『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』で知られるエッセイスト・翻訳家の須賀敦子さん。世を去って17年経つ今日も人気は高く、多くの読者を魅了しつづけています。2014年は、須賀敦子さんを巡ってさまざまな出来事があった年でした。
 神奈川近代文学館で開催された「須賀敦子の世界展」(10/4~11/24)は、来場者13000人の大盛況。イタリア文化会館の主催で「須賀敦子翻訳賞」が新設され、授賞式が行われたのもこの頃です。「須賀敦子の世界展」は初の展覧会として、どんな雑誌の追悼特集でも見たことのない写真、メモ、蔵書などの遺品が集められました。なかでも、少し前に発見された、ある友人にあてた須賀さんの手紙が初公開され、センセーションを呼びました。
 松山巖『須賀敦子の方へ』も、小誌で2010年秋号から13年春号にわたった連載にさらに丹念な改稿をほどこし、8月に刊行されて、たちまち3刷となりました。

 これら時ならぬ花の咲き誇るような出来事は、すべて須賀敦子という稀有な書き手に惹きつけられた読者によってもたらされたともいえるでしょう。松山巖さんと、須賀さんの昔からの友人ジョルジョ・アミトラーノさんとの対談も、そんな愛読者の熱意によって実現したものです。松山さんが「考える人」で連載を始めたときに、一本の電話が入りました。それはジュンク堂書店池袋店の書店員さんで、連載が本になったらぜひブックフェアをやりたい、お待ちしています、という予告でした。あまりにも早い提案にびっくりしながらも忘れていましたが、ようやく連載がまとまってそろそろ校了が見えてきたころ、ブックフェアとトークイベントのオファーが来ました。聞けば、4年前からフェアの選書をしてくださっていたとのこと。松山さんもその熱意を受け止めて、アミトラーノさんを対談相手に指名しました。

 アミトラーノさんはイタリア文化会館の館長、そしてよしもとばななや村上春樹といった日本文学のイタリアへの翻訳紹介でも多くの仕事をされてきました。須賀さんとの出会いは36年前に遡ります。須賀さんがイタリア語に訳した『日本現代文学選』というアンソロジーを読んだ、ナポリ東洋大学で日本文学を専攻する若きアミトラーノ青年は、日本を訪れて須賀さんの研究室をたずねたそうです。会うなり文学の話が弾んでおわらず、食事をしながら語り合った『源氏物語』、そしてダンテの『神曲』のこと。その後、須賀さんがナポリ東洋大学の客員教授を務めたり、アミトラーノさんが慶應の留学生になったり、もっとあとになると二人で日本映画の字幕を翻訳したりしました。中島敦と石川淳の作品について、ウンベルト・エーコとサバ、タブッキ、ギンズブルグについて、二人はどんなことを話し合ったのか? 

 須賀さんが愛した本、出会った人々について語った言葉を、幾星霜の時を超えてなつかしくたぐっていく貴重な対談を、採録しました。ページから響いてくる須賀さんの声に耳を澄ませていただければと思います。