この入り口付近で、脱出を試みた人々が犠牲となった。


 ブルドーザーが瓦礫の中に食い込む度、爆撃直後の独特の臭いが砂ぼこりと共に立ち込めた。汚泥のような、生ごみのような、なんとも言えないこの臭いを、イラクに通いはじめてから何度嗅いできたことだろう。いかにも丈夫そうなコンクリート造りの建物は、屋根には巨大な穴が開き、二階まで部屋の中が露わになるほど破壊されていた。イラクの夏らしい雲ひとつない真っ青な空が、目の前の光景とあまりに不釣り合いに思えた。
 古めかしいレンガの壁に囲まれたこの要塞は、サダム・フセイン時代に築かれたものだという。今はイランを追われ、隣国であるイラクに拠点を移したクルド系政党の拠点として使われている。ここに今月8日、イラン側から7発の弾道ミサイルが撃ち込まれた。ちょうど幹部たちが会議中、1発目がその部屋をとらえ、慌てふためく人々が入り口から外へ出ようとしたところを2発目のミサイルが直撃した。15人が亡くなり、40人以上が怪我を負う惨事となった。「いつ、誰がどの部屋で何をしているのか、よほど正確に把握していたのでしょうね」、と幹部の娘だという年若い女性がため息をついた。皆無言のまま黙々と瓦礫撤去を続け、辺りには重機の轟音だけが響き続ける。
 イラン政府によるクルド人たちへの締め付けは今に始まったことではない。加えて今年5月、アメリカがイランとの核合意を破棄し、最高レベルの経済制裁を課すと発表すると、隣国イラクのアバディ首相は「戦略的な間違い」と指摘しながらも、アメリカの方針に従うとの立場を示していた。そんな最中に、イラン側から200キロ以上もの距離がある、イラク側のクルド系政党拠点が弾道ミサイルの標的とされたのだ。
 「自分たちへの攻撃だけではなく、アメリカへのアピールの目的もあるだろう」と広報担当官が静かに語った。イランの攻撃能力を示すために、自分たちが使われたのだ、と。一瞬、昨年までの北朝鮮情勢が頭を過った。シリアで化学兵器が使われたとしてアメリカが空爆を決行した。他国へレッドラインを示す警告としてもとらえられ、「これで北朝鮮が萎縮する」と平然と他国の犠牲の上に自身の安全を築こうとする、日本の政治家たちの言葉も忘れられない。
 今、少しずつ朝鮮半島で平和への機運が高まっていることは、喜ばしいことだろう。だからこそ、あの緊張に直面しないためには何がなされるべきだったのか、他の国々で繰り返さないためには何が必要なのか、検証を教訓として受け継いでいかなければならないのだろう。少なくとも人の命は、他国に自国の力を示すための道具ではない。大きな枠組みで語られる世界の動きの片隅で、犠牲になり続ける人々と改めて向き合いたいと思う。

当時ミーティングが行われていた部屋。飲み物や筆記用具などがそのままの状態で残されていた。
 

 「新潮45」に思うこと

 「新潮45」に掲載された記事を読みながら、体が震えました。先の号に掲載された中には、明らかな事実誤認も見受けられた他、とても「論」とは言えない破綻した言葉が並んでいました。
 言葉は時に、人の心を追い詰め、切り刻むほどの威力を持ちえます。優しい人たちほど、心のひだにまともにそれを吸収し傷ついていくでしょう。
 「話題性」につられ、一時的に雑誌を買う人が増えるかもしれません。けれども息長く残っていくためには、その媒体自体に対する買い手からの厚い信頼が不可欠のはずです。そう考えると、雑誌として、瞬間的な熱にとらわれ、自らの未来を閉ざしたことにもなるでしょう。
 この構造は先の国際情勢の中で書かせてもらった、「誰かの犠牲の元に、自らの安全を築こうとする」姿勢とも似通っています。
 これまで新潮社の様々な媒体で、取材記事の掲載をして頂いたと共に、拙著『君とまた、あの場所へ シリア難民の明日』は、伝えたい思いを共にして下さった皆さんあってこその刊行でした。
 心ある人々まで一緒にバッシングをされることは本望ではありません。だからこそ同雑誌編集部として、そして社として、抗議の声に耳を傾けること、そして真摯な検証を求めます。