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國分  ありがとうございました。いろいろな論点を出してくれましたが、まず確認しておくと、近代、特にフランスで発明された近代小説というのは「無からの創造」というウソに基づいている、と。実際には作者も読み手であって、たくさん読んだ上で小説を書いているにもかかわらずそれを隠蔽しているし、その事実を抑圧している。その結果として、小説では引用がなされないという不文律が強力に、抑圧的に作用してきた。ところが、大西さんの小説の特徴は、小説であるにもかかわらず縦横無尽に引用することですね。読者が最初当惑するぐらい、たくさんの引用がなされます。ここにいわゆる近代小説との差異が見出される、と。
 コメントというより質問しながら話をつないでいきたいと思いますが、大西さんの有名な言葉で「仮構の独立小宇宙」というのがありますね。この文選だと第4巻に入っている、1993年に書かれた同タイトルの文章があります。その言葉を使った大西さんは、一つの小説世界はそれだけで自足していて完結していなければならない、「借景」をしてはならないと述べ、それによってある種の私小説批判をしてきたと思います。
 そうすると、引用をこれだけしながらも、しかし、仮構の独立小宇宙を作るというのは、少なくとも一見すると矛盾しているように思えるわけですよね。僕は石橋くんの話を聞きながら、なんとなく、「いやそれは矛盾ではない」という直観も得ましたけれども、この点はどうでしょう?

石橋 まさにそこが十分詰め切れないまま話をしていたりするという(笑)。

國分  これ、一番大事だろう(笑)。

石橋 大西さん自身、随筆を小説に読みかえるときに、自分は「してはいけないこと」をしているんじゃないかと思っていらっしゃる節があるのは、作者が自分の作品のことは一番分かっているんだというヨーロッパの小説観に引きずられている部分が多少あるんじゃないでしょうかね。そこにやっていることと言っていることのずれみたいなものがあるとは思うんですが、必ずしもそれを矛盾と捉える必要はなくて、大西さんの実践そのものが、これだけ大量の引用をやっても別に小説の自立性が損なわれるわけではないことを証明していると取るのはどうでしょうか。ちょっと逃げですけど。

國分  実際のところ、たくさん引用があるから独立小宇宙ではなくなってるという印象は全くありません。それがすごく不思議なんだけれども、たとえば近代小説に慣れきったフランス人読者が見たら変に思うってことなのかな。

石橋 だと思うんですよね。

國分  この点、山口先生、何かありますか。

山口 発言の前に一言宣伝させてください。石橋さんのお話にあった、近代的な概念としての「作家」の誕生ということについては、群像新人評論賞を受賞された石橋さんの「なぜシャーロック・ホームズは「永遠」なのか――コンテンツツーリズム論序説」(「群像」2017年12月号掲載)に詳しく書かれています。
 石橋さんは、近代の出版ジャーナリズムが創作物を定期的に作り出す職業作家を仕組みとして作り上げた、けれども産業である実態を覆い隠して、まず天才的な個人があり、優れた芸術的作品を生み出すというような装いで文学者と文学作品を流通させていき、そのことによって個人主義の意識が形成されていった事情を指摘されています。けれども今日では神話的な作家像はもはや崩れてしまっていて、作品は読者によって自由に組み換えて楽しむ、石橋さんの言葉で言えば「コンテンツ的享受」の対象になっており、そのような状況で文学をどのように再生させるかが問いかけられています。
 石橋さんの議論を踏まえて言うと、おそらく大西巨人が抱いていた作家像は、個人主義的なものでも消費主義的なものでもなかったのだろうと思います。國分さんが問題にされた「仮構の独立小宇宙」という概念は、現実にまったく依存せず作品内の文脈だけで読者がすべてを了解できる作品を意味しているようです。逆に言えば、現実は作品からすべて締め出されている、そして締め出しを受ける現実の中に作品を生み出した作者も含まれると思います。「仮構の独立小宇宙」の自立性の強度はそれぐらい強いもので、作品が逆に作者に働きかけてさらに発展することを促す存在となる。近代的な、創造の起源であり、作品を統括する作家像では収まらない運動がそこにはあるのではないでしょうか。

