朝、ボウズイの外へ出て、ひんやりした清々しい空気を吸いつつ荷物袋を補強する。チョルポンおばさんがミシンで縫ってもダメだったので、裁縫用の糸では限界があるということだろう。そこで、パラコードという特殊な紐を使うことにした。パラコードは直径4mm程度であるにもかかわらず、200kgの荷物を吊り下げても切れることがない強靭な紐だ。荷物袋の弱くなった部分の代わりにパラコードで支えるような構造に変更する。これで、ナリンまではなんとかもつだろう。

 さて、ここからはソンクル湖に沿って半周と少し移動してから南へ進み、いくつか町を経由してナリンへ向かう予定だ。

 ソンクル湖の周りにはほとんど人がおらず景色も良かったので、日本から持ってきたドローンで撮影してみることにした。ドローンを離陸させ、セキルに跨がって昨日練習した通りに走らせてみる。このドローンには自動追尾機能がついているので、撮影中おれはセキルに指示を出すことに集中するだけで良かった。

 両足でセキルの腹を叩き、鞭を首に当てて指示を出す、最初は速歩と呼ばれる早歩きをしていたセキルも、しばらく継続して指示を出すと襲歩と呼ばれる歩法に切り替え全力疾走をし始めた。

 セキルの前足が地面へ着地するたびに、おれはかなり前傾姿勢になって前へつんのめる。この独特のスピード感は今までに経験したことがないものだった。この疾走感そして今にも振り落とされそうな緊張感。これらが合わさり自然と気分は高揚する。

 ……まるで風と一体になっているみたいだ!!
 気持ちいい!!!

 

 撮影後、野宿場所を探しつつソンクル湖を反時計回りに移動していると、目の前にタイヤでできた構造物が見えてきた。土が盛り上がっているところに6つのタイヤが円形に埋められている。これはコクボルと呼ばれる、馬に乗って行うラグビーのようなスポーツで使われるものだ。

 セキルはタイヤを一瞥いちべつして足を止め、次の瞬間、慌ててタイヤから逃げるように走り出した!

 どうやらタイヤの構造物が車に見えたようだ。キルギスの他の馬と比べてセキルが車に過剰に反応することから考えても、車に対してトラウマがあるのかもしれない。この調子だと停まっている車にも反応するかもしれない。セキルと市街地を通る時はかなり気を付けなければならないだろう。

 

 夕方、湖畔にぽつんと設置されたボウズイを発見したので、交渉の末泊まらせてもらうことにした。ソンクル湖にいる間はヤクが襲来する可能性があるので、できる限りボウズイに泊まらせてもらうのが良いかもしれない。

 この日頂いた夕食はかなり豪華で、じゃがいもと鶏肉の煮物に加えてサラダやお菓子も付いていた。サラダやお菓子はこの辺りには一切存在しないものだ。そのことを尋ねると、観光客用にコチコルからはるばる仕入れたとのことだった。お代はいらないとは言われたが、夕食はかなり美味しかったし感謝の意を示したかったので、チップを少し支払い、おれはボウズイ内の布団で眠りに就いた。

 次の日。寒さを感じて目を覚ます。外へ出ると、昨日まで緑一色だった草原が雪で覆われ白くなっていた。

 吹雪だ。

 まだ8月真っ只中にも関わらず、吹雪だ。キルギスは寒い国だとは聞いていたが、これほどとは。

 さすがに吹雪の間は視界が悪くて出発できなかったが、このままでは積雪量によっては十分にセキルの食糧が確保できないかもしれない。少し危険ではあったが、吹雪が止んでからすぐに出発することにした。

 スムーズに行けば今日中にソンクル湖からナリン方面へ下山できるだろう。ふもとの村まで行くことができれば、夏らしい暑さのなか野宿ができる。

 
 

 出発してから数時間後、ふもとの村へ続く道に行きあたったので、下山を始める。

 雪に覆われていたのは頂上だけで、すぐに辺りは青々とした草原地帯となった。

 そして夕方。山中の草地で遊牧をしていた青年のボウズイに泊まらせてもらうことになった。

 この青年は非常に面倒見が良く、母親の手伝いや妹たちの世話をしながら遊牧をしていた。まだ17歳だというのに動物たちの扱いについても非常に詳しく、おれがキルギスでこれまで出会った誰よりも馬具の扱いが丁寧だったのでとても勉強になった。

