真夏が来ると、森林火災だ。もはや季語のような。2016年には、4,635件の森林火災があった。
 昨夏は7月後半から異常な高温が続き、ミラノ市内でも40度を超える日が続き、シチリア島やナポリ、サルデーニャ島など南部や島嶼部では50度超えの日もあった。3月最終日曜日からサマータイムなので、夜9時を過ぎても日は落ちない。長い夏の一日、オーブンの中でじっくりと煮炊きされているようだった。
 ある一線を越えると、天候も火傷をする。
 <あれ、これは尋常ではないな>
 海水に足を漬けたとき、午後の景色が露出過多の写真のようになるとき、海から陸へ強烈な風が吹くとき、山が燃える。
 「火事だ! 火事だ!」
 岸壁に立つスピーカーから警報が鳴り響き、慌ただしく車がどこかへ走っていく。その先の山間から黒煙がもくもくと上がり、瞬く間に青空が鼠色に曇っていく。それまで強い日差しを放っていた太陽も煙に隠れてしまう。一気に落ちる照度。昼なのに暗く、夏なのに曇天、という不穏な雰囲気に包まれる。
 湾の向こうの空に黒い点が見えたかと思うと、二つになり三つになり、バラバラと多数の点がこちらへ近づいてくる。バタバタバタバタ。爆音が海面に反響し、竜巻のように風が回りながら波打ち際まで打つ。
 ヘリコプターだ。
 火事警報から間を空けずに、内務省消防庁や国防省の黄色の消火専用ヘリコプターが次々と飛んできて、機体を海面に掠って飛び、腹一杯に水を掬い貯める。低空飛空でのバケツリレーの始まりだ。飛んできては掬い、掬っては飛んでいく。黒く煙った空に黄色の鳥の群が舞う。
 山奥だったり森林だったり、あるいは内陸部の草原だったりで、火災現場は集落から離れていて(幸いに)、簡単に消防車が機動できる道すらない場合が多い。

 

 暑さによる自然発火もあるが、多くが人災だ。
 「つい煙草を捨ててしまって」
 昨夏、そういう<うっかりミス>でナポリ近郊に興った火は、みるみるうちに燃え広がり、ヴェスビオ火山の裾野からポンペイ近くまでを焼きに焼いた。
 <神様、止めて!>
 <僕のナポリが、僕のヴェスビオが……>
 悲壮なメッセージが続々と届いたのを思い出す。数世紀に亘ってナポリ沿岸からヴェスビオ、ポンペイの美しい眺めを額装するように、深い緑が彩ってきた。緩やかな海岸線をなぞっていた海松や椰子が、炭と化してしまった。
 しかし。
 なぜその男は辺地まで行き、<うっかり>吸い殻を捨ててしまったのか。
 いったいどのようにして、広域の中からその<うっかり男>がいたことを当て、見つけ出し、火元だと言明できたのか。
 病的な放火魔によるものも時にはあるが、仕組まれた火も多いとされる。
 山火事は、エコマフィアの重要なビジネス源だ。

 

 イタリアの環境保護団体『Legambiente』)(=環境連合)が発表したデータによると、2017年1月から7月末までに、74,965ヘクタールの森林が火災により焼失した。前年2016年一年間の焼失面積の総計に比べて、前半だけですでに156.41%を記録。火災のうち96.1%が、5月から7月に起きている。
 火災は、特定の州に集中している。発生数の多い順に、シチリア、カラブリア、カンパーニァ、ラツィオ、サルデーニャなど、南部が多い。
 イタリアは、国土の約34%が森林である。毎年、増え続けている。理由は、放置。所有主が管理を放棄し、野生化して増えているのだ。山岳警備隊の正規雇用者数だけでは管理が追いつかないものの、予算枠が合わず非正規の雇用者で凌いでいる。これまでの放火事件には、翌年度の仕事を確保するために森林警備に就く者が関わったケースも多かった。生きるために、自分たちが守るべき山林を自らの手で焼いてしまう、という矛盾ぶりは悲惨だ。
 遊牧を産業とする一帯では、焼き払ってそれが肥料となり翌年にはさらに天然の飼料草木が育つ、と焼き畑農業さながらの発想で関係者が火を放つこともあった。
 あるいは、土地の所有者やそこで産業を営む人との怨恨や、土地開発をして不動産で営利を得たかったのに商談がまとまらず報復や腹いせ、一帯の権力者が自分の力を見せしめるために焼いてしまう恐喝と劇場型、といった犯罪のほかに、放置されて荒れた山林を焼き払い、そこへ不法に廃棄したり処理したりする件も多い。美しい緑を焼いて、不法な廃棄物を焼く場所を作ってしまう、という二重構造の犯罪である。
 エコマフィアと呼ばれる環境関連の犯罪組織は、森林を焼くことや産業廃棄物の不法投棄や処理だけではなく、不法な食肉処理場や食品製造にも及んでいる。
 そうした黒いビジネスには、広大で、簡単には通いにくい、人や法規から忘れられた土地が必要だ。
 いったん山や森が焼けると、以降15年間はその土地を利用することは法律で禁じられている。エコマフィアは、この法律を逆手に取ったのである。
 政府は法改正を繰り返し、自治体ごとにも新しい条例を設けるなどして人災を防ぐための対策や消火体制と設備や機器の準備を書式化したものの、なかなか実施まで進まず後手に回っているのが現状だ。