2017年の夏、おれは中央アジアのキルギスへ向かうべく、上海発の中国横断列車に揺られていた。座席数を遥かに超える数の中国人が、おれの周りを埋め尽くしている。座席にありつけなかった多くの人々は、床に段ボールを敷いて体育座りをしていた。その1人であるおれも、周りの人々に倣い、何時間ものあいだ体育座りをして過ごす。

 窮屈な車内で長時間過ごすことに対する不満は特にない。トラブルにより予約していた航空券が使えなくなったおれが、最短でキルギスに辿り着く為には座席なしのチケットを予約するしかなかった。列車に乗れただけでも幸運だ。それに、数日前までおれは東京で1ヶ月ほどホームレス生活をしていたから、それに比べれば居心地の悪さは幾分かましだった。

 ……さあ、また、新しい冒険が始まる。今回のキルギスでは、どんな動物や人との出会いがあるんだろうか……!

 冒険前特有の高揚感に包まれながら、おれは微動だにせず、蒸し暑い車内で体育座りをし続ける。

 

 おれは春間豪太郎。冒険家だ。

 大学2年生の時に、フィリピンで消息不明になってしまった友人を助けるべく現地へ乗り込み捜索をして以来、未知の世界へ飛び込む楽しさを知り、気が付くと冒険家になっていた。

 1990年生まれで現在27歳。得意分野は「言語」だ。といっても、外国語に関しては英語やフランス語、ロシア語でどうにか生活ができる程度で、ネイティブ並みに流暢に話せるというほどではない。どちらかというとプログラミング言語や、自然界の言語たる物理学や化学などの方が得意だ。あるいは、どうやらおれは動物を扱うことに対する適性があるようなので、それも「動物語」ということで言語に含まれるかもしれない。

 これらの言語的なスキルに加えて、歌舞伎町や難波、京都祇園でキャッチ系の仕事をして習得した交渉術、そしてキックボクシングジムの師匠のもとで鍛え上げた護身術などを活用し、おれはこれまで冒険をしてきた。

 

 大学を卒業した2015年の春に、ラクダを購入したいと考えエジプトへ渡航した。「冒険らしい冒険をしよう」と考えたおれが最初に思いついたのがラクダとの砂漠横断だった。「砂漠=エジプト」という、非常に幼稚な思考に従い、渡航先はエジプトとした。しかし、現地で砂漠の村を巡りながら情報収集をしていたおれは、イスラム国の影響による規制のせいでラクダと砂漠を歩くことが不可能だと知る。この冒険に向けて専用地図アプリやラクダ用の発信機を自作していたが、それらが役に立つことはなかった。

 ラクダ購入の夢は叶わなかったが、ただの観光旅行で終わらせたくなかったおれは、オアシス都市近郊で暮らすラクダ飼いに、住み込みで働かせて欲しいと頼むことにした。結果、おれはラクダ飼い見習いとして、砂漠でラクダの遊牧生活を始めることになった。

 アフリカ大陸へ渡航したのはこの時が初めてだ。砂漠やラクダ、そしてイスラム教徒の人々。ラクダの購入こそできなかったものの、「これまで自分が暮らしてきた世界とは完全に別の世界へ飛び込みたい」というおれの冒険心はそれなりに満たされた。

遊牧中のラクダたち ©️Gotaro Haruma
満月の夜に撮影 ©️Gotaro Haruma


 2016年春、おれはカメルーンにいた。どうしてカメルーンへ行くことになったのか。簡単に説明すると、当時非常に親しかった女性を追いかけて行った、となるが、割愛したい。その女性とは結局価値観が合わずにすぐ離別してしまったし、この話自体、若気の至りとでも呼ぶべき、なかなかに恥ずかしい話だからだ。

 カメルーンでは、熱帯雨林で暮らすピグミー族と共に生活を営んだ。彼らは、主に泥と草木で作った家で暮らしながら自給自足生活をしている。電気も水道もない森の中で、味気ないイモとたまに取れる小動物の肉を食べて過ごす日々。もちろん調味料などはなく、飲み水は泥水のみ。時には蛆虫がわいてしまった肉を食べなければならないこともあった。ピグミー族の人々は、毎日ほとんどイモしか食べていないせいで常にタンパク質が不足している。蛆虫がわいているからといって肉を食べないという選択肢はないし、食べなければ栄養失調に陥ってしまうだろう。

 しかし、そのような環境下でも彼らは幸せそうに笑顔で過ごしていた。そして、現地で彼らと同じ生活をしていたおれ自身も、少々のことでは不満を感じない人間になれたように思う。

ピグミー族の住居 ©️Gotaro Haruma
村唯一の飲み物 ©️Gotaro Haruma

 さて、40時間を超える中国横断列車での体育座りの旅を終え、おれは中国西端にある新疆ウイグル自治区、ウルムチに降り立った。目的地であるキルギスへ行くには、ここからさらにカザフスタンを経由しなければならない。

