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「新潮45」問題をめぐって高橋さんに急遽ご執筆いただき「新潮」に掲載した記事を、Webでもお読みいただけるよう当サイトに転載いたしました。
元気になって退院した村井さんに特筆すべき変化が。《自分でもにわかに信じがたいのだが、まったくお酒を飲んでいないのだ/あれほどガブガブ飲んでいた私が、お酒を飲まなくなるなんてッ!》
同性愛が禁じられているイスラム教の国イラクでも、変化の波が届き始めていると話すゲイの青年。「ところで、日本はどうなんだい?」と問われた安田さんの頭を過ったものとは。
編集長 今週のメルマガ
 
高橋源一郎さんが「新潮」11月号に寄稿し話題となっている「『文藝評論家』小川榮太郎氏の全著作を読んでおれは泣いた」を転載しました。19日の掲載から大きな反響を呼んでいます。

10月15日(月)
中央線沿線の同じ街で、昼と夜に打ち合わせが入った。同じ街に住む二人の書き手と会う用件が偶然同じ日になった。打ち合わせと打ち合わせの間が数時間空いていて、会社に戻っても1時間もいられない。至急の用件がないことだけ確認して、喫茶店でスマートフォン片手に仕事をする。周りもパソコンを持ち込んで仕事をしているビジネスマンが多い。

外でメールをチェックしたり、会社の事務処理ができるようになって、空いた時間が有効に使えるようになった。

90年代前半は、ゲラは日曜日までにファックスで戻しておくから、と言われ、横浜の実家から1時間半かけて休日出勤したら、ファックスのところに何もなく、電話してみると「あと数時間待ってくれ」とか「すまない、月曜日に必ずファックスするから」とよく言われたりしたものだ。あの予定が狂って呆然とする感覚、もう味わうことがないのかと思うと、たまに懐かしくもなる。

先週の関川夏央さんにつづき、松浦寿輝さんにもこのメールマガジンを読んでいると言われる。うっ、少し賢く見せようと思って書いても松浦さんにはすべて見透かされそうだ……。

10月16日(火)
話題のユヴァル・ノア・ハラリ著『ホモ・デウス』(上・下)をやっと読み終える。

サピエンス全史』の著者が人類の未来の方向性を描いた書。普通この手の本は、今後100年ぐらいを射程に、国同士の覇権争いや、コンピュータの普及による技術革新や仕事のあり方を描いたりと、どこかしらとっかかりやすい部分があるものだが、そういう感じで書かれてないのがこの本の凄みであり、とっつきにくさでもある。

人類は、敵であった飢饉や疫病、戦争を克服しつつあるが、そのあと、不死や幸福、神性の獲得を目指すだろう、とか、生物工学や情報工学のテクノロジーを用いて、ホモ・サピエンスからホモ・デウス(「デウス」は「神」の意味)を目指すようになるだろう、とか、抽象度の高い予言あるいは預言のようなことが書かれている。崇高なSF小説を読んだ時のような読後感。ベストセラーなのに奇書の匂いもする。

面白いかと聞かれたら面白いが、読者として、ただ書いてあることを黙って受け取るしかない本だという気もした。数年後、数十年後に読み返したら、もっと心の底から納得することが出来るようになるのかもしれない。

10月17日(水)
今月末に新宿・紀伊國屋ホールでおこなわれる『流転の海』シリーズ完結記念トークイベント、宮本輝×小川洋子「壮大な生老病死の劇を描く」(31日19:00開演、入場料1500円)の打ち合わせに、新宿へ。

何度かメールマガジンで書いたが、宮本輝さんが37年間書いてきた自伝的小説『流転の海』第9巻が10月末の『野の春』刊行をもって完結した。今後、これほどの大河小説はもう日本では書かれないのではないかという気がする。

ちなみに、今回の『流転の海』完結を記念して三大特典付き5万円という豪華な愛蔵版を300セット限定で制作した。画家・榎俊幸さんのオリジナル挿画の函に入った保存版である。特典は、

(1)熊吾の名セリフを宮本輝さん自身が選び夏から少しずつ書き溜めた直筆色紙
(2)昭和57年「流転の海」連載第1回冒頭の直筆原稿のレプリカ
(3)自作について宮本さん自身が語るここだけでしか聞けない肉声入りCD

の3つ。発売前から、もうすでに注文が殺到しているそうで、ホッとすると同時に驚く。

10月19日(金)
放送2週目になるNHKドラマ「江戸元禄落語心中」を見る。岡田将生と山崎育三郎がライバルの落語家を演じているが、二人とも当たり役の匂いがする。

安藤サクラの「まんぷく」と、新垣結衣主演、野木亜記子脚本の「獣になれない私たち」と、この「江戸元禄落語心中」と、このクールは真剣に見ているドラマが3つある。

「江戸元禄落語心中」は、雲田はるこさんの漫画の原作も、アニメ版も好きなのだが、2世代にわたる落語家の人生の流転を描いた物語の展開がとにかく美しい、と思う。アニメ版、実写版と表現が変わるたびに、名人の落語をどう表現するか、月日の移り変わりをどう演じるか、という大きなハードルが生じるが、それを関係者や役者の技術と努力によって乗り越えているのがすごい。

いつしか落語の盛衰に、純文学や書物や出版社の命運を重ねてしまってもいる。
 
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