冬号特集「家族ってなんだ?」の巻頭を飾るのは、山極寿一・京都大学総長のロングインタビューです。総長就任直前の昨年九月末、研究室でじっくりお話をうかがいました。

 ゴリラの大きな写真をバックに、ソファーに腰を落ち着けた山極先生は、頭の中で構成した文章を引き出すかのように目を閉じながら語ってくださいました。日本の家族のあり方の変遷、ご自身が育った家庭環境と時代背景、ゴリラとサル、あるいは森のサルと草原のサルの集団の作り方の違い、ヒトはなぜ家族を作るようになったのか、いまなぜ家族が崩壊の危機に瀕しているのか、そして、ヒトがヒトらしくあるために私たちがいますべきことは何なのか……研究者として、また父親としての実体験に基づいて語られる言葉はどれも洞察と深い示唆に満ちています。

 戦後70年。高度成長期、安定期を経て、いまは従来の価値や関係がゆらぐ「崩壊期」だととらえる山極先生は、ネットの発達により、「相手の顔が見えないコミュニケーション」が増えてきたことに危機感を覚えています。抱き合ったり、肩をたたいたりする触れあいのない人間関係がいかに脆いものか、食事を共にしない関係がどれほど「優しさ」を欠くものか、単なる復古主義からではなく、山極先生は憂慮の言葉を口にしました。
 インタビューは全編至言に富むのですが、とりわけ心に残った一節があります。
「時間を節約してなるべく自由な時間をふやそうとするのは、ある意味では正しいかもしれないが、社会的な関係をつくる上では、むしろマイナスだった。相手に対する優しさというのは、時間をかけなければ生まれてこない。それが結局は、自分の資本になる」
 優しさとは、相手のために時間を割くこと。パートナーとの生活であれ子育てであれ、あるいは介護であれ、人間関係のあらゆる局面で深い意味を持つ言葉だと思います。