 カザフスタン行きの寝台バスの待合室で、アレーという名のカザフスタン人と出会う。アレーは、スポーティブな雰囲気を纏った金髪の白人女性だ。キルギスではロシア語が必須なので、ロシア語の練習も兼ねて話がしたいと思い、話しかけることにした。アレーは美人だったし、美しい女性と話した方がおれも饒舌になれるだろうと計算してのことだった。

 挨拶や互いの身の上話を済ませ、バスに乗っている間ロシア語を少し教えてくれるよう頼むと、アレーは快諾してくれた。去年のモロッコでの冒険と同様、人に恵まれたようだ。

 

 おれがモロッコを冒険したのは、2016年の夏から冬にかけての期間だ。「行商」、「キャラバン」をコンセプトに掲げ、自作の荷車とロバや動物たちを連れて1000kmほど野宿旅をするという内容だった。出発した当初はロバとおれだけのキャラバン旅を想定していたが、実際には「キャラバン」というコンセプト通り仲間がどんどん増え、旅は非常に賑やかなものとなる。

 荷車の下に住みつき仲間となった小猫と、大好物の卵を食べたいと考え購入した2羽の鶏。強い番犬を探した結果、紆余曲折を経て仲間となった赤ちゃん犬と、現地で仲良くなった友人からの贈り物だった黄色い鳩。ロバ、猫、鶏、犬、鳩を引き連れたおれのキャラバンは、SNSの力によって瞬く間にモロッコで有名となった。その結果、数多くの心優しい人々に支えられながら、おれは1059kmの道のりを踏破することができた。

 また、道中おれは小商いも行っていた。ロバたちや荷車との記念写真撮影を提案したり、鶏の卵を売ったりするというものだったが、これが予想以上に上手くいき、冒険中の滞在費全額とロバ代を賄える程度には成功した。その他にも、ソーラーパネルで充電可能なPCを使用して、海外から翻訳やプログラミングの案件を受注し稼いだりもしていた。

モロッコでのキャラバン旅 ©️Gotaro Haruma
ロバたちを引き連れ、村から村へと歩く

 多くの仲間たちとの出会いや別れ、そして苦難や喜びが詰め込まれたこの冒険は、おれに「人生は自由だ」ということを教えてくれた。これは人生の縮図である、などと言えるほどに濃厚で強烈な経験だった。今後もこういった冒険を積み上げていくことで、おれの目の前にはより広大で色鮮やかな世界が広がるに違いない。

 この冒険では、言語や交渉術など、自分が身に付けたスキルを駆使して困難に挑み、出会いを通じて仲間が増えた。さらに、様々な出会いやトラブルを通じておれ自身のスキルがどんどんレベルアップしていくような感覚も覚えた。まるでゲームの世界に迷い込んでしまったかのような、不思議な体験だった。

 だから、おれはこのような形式の冒険を「リアルRPG」と名付けることにした。そして、現在おれが向かっているキルギスこそが、次の「リアルRPG」の舞台だった。

 ロバたちとのキャラバン旅を終えたおれが次に思いついたのは、「馬に乗って草原を駆け巡る」というものだった。小学校の頃やっていた、「ゼルダの伝説 時のオカリナ」というゲームを思い出したのがきっかけだ。そのゲームではオカリナを吹くと馬がやって来て、その馬に乗って走り回ることができた。当時ワクワクが止まらなかった、草原での馬との冒険。……我ながらあまりに幼稚な発想だが、「リアルRPG」の舞台としては申し分ない。

 次に考えるべきなのは、どの国で実行するかだ。馬に乗って草原を冒険できそうな国というと、モンゴルや中央アジア諸国だろうか。しかし、それらの国のほとんどはビザによる滞在可能期間が短く、冒険が難しそうだった。法的な事情により冒険のフィールドが狭まるというのはなんとも残念だが、この現代で冒険をしたいのなら受け入れるべきだ。

 唯一ビザの滞在可能期間が長かったのがキルギスだった。さらに都合のいいことにキルギスでは当時、日本人の友人が滞在し働いていた。最初から友人がいるキルギスなら情報収集もしやすいに違いない。しかも、半年ほど前にその友人と連絡を取った際、「キルギスは動物がたくさんいる国だから良かったら来ない?」と誘われてもいた。キルギスは、湖があり水源が豊富な美しい国のようだ。調べてみると、湖に住む「キルギスドン」という名のいかがわしいUMAの情報まで出てきた。……なかなか面白そうな国だ。

 かくして、馬との冒険の舞台はキルギスに決定し、おれは現在キルギスへの経由地であるカザフスタンに向かっているという状況だ。

 