國分  ありがとうございます。今、非常に明晰になった感じがします。作家自身をも締め出すことで小宇宙が独立する。つまり、作者という主体が読んだものが引用されているというよりも、ただただ、その小宇宙の構成要素として引用が存在しているという感じでしょうか。
 石橋くんの『大西巨人 闘争する秘密』では、『神聖喜劇』は回想するわけだけど、回想する主体があるわけではなくて、ただ回想する運動だけがあるというようなことが書かれています。大西さんは意志の人というイメージがあると思うんです。非常に強い意志を持った人のように思われている。でも、実は作品では強い意志をもった主体が前に出てきているのではない。回想する運動だけがある。引用にしても、引用する主体はどうでもよくなっている。別に自分の本に引きつけて、「そこには中動態の世界がある」とか言いたいわけではないんですが(笑)。
 先ほど山口先生は批評と小説の関係について非常に明快な見取り図を出されました。日本で小説を書くためには批評によって何かを一度克服せねばならなかった。この論点は『大西巨人 闘争する秘密』で石橋くんが注目している、大西巨人の遅筆という問題と関係していると思うんです。大西さんの遅筆というのはそうとう強烈でして、たまに笑い話にもなるぐらいなわけです。ところが、これは単なる大西さんのパーソナリティの問題ではなくて、ある種の方法論であったというのが石橋くんの説ですね。『大西巨人 闘争する秘密』では、「方法としての遅筆」っていう面白い言い方がなされています。
 まず大西さんの中にイメージがある。そのイメージだけがずっと持続しているのだけれども、それが時代にぶつかることで作品が書かれる、というか生じる。したがって、或る意味で大西さんの小説は時代に対応して書かれている。けれども、もともとの発生源に一つのイメージがあるから、書かれた小説は全体としては共時的な構造物を成しており、空間的に配置できるものとして存在している。石橋くんはこういう二重性を指摘しています。
 山口さんはもちろん『大西巨人 闘争する秘密』はお読みになってると思いますが、最初にお話しされた批評による克服の話と、このイメージの話、もし何か結びつくところがあればぜひお伺いしたいのですが。

山口 石橋さんの「方法としての遅筆」は、今國分さんがおっしゃられたような大西巨人文芸の展開原理を説明されたものですね。出発点にあるイメージがあり、それを現実の中で具体化しようとするところで創作が生み出されていく、しかし、必ずそこには残余、書かれないものがあり、それがさらに次の創作を促していく仕組みを、石橋さんは指摘されています。「方法としての遅筆」は、石橋さんも創作に時間がかかることを必然と考えていらっしゃることで、私の拙い話と当然関連してくると思います。
 ただ、國分さんに指摘されて気づかされたところがあり、まだきちんとしたことは言えません。石橋さんは、イメージと具体的な形象化との関連にも着眼されていますが、私の今日の話は、もっぱら批評言説とその思想性に限ってしまったところがあります。また、石橋さんの論は、戦中の出発点を問うているのに対して、私は敗戦後の軌跡のみを扱ったという違いもあります。1950年前後に一つの目立つものではないが創作活動の変化が生じていたのではないかということを述べましたが、小説と批評を簡単に分けすぎているという反省も石橋さんのご報告をうかがって感じていたところなので、石橋論を引き受けてより精密な考察を行うことを課題としたいと思います。すみません、それぐらいのことしか言えません。

國分  いえいえ、ありがとうございます。『歴史の総合者として』は3部立てになっていて、各部について編者の方が紹介文を書いています。50年前後という数字が出ましたが、ちょうど、52年から始まる関東移住以降を担当されたのが橋本さんです。今議論されてきたことについて、もしコメントがあればお願いします。