 この青年の父親は現在ビシュケクに出稼ぎに行っているらしく、彼が実質的に一家の主だという。ボウズイの周りには馬や牛、そして数え切れないほどの羊がいて、草原でのびのびと食事を楽しんでいた。馬は10頭、牛は20頭、羊は200匹いるらしい。当時のキルギスの物価に換算すると、これだけで青年の資産は400万円を超えていることになる。セキル以外には資産と呼べるようなものがほとんど残っていないおれと比べ、何倍ものお金持ちだ。

 青年の母親はかなり気さくなおばさんで、自然と会話が弾んだ。青年の遊牧や赤ちゃんのお守りを手伝い、この日も温かい布団の中で眠りに就くことができた。

馬、牛、羊、そして広大な土地も全て青年のものだ
 

 ソンクル湖出発から二日目。この日も、ふもとを目指してひたすら山を下る。

 ここまでセキルと旅した距離はおよそ150km。セキルとの連携もかなりうまくいくようになってきた。下り坂では危ないので慎重に歩かせるよう心掛けていたが、ほぼ平坦な道では速歩という早歩きで進むことにした。この歩法だと小刻みに尻が鞍にぶつかるので、全力疾走の襲歩よりも乗り心地が悪い。出発したばかりの頃は速歩のたびに尻が痛くなっていたが、最近では小刻みな揺れと浮遊感が心地よくすらなってきた。何事も慣れなのかもしれない。

 そして、この日は自転車で旅しているカップルに出会い、抜かしたり抜かされたりを繰り返した。ビクトールとクララという名のフランス人カップルで、ショートムービーを撮影しながら2人仲良く旅をしているらしい。彼らが1日に進む距離は40~50kmらしく、ちょうどセキルが1日に進む距離とほぼ同じだった。

景色が良いことで名所になっているらしく、時折観光客の人々がバスでやって来ては写真を撮っていた
 

 日が暮れる前、おれとビクトール、クララはふもとの村へ辿り着いた。彼らは村のゲストハウスに宿泊するとのことだった。ゲストハウスには馬を置けるスペースが無かったので、おれは村はずれの雑木林でテントを張り、野宿をすることにした。

 

 そして次の日も、おれは何度もビクトールとクララと会った。夕方、宿泊する予定の村が彼らと同じだという事を確信したおれは、「これも何かの縁だから、ぜひ今日は一緒にキャンプをしないか?」と2人に声をかけた。快諾してくれたので、声をかけてきた村人の家の庭にテントを2つ張り、野宿することになった。

 ……が、この選択は失敗だった。

 庭を使わせてくれた村人は、顔に深いしわの刻まれた初老の男だった。この男、どうやらおれのことを非常に気に入ったようで、事あるごとにおれの肩や腰を撫でてきた。一緒に野宿をしているビクトールはおれとは比較にならないほど整った顔立ちをしていたが、それでもこの男はおれの方が良いらしい。ビクトールとおれが並んで座っている時に間に無理矢理入って来て、ビクトールには目もくれずにおれの手に自分の手を優しく重ねてきた。

 既に暗くなってしまっていたので別の野宿場所を探すこともできず、おれは早々にテントの中へ退散することにした。……が、男はなおも諦めずにおれのテントまでやってきてノックをしてくる。おれは寝たふりをして返事を一切せずにいたが、男は無言でノックを続けた。暗いながらもテント越しにうっすらと男の影が見える。

 ……この状況は、おれにとって恐怖体験でしかなかった。寝たふりをし続け、明日の朝までやり過ごすしかないだろう。

 寝袋にくるまって動かずにじっとして過ごす。しばらくするとテント越しの男の影は消えていたが、ここで出て行くとまた面倒なことになりかねないので、そのまま就寝することにした。


 

 早朝、6時。目を覚まし、静かに素早く荷物をまとめ、セキルを急かして出発する。初老の男への挨拶は無しだ。少し不義理かもしれないが、「最後の思い出作り」的な何かを要求あるいは強行されても困るので、仕方がない。