 カザフスタン行きの寝台バスへ、アレーと共に乗り込む。しばらくすると大きなエンジン音が鳴り響き、バスが出発した。

 出発後、車内でアレーが「カザフスタンへようこそ!」と言って笑い、瓶ビールをくれた。直前まで東京でホームレス生活をしていたので、ベッドで寝るのは約1ヶ月ぶりだ。おれはビールを飲み干して、ベッドの柔らかさに感動しながら眠りに就く。

 

 東京でホームレス生活をしていたのは、医療技術を習得する為だった。モロッコでの冒険を終えた時、次回の冒険までには絶対に医療技術を身に付けようと、おれは強く誓った。モロッコでの動物たちとの冒険の中で、耐えがたく悲しい出来事があったからだ。東京では「船舶衛生管理者」という国家資格の講習が1ヶ月間あり、そこでおれは注射の実践や創傷の手当などの技術を学ぶことができた。1ヶ月という中途半端な期間だったので友人の家に居候するのも悪いと思ったし、かといってネットカフェに泊まる金すらないほどにおれは貧乏だった。講習の受講料は20万円を超えていたので、キルギスでの冒険費用を除いて貯金は消え去った。

 そんなわけで、おれはキルギスへ渡航する直前までホームレス生活をして過ごすことにした。公園やマクドナルド、ドン・キホーテなどが近くにある、深夜でも居心地が良さそうな場所を拠点とし、講習が行われる病院まで毎日何十分もかけて歩いて通った。夜は公園で仮眠を取ったり、マクドナルドで講習内容の復習をしたりして過ごした。食事は100円のハンバーガーや、値引きシールが貼られたパンばかりだった。コインランドリーでの洗濯は最低限に留め、節約のため乾燥機は使用せずに濡れたままの衣服を肩にかけて歩きながら乾かした。当時は現代人としての尊厳を失っていた気もするが、そうまでしてでも、おれは動物たちを守る為の力が欲しかった。そのおかげで、臨床に特化した医療技術を医師の方々から直接学ぶことができたので、今回の冒険でもきっと役に立つはずだ。

 

 寝台バスが目的地へ到着する直前、アレーはおれに「キルギスに行くのを遅らせて、1週間だけでもカザフスタンを一緒に回って欲しい」と提案してきた。この頃にはアレーともかなり仲良くなり、心の距離も近づいていた。

 申し出自体はありがたかったが、おれにはキルギスでの冒険が控えていた。事前に得た情報によると、キルギスは非常に寒い国らしく、秋ごろから雪が降り始めるようだ。アレーとカザフスタンを回っていたら、冒険に支障が出るのは避けられないだろう。

「ごめん、早くキルギスへ行きたいからそれは無理だな」
 おれがそう言うと、アレーは少し寂しそうに笑った。

 

 夜9時ごろ、バスはカザフスタンに到着。なぜかバスは降車場へは行かず、おれとアレーは国道の途中、中途半端なところで降ろされてしまった。ここからだと、キルギスへ行く為のバス乗り場までは少し距離がある。今夜はどこかで野宿するしかない、と考えていると、アレーがモーテルに泊まることを提案してきた。モーテルならシャワーがあるので明日からの冒険に備えられると考え、おれは二つ返事で承諾した。

 そして深夜。シャワーを浴びて出てくると、アレーが「ロシア語を教えたお礼をして欲しい」と言ってきた。

「お礼って、例えば?」

「そうね……。バスの移動で疲れているから、マッサージしてもらえる?」

 ……以前にも外国人女性と似たようなやりとりをした気がする。あの時おれは、どう返答したんだっけ。……記憶を辿り、思い出す。

「おれは日本式のマッサージしか知らないんだけど、それでもいいか?」

「面白そうね、お願いするわ!」

 アレーはそう言って、ベッドの上で横になった。待ってましたとばかりにおれは笑い、自分の服をつまんで見せながらアレーに声をかける。

「ああ、それじゃダメだな! 実は、日本式のマッサージっていうのは、お互い服を全部脱がないとできないんだ……」

 あまりにふざけたおれの説明に、噴き出すアレー。

「嘘でしょ!」

 アレーは笑いながらもおれに促され、着ていたタンクトップを脱ぎ始める。

 アレーの白く透き通った肌が、少しずつ露わになっていった……。

 

 次の日の早朝、おれは冒険へ向けて出発した。意気揚々とモーテルを出てバス乗り場へ行き、キルギス行きのバスに乗り込む。キルギスに着いたらまず、現地で情報収集をして、相棒となる馬を探さなければならない。

 何の保証もない、等身大の自分が試される冒険の世界に、おれはまた舞い戻ってきた。……興奮が、全身を駆け巡る。おれならやれる、と心がたぎる。

 ……キルギスの国境は、もうすぐそこだ!

 

 これから語られるのは、おれのリアルRPG冒険譚。まるでゲームやフィクションの世界のような奇妙で自由な冒険に、今後しばしの間、お付き合いいただきたい。