橋本 ありがとうございます。すぐに小説としての結実に結びつかなかったというのは、やはりかなり悩みの時期、山口先生が指摘されていた、批評によって下準備をすべき時期があったためというのは、確かにそのとおりだと思います。例えば『神聖喜劇』を書き始めるにあたっては、先行する敗戦後の軍隊小説である野間宏『真空地帯』はここが問題なんだと、批評「俗情との結託」などで具体的に指摘することがスプリングボードとしてやはり必要だったのではないかと思います。大西さんは、『神聖喜劇』の基本的なテーマ自体は昔から持っていたと談話で強調しましたけれども、それと同時に時代の必然というか、『真空地帯』が広く読まれたこと、朝鮮戦争やベトナム戦争など新たな戦争への直面も含めて、さまざまな条件の重なりも小説として書き始めるには無視できなかったんじゃないかと思います。
 また先ほど申し上げた70年代の浦和高校入学拒否問題とつなげますと、『歴史の総合者として』の中でも解説で書いたのですが、学習権運動に多忙を極め、少し批評活動などが停滞する時期が70年代にもあります。でも、刑事告訴しても不起訴で裁判までたどりつけない、既存権力の大きさを前に挫折を経験しつつ、それでも協力してくれる人とともに戦い続けるという経験をしたことは、『神聖喜劇』の東堂二等兵や冬木二等兵の闘いを結末まで書ききる力にもなり得たんじゃないかと考えているところです。
 「仮構の独立小宇宙」との関係で考えたことを申し上げますと、山口先生がおっしゃった作者の締め出しっていうことが非常に重要だと思います。また別のところから考えていくと、今回のこの『歴史の総合者として』を私たちで編集していくにあたって、引用された原典をできる範囲で参照したときに、必ずしも大西さんは一語一句そのまま引用してるわけではないとわかりました。

國分  それは衝撃の事実。

橋本 漢字の表記など細かい点がちょっと違ったりということがありました。編者としては、どうしようかと悩んだりもしたんですけど。でもそういう事実を知ると、われわれのような研究者が論文で引用するようなものとは違う引用の発想がきっと大西さんにあったんだろうというふうにも思います。言ってみれば、先行するテクストを先行する歴史の痕跡として取り込むというか。大西さんは小説の自立性を強調する一方で、外在する歴史的事実というもの自体は常に参照して踏まえるべきだ、「歴史の偽造」は重罪だと考えていた人なので、そういう発想があるんじゃないかなと、あくまで仮説ですが思っているところです。

國分  その引用の仕方が研究者が研究論文に引用するのとは違うっていうのは非常に重要な指摘だなって感じがしますね。

石橋 まさにそのとおりで、というのは、大西さんの場合、引用は記憶と結びついてるわけですよね。記憶から引用しているので、当然ずれが出てくる。大西さんも出版前には極力原典と照らし合わせているはずですけれども、それは完全にいかないということがありますね。それから、大西さんの引用の特徴として面白いのは、評論はもちろんなんですが、小説の場合であっても、登場人物の脳裏にぱーっと連想で次々と出てくるときというのは、おそらく書き手自身の無意識的な想起と重なっている部分がかなりあるんじゃないでしょうか。あとから引用を見直したときに、例えば三つの異なる文章がなぜそこで思い出されたのかを発見するんですね。しかも、その記憶からの引用がほぼ原文通り一語一句引用されるので、それこそ語彙レベルとか表現レベルとか論理構造のレベルでその三つなり三つが実は共通していると判明し、そこから個人性を越えた問題が抽出されたりする。そして、個人性の廃棄こそが大西さんのオリジナリティを新たに生み出す、そういう構造になっているんじゃないかなと思っています。

國分  『神聖喜劇』を読んでいると、本当に引用の渦の中に巻き込まれる感覚があります。今日は評論と小説、引用と独立小宇宙など、いくつかの論点を通じて、引用する小説としての大西さんの小説のスタイルがかなり見えてきたのではないかと思います。
 時間がないので質疑応答に入りたいと思います。会場の方、いかがでしょうか?

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