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「仏教伝道文化賞 沼田奨励賞」受賞記念インタビュー

2018年10月31日

「仏教伝道文化賞 沼田奨励賞」受賞記念インタビュー

第2回 無理やり好きになってやる

著者: みうらじゅん

贈呈式で受賞スピーチをするみうらじゅん氏。「賞をいただけるというのはドッキリで、本当はお叱りを受けるのではないかと…」

―還暦を迎えてから、仏像や仏教に対する見方が変化してきましたか?

 うーん、どうでしょう。「小学4年生で仏像が好き」というのが、面白いとこだったんですが、「60歳で仏像が好き」では年相応ですしね。まわりから見ても、もうばっちり「仏像圏」に突入していますから(笑)。

 だから、還暦を超えて普通になったんですよ。それでこういう賞もいただいた。これからは「見仏」の時のスタイルも、ちょっと考えなきゃなりませんね。

―普通のことだけをしても意味がないと。

 それもあるけど、僕が仏像に夢中になったきっかけを作ってくれたのは、母方の祖父で、一緒に仏像を見て回った時の年齢を調べてみたら60歳だったんですよ。つまり今の自分と同じ年。写真も残っているけど、おじいちゃんはベレー帽にループタイ、僕は野球帽に半ズボン。そのミスマッチな二人が仏像見たりしていたわけです。

―おじいさんは、当時もっと上の年齢だと勝手に思っていました。

 でしょう? でも今の自分と変わらないんですよね。おじいちゃんは拓本マニアで、「饗庭(あいば)蘆穂(あしほ)」というペンネームで拓本の著作もある(註・『拓本による京の句碑』)。年金を全部趣味につぎ込む、いわば文化系アウトロー(笑)。親戚からは、たぶんケムたがられてたと思いますが、そんなおじいちゃんに段々似てきたんですよね、僕(笑)。今回の受賞をおじいちゃんが聞いたら、さぞかし喜ぶと思います。「あの純ちゃんが、仏教伝道文化賞か…」と。

―ということは、今度はみうらさんが10歳の子どもを連れて仏像を見て回る番ですね。

 でも、あっちから来ないとね(笑)。大人が強制したところで絶対好きにならないでしょう。「勝手に観光協会」(註・安齋肇さんとのユニット。勝手に日本各地を視察して、観光ポスターやご当地ソングを制作)で確か小豆島に行ったとき、ご婦人から「みうらじゅんさんですよね? 息子が大ファンなんです」と声を掛けられたことがあって。よくよく聞けば、息子さんが小学5年生で、自分で仏像を作っていると言うんですよ。「よかったら、うちに見に来てください」とお願いされて行ったんですが、本人は学校があるからいなかったんだけど、そこにはオリジナルの仏像がいっぱい部屋に飾ってありました。

―オリジナルというのが凄いですね。

 円空仏(註・円空は江戸時代を代表する仏師。12万体に及ぶ仏像を彫ったとされる。儀軌ぎきを外れた独自の解釈による仏像も多くのこした)みたいな像もありました。「将来が楽しみですね、お母さん」とか言って別れたんだけど、それから10年近く経って、龍谷大学の学園祭に呼ばれて行ったら、その楽屋に一人の大学生が訪ねてきて、「僕、小さい頃、みうらさんに勝手に部屋を見られた者です」って(笑)。

―いい話ですね。

 うん。だから、こういうことは小さい頃に電波が来ないとダメなんですよ。同じ仏像を学ぶのでも、「大学で東洋史を専攻してから」というのと、小さい頃にビビッと来て、すでにオリジナルの仏像を作ってた人は、大きく違うでしょう。

―今も怪獣や恐竜は子どもたちに人気ですが、仏像はそこまで人気がありませんね。

 僕は怪獣は好きなんだけど、恐竜は昔からあまり興味がないんです。だって、恐竜は「いた」でしょ? でも、怪獣は「いない」でしょう。その違い。

―なるほど。実際に存在したかどうか、という。

 そうそう。仏像も「いない」のが多いでしょ。それに、いろんな要素が重なって作られた、かつての神像は。だから、小学生の時は密教系の仏像が好きになったんだと思います。

 そもそもお釈迦さんだって、それまでには「ない概念」を考えたわけでしょ。「ないもの」を作るということは新しい概念を生む一方で、時代によっては迫害を受けるほど危険なことでもある。それでも「ないもの」を作ろうとしている人は、やっぱりカッコいいんですよね。

―「ない仕事」というのは、まさにみうらさんのキーワードでもありますね。

「仏像好きな小学生」というのも珍しかったけど、それをさらに「仏像スクラップ」まで作り出したので。その時点で「ない仕事」でしたね。誰に頼まれたわけでもないし。

 仏教系の中学に入ったのは、将来お坊さんになって住職になりたいと思ったからだけど、同級生の住職の息子に話を聞くと、自分が思っている憧れの世界ではありませんでした。お坊さんになるというのは、「仏教界という社会」に属することだったんです。インディーズな感じが全然しない。落語の世界と似ていて、「浄土宗なのか、真言宗なのか」は、「落語協会か、立川流か」の違いみたい。

―それを今日ぜひうかがおうと思っていたのですが、還暦を迎えて、出家得度してみようという気持ちはないのですか?