 順調に進めば、今日中にナリンに到着できそうだった。ナリンには、セキルの元飼い主クバンを紹介してくれたウランおじさんがいるので、数日滞在させてもらって装備品の修理や改良を行うことができるだろう。

 少し進んだところでビクトールとクララが追い付いてきた。どうやら彼らは昨日、あの男から多額の滞在費を要求されていたらしく、男が寝ている間にこっそり出発してきたようだ。2人には今朝出発するときも軽く挨拶はしていたが、改めて挨拶と固い握手を交わし、別れる。連絡先は交換したが、ここからは目的地が違うので、もう会えないだろう。

 数日間を共にしただけに少し寂しくはあるが、こうした一期一会の連続、というのが旅の醍醐味なのかもしれない。

 その後、つづら折りになっている道を下っていると、急な斜面上に家畜の通り道を見つけた。ゲームで言うところのショートカットルートというやつだ。人間だと手を使わずには降りられないほどの急斜面だったが、馬でならば造作ないだろう。そこにロマンを感じたおれは、迷わずそのショートカットを使うことにした。

 そして、ナリンを目前に、結婚式に巻き込まれてセキルが新婚写真に使用されるというアクシデントはありつつも、夕方おれはついにナリンへ到着した。

セキルとなら、この斜面も楽勝だ
記念写真に馬がいることで裕福さが強調されるらしい

 さっそくウランおじさんの家を訪ねる。おじさんはビシュケクで仕事をしており不在だったが、その代わりに奥さんが温かく迎えてくれて、数日間滞在させて貰えることになった。

 この時点で、セキルと共に移動した距離は合計280kmだ。予想以上にいいペースでここまで来れていたが、それはおそらく馬のための水や食糧が豊富にあったおかげだろう。

 セキルが食べられる雑草はどこにでもたくさん生えていた。水に関しても、小川や池、水たまり、村の公共水飲み場など、1時間歩くたびに水分補給ができるほどにありふれた存在だった。しかも、セキルは歩いたり走ったりしながら道草を食うという高度なスキルを最初から持っていたのでスムーズに移動することができたし、水は1日に2回ほど飲めれば十分らしく、それ以上は欲しがらなかった。

 セキルが脱水状態になっていないか、極端な飢餓状態にないかなどを確認するために、尿の濃さを測ったり血液の粘度を確認したりする準備を整え、尿検査用の検査紙を持ってきたりもしてはいたが、どうやら今回の冒険では不要だったようだ。

 ナリン滞在中は、ウランおじさんの長男や次男と一緒にドローンで遊んだり釣りに行ったりしつつ、装備品を改良した。

 セキルを繋いでおくために使う縄を伸縮性のある強い物に変更し、壊れかけていた鞭とソールの剥がれかけていた靴は、瞬間接着剤で応急処置を行う。そして、ボロボロで今にも破れそうだった荷物袋は、しっかりした新しい素材のものをオーダーすることにした。

 「30kg程度の荷物が積める強度にして欲しい」と頼んで作ってもらった荷物袋だが、縫い付け部分だけは強度が足りていないような気もする。大丈夫だろうか。

(写真、以上すべて©Gotaro Haruma)
 

 そして、準備が整い次第、おれは出発することにした。当初の予定ではこの後まっすぐイシククル湖へ向かって北上するつもりだったが、耳寄りな情報を得たので少しだけ寄り道をすることにした。次に向かうのは、ナリンの東にあるアリシュという小さな村だ。ナリンの隣にある村なので、数時間あれば到着できるだろう。

 次の目的地にアリシュ村を選んだ理由は、「アリシュ村にはイヌワシ使いがいる」という噂を聞いたからだ。モンゴルやキルギス、そして中国などにはカザフ族と呼ばれる人々がおり、一部の地域ではイヌワシを使って狩猟を行うという伝統が残っている。ここキルギスでは残念ながら、その伝統は観光客を集めるための手段として形骸化してしまっているようだったが、それでもイヌワシを飼育し狩猟を行っている人々は確かに存在するらしかった。あの大きなイヌワシを操り狩猟を行うとは、なんてかっこいいんだろうか。ぜひ会ってみたい。

 さて、アリシュ村では、どんなイヌワシ使いと出会えるのだろうか……。

第6回につづく