『首里城への坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』で第二回河合隼雄学芸賞を受賞したノンフィクション作家の与那原恵さんがいま取り組んでいるのは、写真家・石内都という逸材を描くことです。戦後間もない1947年に生まれ、米軍基地の町・横須賀で育った石内さんは、多摩美術大学で染織デザインを専攻したあと写真をはじめ、木村伊兵衛写真賞、日本写真協会賞作家賞、毎日芸術賞、ハッセルブラッド国際写真賞など国内外で数多くの受賞歴を持ち、2013年には紫綬褒章を受章しました。『1・9・4・7』『Mother's』など、どれもが代表作といえるような諸作品のなかで、とりわけ石内さんの名を世界に轟かせたのが『ひろしま』です。カナダの映画監督リンダ・ホーグランドによるドキュメンタリーでも知られる『ひろしま』は、広島平和記念資料館(原爆資料館)に保管されている被爆者の衣服や日用品を鮮烈に切り取った写真集です。

 原爆投下に対する日米の認識には依然深い溝があり、アメリカでは原爆にまつわる展示にはいまも抵抗があります。にもかかわらず、石内さんの作品を高く評価するギャラリストにして編集者のアンドリュー・ロスは、「ひろしま」シリーズの写真を再編集して美しい限定本(『Here and Now:Atomic Bomb Artifacts,ひろしま/Hiroshima 1945/2007―』)を刊行。自身のニューヨークのギャラリーで昨秋、個展を開いて石内さんを招きました。

「考える人」冬号の特別レポート「アメリカに渡った石内都の『ひろしま』」は、ニューヨークから大学で講演を行ったインディアナ州、さらにはオハイオ州デイトンの国立米空軍博物館(原爆を投下した本物のB29や、核爆弾「リトルボーイ」と「ファットマン」のレプリカが展示されている)への旅の間、石内さんに密着取材した与那原さんによる、貴重な記録です。石内さんが「ひろしま」シリーズを手がけるまでの経緯から、そこに込められた思い、写真に向ける視線など、長年の友人である与那原さんでなければ引き出すことのできない石内さんの言葉がそこらじゅうにあふれています。

「ヒロシマはアメリカの歴史にとって遠い出来事だと思っていました。(中略)ヒロシマの悲劇を知っている日本の若者は、どう考えているのでしょうか」と尋ねるアメリカ人学生に、石内さんは答えます。「日本人もヒロシマを知らないと、よく感じます。ヒロシマだけでなく、世界で起きた事実、起きていることを。ヒロシマへの物理的距離、時が隔てた距離は、日本人もアメリカ人も同じなのです。未来をどう考えていくのか、私たちは同じ地点に立っています」

 原爆投下から70年の今年、写真を通して石内都さんが発するメッセージを伝える与那原さんのレポートは必読です。