 昔、仏教系の大学にお呼ばれした時に「住職になりたいんですけど、すぐなれる方法はありますか?」と聞いたことがあります。「いや、それはちょっと…」と、お茶を濁されて(笑)。やっぱり仏教系の大学に通うか、通信教育を数年間受けないとダメらしい。それでカタログをたくさんもらったんだけど、中学生の時に「通信空手」に入会して懲りていたから(笑)。

―宗派にもよるみたいですけど、やはり専門教育は必要なのでしょう。

 ですよね。昔、仏教系の雑誌だったのかな、お坊さんから相談されたことがあるんです。若いお坊さんが、「仏教をどうしても好きになれないのですが、どうしたらいいですか?」と。それを僕に聞いてくるとは、変な時代になったなと思ったけど、無理やり好きになるしかないんじゃないですかと、お答えしました(笑)。〝好き〟というのは向こうから飛び込んで来ないから、無理やり好きになるしかない。特に若い人は、無理やり好きになるって変だと思うのかな?

―どうしても〝好き〟の理由が欲しくなるのかもしれません。

 あっちから〝好き〟になるように、サービスしてくれるわけじゃないですから。「向いている/向いていない」を考え始めても、「答えは風に舞っている」で。無理やり「向いている」と思い込むしかない。特に、実家がお寺でいずれ継ぐ予定の人は、どうしても「このままでいいのか」という葛藤を抱えてしまうみたいです。

 どうしても「無理やり好きになる」というと、何か動機として不純なように思う人もおられるみたいだけど、じゃあ、ある日突然、雷に打たれたように啓示がおりてくるかというと、そんなことはないですから。何でも無理やり好きになるしかないと、僕は思ってます。

―そこが世間も誤解しているところですよね。みうらさんが「マイブーム」で追いかけているものが、「無理やり好きになっているもの」だとは思っていないというか。

 「次のマイブームはこれだ!」という啓示がおりてくるわけじゃないから(笑)。「今のマイブームは何ですか?」と聞かれるたびに、何か答えるけど―ちなみに今は「打ち出の小槌」です(笑)―それも、要るか要らないかで言ったら要らないものになっちゃう。けれど、いくつか手元に集まると、好きにならざるを得なくなる、という自分洗脳。だから何でも「好き」が最初に来るわけじゃない。

〝I don’t believe me〟と、思い込むことも大切なんじゃないかな。「好きになろう」と思って、好きになっている。その繰り返しです。

―それで仏像は、もう50年好きのまま。

 嫁さんより長いですからね(笑)。

いつも心に「マイ梵天」を

―50年も好きでいると、その仏像に対して「信心」みたいなものが芽生えてきますか?

 ある時から、いとうさんと仏像の前で手を合わせるようになったんです。

 そうなったきっかけは、佐渡島にある無住の古ぼけたお寺に行った時で。そこにあった仏像は本当にボロボロで、全く修復もされていない。いとうさんと「これは手を合わせないといけないね」と話をして、初めてその仏像に手を合わせたんです。それまでは、古くてもすでに修復してある仏像ばかり見ていましたから。佐渡島で、仏像とて朽ち果てる、ということを初めて知ったんです。

 ただそれは信心ではなくて、知り合いが亡くなった時に手を合わせるのと同じ感じでした。朽ち果てたものに対して、「自分もいつかそっちに行きますよ」というか、先に逝った人に対しての挨拶のような感じでした。それからは、僕もいとうさんも自然と仏像に手を合わせるようになりました。

―『見仏記』では〝宗教色〟をあまり出さないようにしていますよね。

 それは意識しています。初期はついつい宗教っぽくなっちゃう時があって、それをどうにかとぼけたことを言って、フツーの会話のようにしようとしてきました。だから今は「見仏」に加えて、当地の商店街や温泉に行ったり、あえて「オバチャンの珍道中感」を出そうとしているんだけど(笑)。

―バランスを取るようにしているんですね。

 この間もいとうさんと、大分県の国東くにさき半島にある「六郷満山(ろくごうまんざん)」(註・当地域の寺院群の総称。古くから神仏が習合した独自の宗教文化を形成)に行って。そこはいい石像や磨崖仏まがいぶつがたくさんあるところで、昔から神仏習合が盛んな地域。ある寺院に、周囲には誰も人がいない不思議な雰囲気の場所があったんだけど、気づいたらいとうさんがひとりでフラーッと、橋を渡って石像を見に行ってるんですよ。その姿が、もう完璧に「あの世」にいるみたいで。慌てて、「いとうさん、そこはあの世! あの世だから!」って呼び戻して(笑)。

