あるいは女性名義のおちゃらかしみたいな匿名書簡を吉本隆明宛に出す。これなんかも、『地獄篇三部作』には匿名の告発文が作中の作者のもとに届いて、それに対する応答として作品が書かれるというかたちで、まさに読み手と対等の立場で作者が作品を生み出す生成過程が再現されていたことを思わせます。ということで、ちょっとまとまりはないんですけれども、時間になってきましたのでこの辺で一旦終わりにします。

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