イタリアでの毎日は、<起床><朝食><犬を連れて散歩><バール(でコーヒー)><キオスク><公共市場>巡りに、<書店>へと続く。勤め人ではないので、時間割は思うがままだ。映画や演劇にも行けるものなら行きたいけれど、さすがに午前中から開いているところはない。バールや書店へ行くのは、コーヒーや本だけが目的ではない。映画や芝居を見る代わりに行くのだ。
 店の奥に座り、木製の新聞挟みに綴じてあるスポーツ新聞を取ってくる。重大な時事もコンパクトにスポーツ記事の合間にまとめてあり、今日知っておくべきことが一目瞭然で便利だからだ。
 斜め読みしながら、カウンターから漏れてくる雑談を拾う。たいていの人は、エスプレッソコーヒー一杯だけ飲むとすぐに店を出ていく。注文して飲み終えるまで、二、三分というところか。知り合いどうしで折り入って話があるときは、バールのカウンターは選ばないだろう。顔馴染みだけれど友人ではない、という緩い関係の人たちが出たり入ったりしている。差し障りのない、数語を交わす。立ち飲みしながらの二、三分間のやりとりは、スポーツ新聞の時事ニュースの扱いと似ている。見出し小見出しに目を通せば、それで十分。

 


 ある日、ブランチ時間に広場向こうの小さな店まで行き、本でも読もうかと座った。日曜日。朝には遅く昼には早すぎる時間帯で、客は他にいない。アルバイトの若いウエイトレスは、紙ナフキンを折ったりカトラリーを紙袋に詰めたりして昼食の準備をしている。昼には、簡単な日替わり定食を出すのだ。
 初秋の空は高く、郊外に出かけた人も多いらしい。町は空いている。
 カラン、と入口のガラスドアに付けたカウベルが鳴った。老いた女性がひとりで入ってきた。日曜日の昼に、ここで何度か見かけたことがある。
 「どうも食欲がなくてねえ」
 壁に貼られた<本日のおすすめ>を眺めながら、老女は溜息を吐いている。
 日替わりのパスタや肉、付け合せの野菜料理と並んで、<白米>とある。北イタリアでは米をパスタと同様に食するけれど、食堂のメニューで<白米>があるのを見たことがない。
 これ、と老女は<白米>を指し、
 「レモンとオリーブオイルと塩をお願い」
 と注文した。茹でた熱々の白米にレモンを絞りエキストラバージン・オリーブオイルを少々混ぜ合わせて食べるのは、食欲がないときや胃腸の調子が悪いときの定番だ。ウエイトレスは少しも怯まず、かしこまりました、と元気良く受け厨房に向かって、
 「<白米>、それから<本日のおすすめメニュー>をひとつ、お願いします!」

 


 小さな丸いテーブルにはクロスの代わりに再生紙のナフキンが広げられ、大皿にカジキマグロをケッパーとオリーブの実をトマトで煮合わせたものとルコラのサラダ、ひき肉を詰めたズッキーニのオーブン焼きがたっぷりとよそってある。深皿には、湯気の立つ白米。六十絡みの店主が老女の横を通りがてら、ノンシャランと赤ワインを水用のコップに注いでいった。
 「無理よ、こんなにたくさん……」
 「欲しいだけ食べてください。残りは包みますから!」
 ウエイトレスは慣れた調子でそう言うと、カウンターで接客に回った。
 旧市街はここから始まる。事情は百人百様でも、結果は同じ、独り暮らしだ。高齢者だけではない。老若男女、界隈の気さくな食堂には孤食する人が多い。
 「誰もいない家で食べたくない日もあるでしょう。階下に、自分の家の台所があると思ってくれればいい」
 高校を出たか出ないかで、店主はシチリア島から仕事を探しに上京した。独りで食卓に着くのが何より辛かった。
 各人の事情に合わせて注文してくれればいい。時間潰しに、座りに入るだけでもどうぞ。
 ウエイトレスは客の様子を見ながら、注文を受けるふりをして厨房に繫ぐ。
 「賄い食をご馳走してくれる代わりに、今日は、次のお客が来るまでここに座って私の話を聞いてくれる?」
 朝のバールとは違う速度と濃度で、時間が流れている。見出し小見出しではない話が、こぼれ出す……。

 


 日課をひと通りこなして店を出ると、あたりはもうすっかり夕方になっている。