―いいコンビですね。

 僕がバカなことを言って、現世に戻す役かな(笑)。コンビ名は「彼岸と此岸」。「どうもー、彼岸でーす。此岸でーす」って。「あんた、すぐあっち岸に行こうとするから。気をつけてな」って(笑)。

 ただでさえお寺という場所は、生と死が往来しているような雰囲気があるじゃないですか。だから、ボーっとしていると持っていかれそうな時もあります。そういうスピリチュアルなものとは、距離を置こうと「見仏記」は気を付けています。

―たしかにみうらさんには、いわゆるスピリチュアルなイメージを感じません。

 昔はプログレのロックを聞いて、精神世界みたいなのに憧れた時期もありました。それこそ無理やり好きになろうと思って、自室に竹ひごでピラミッド作って、その中で瞑想をしたこともあります。でも、「いい感じになってきたな」と思うと、決まっておかんが入ってくるんです(笑)。「純、何してんねん!」って。それで一気に現実に引き戻される。そのおかんの「何してんねん!」というのが、ずっと自分の中にあるんです。

―自分の中に「ツッコミ役」がいるんですね。

 確実にいますね。それがおかんじゃなくて、ボブ・ディランになる時もあって、耳元で〝How does it feel ?(「どんな気がする?」)〟と囁くわけです。キャバクラで調子良く飲んでいた時も、〝How does it feel ?〟と聞いてくるから、困って「どんな気もしないよ」って、誤魔化してたんですけど(笑)。

―まさに『アイデン&ティティ』で描いた世界ですね。

「王様は裸だ!」の〝自分バージョン〟なんです。他人をどうこう言うよりも、まずは自分がおかしい。それは小さい頃からあった感覚です。ひとりっ子だったということと、団体が苦手だということにもつながると思うんだけど、どこか冷めていたんですよね。小学生の時に「仏像スクラップ」を作っている時も、気分は編集長なんですよ。「こんな難しい仏教用語を使ったら、読者はついてこないぞ」なんてことを自分で自分に言っている。これじゃあ世間に受けないぞ、なんてね(笑)。

―常に客観的に自分を見ている。

 いつも「()(ぜん)」なんです。「見せる前提」で物をつくっているから、おかしいことに気づいちゃう。だから「自分の中にもうひとりいる」というのは、ずっと「見せ前」でやってきたからこそ生まれた感覚。だから、趣味とは言えないんですよ。

―そこも誤解されがちじゃないですか。「みうらじゅんは多趣味の人」が、一般的なイメージで。

 違うんです。むしろ趣味を一生持てないタイプです。だって趣味は、自分が夢中になればそれで成立するけど、「見せ前」は他人に見せてナンボ、喜んでもらってナンボだから。

―先ほどの「梵天勧請」の話にもつながりますね。

 伝承では、お釈迦さんが悟りを得た時、喜びに満ちていたというじゃないですか。これではまだ「趣味」の段階で、「()(ぜん)」じゃない。そこに梵天があらわれて、「あなたのその悟りを世に広めなさい」と言ったというじゃないですか。つまり、悟りを「説き前」にしなさい、ということですよね。

―それだと我々が仏教の教えを知ることもなかった。

 お釈迦さんは、ただの「覚人」で終わっちゃうわけですよ。それを梵天が「〝説き前〟にしなさい」と言って、「初転法輪しょてんぼうりん」(註・ブッダが初めて仏教教義を他人に説いたこと)、つまり「ファースト・コンサート」につながった。だから、梵天はプロデューサーですよね。

―みうらさんの中にも「梵天」がいるんですね。

 そうかもしれない(笑)。「マイ梵天」がいるんですよ。「見せ前」でいきなさい、と耳元で囁く「マイ梵天」が。

マイ仏教
みうらじゅん/著
2011/5/14

 

みうらじゅん

1958(昭和33)年京都府生れ。イラストレーターなど。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。1997(平成9)年「マイブーム」で新語・流行語大賞、2004年度日本映画批評家大賞功労賞を受賞。著書に『アイデン&ティティ』『青春ノイローゼ』『色即ぜねれいしょん』『アウトドア般若心経』『十五歳』『マイ仏教』『セックス・ドリンク・ロックンロール!』『キャラ立ち民俗学』など多数。共著に『見仏記』シリーズ、『D.T.』などがある。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

みうらじゅん

1958(昭和33)年京都府生れ。イラストレーターなど。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。1997(平成9)年「マイブーム」で新語・流行語大賞、2004年度日本映画批評家大賞功労賞を受賞。著書に『アイデン&ティティ』『青春ノイローゼ』『色即ぜねれいしょん』『アウトドア般若心経』『十五歳』『マイ仏教』『セックス・ドリンク・ロックンロール!』『キャラ立ち民俗学』など多数。共著に『見仏記』シリーズ、『D.T.』などがある。

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