イヌワシ使いがいると噂の村、アリシュ村に向かう。荷物袋はやはり縫い付けが甘かったようで、出発してすぐに布同士のつなぎ目の端が少し破れてしまった。とはいえ布自体は非常に頑丈そうなので、あとはしっかりとした縫い付けさえできれば最高の荷物袋になるだろう。

 ナリンへ流れ込む大きな川沿いに進んで農地を抜け、アリシュ村に到着。

 さっそく村の人々に聞き込みをし、イヌワシ使いの情報を集める。真実かウソか判断しかねるような様々な情報が飛び交う中、アマンという名の男についての情報が集まってきた。アマンは村はずれに住んでいてイヌワシを飼育しているらしい。村人に彼の家の場所を聞いたおれは、すぐに向かうことにした。

 そして、アマンの家と思しき場所に行ってみたが、辺りは荒地で、ボウズイや倉庫のようなものはあったが民家はなく、この家だけがぽつんと建っていた。ドアをノックすると老人が出て来たので、アマンの事について尋ねる。

「こんにちは。この辺りにアマンという名前の男性が住んでいると聞いて来たんですが、何か知っていますか?」

「あぁ、アマンは私の息子だ。あっちの家に住んでいる。今はナリンで働いているだろうけど、夕方には帰ってくるはずだ」

 老人が指さした先にはボロボロの廃倉庫しかなかった。……ここが、アマンの住まいなんだろうか。

 


 夕方、老人がアマンの帰宅を教えてくれた。アマンはずんぐりしていて肉付きの良い、少し強面の男だった。ロシア語はあまり話せないようで口数は少なかったが、簡単な会話であれば問題なさそうだった。

「ワシ……見たいか?」

「ぜひ、見させて欲しい!」

 ならついて来い、とアマンは片手を後ろから前へ振り、荒地の方へ歩き出した。

 「アイマック」と名付けられたアマンのイヌワシは、ちょうど食事をしているところだった。夕陽に照らされた美しく大きな翼と知的で厳格そうな表情は、鳥類の王者とでも呼びたくなるような厳かな雰囲気を纏っていた。

 


 おれがしばらくアイマックに見とれている間に、アマンはキルギスで暮らす日本人の友人に電話をしていたようだ。アマンはおれに「伝えたいことがあるから、電話先の彼女から内容を聞いてくれ」と携帯電話を渡してきた。

「あ、もしもし、日本語でいいんですかね? おれは日本人のGoっていうんですが……」

 おれが日本語で切り出すと、その女性も日本語で返答をしてくれた。

「Go君ね、よろしく! アマンから言われた内容を伝えるね。『今日は夜ナリンで働かないといけないからあまり話せないけど、今晩は家に泊まっていいから、明日また話そう』って内容と、あといくつかあって……」

 そして彼女は、アマンがおれと文化交流をしたがっていることや、アマンがイヌワシを飼う理由などを教えてくれた。

 どうやらアマンは由緒あるカザフ族の末裔として飼育している訳ではなく、キルギスの伝統を守りたい一心でイヌワシによる狩猟をしているらしい。狩猟コンテストで賞を取ったこともあるらしいが、競技や賞金にはあまり興味がなく、伝統文化を広める目的でそのような公の場に出ているとのことだった。

「……伝言は以上! じゃあまた、機会があったら話しましょうね」

「あ、そういえば最後にお名前教えていただけないですか?」

「あぁ……、えぇっと……。秘密! じゃあね!」

 秘密ってなんだよ、とは正直思ったが、何か事情があるのだろうからこれ以上は詮索しないことにした。

 おれがアマンに携帯を渡して「理解した」とキルギス語で伝えると、アマンは頷き「来い、おれの家だ」と言って廃倉庫へ入って行った。

 やはり、この廃倉庫がアマンの家のようだ。

 おれは少し緊張しながらも中へ入り、アマンと共に、何もないだだっ広い部屋を2つほど抜け奥へと進んでいく。2つ目の部屋はアイマックの家だったようで、アマンが腕を上げて合図をすると、アイマックは太い止まり木の方へ飛んで行った。そしてその更に奥、3つ目の部屋がアマンの住まいだった。

 小さな扉を開けて中へ入ると、廃倉庫と思えないほどに生活感のある部屋が姿を現した。絨毯が敷かれた部屋の奥は一面ガラス張りになっていて、倉庫の裏手にある山が見渡せるようになっていた。そして部屋には暖房や湯沸かし器として利用できる電熱器が備えられており、お茶やインスタントラーメンを作るのに都合が良さそうだった。壁際にはトロフィーや賞状、そして友人たちとの写真が飾られている。

 
アマンの住居スペース


 寂れた廃倉庫にしか見えない建物の中にこんな部屋があるなんて、誰が想像するだろうか。これは間違いなく秘密基地だ、とおれは確信した。大人の趣味全開の、秘密基地だ。

 よし、この廃倉庫のことは今後「アマンの秘密基地」と呼ぶことにしよう。

 その後、アマンと一緒にインスタントラーメンを食べながら話をする。おれが栄養補給のためにラーメンに生卵を割り入れると、アマンは目を丸くし、しばらく考えてから「いいアイデアだな」と一言。やはり、熱湯で多少加熱されるとはいえ、生卵を食べるのはかなり珍しいようだった。

 食事後、アマンが腰を上げ、ナリンへ仕事に行く準備を始めた。

「悪い。仕事に行くから、今日はここに泊まっていってくれ。明日の夕方帰ってくるから、その時また話そう」

「ありがとう。ただ、明日の夕方から話すとなると、寝るところの問題があるな。おれと馬は日没後は身動き取れないから……。もし良ければ、明日もここに泊まらせてもらえないか?」

「あぁ、もちろんだ。何日でも泊まって行ってくれ」

「ありがとう!」

 話はまとまり、アマンは仕事へ出発した。残ったおれは、やることもないので日記だけ書いてからすぐに寝ることにした。

 

 そしてその次の日の夕方、事件は起こった。

 夕食の買い出しのために雑貨屋へ行き、秘密基地に帰ってきた時のことだ。

 アマンの父親が暮らす家から老女が出てきてこちらに走ってきた。アマンの母親だろうか。手には長さ1mほどのシャベルが握りしめられており、おれに接近するや否や老女はシャベルを振りかざして臨戦態勢に入った。

「今すぐ出ていけ!!」

 老女はそう叫び、地面に置いていたおれのリュックを思いきり蹴飛ばした。一眼レフカメラやPCも入っている大切なリュックだ。

「おい婆さん、何してるんだよ! おれが何をしたっていうんだ!」

 いきなりリュックを蹴られたことにかなり苛立ちながら、おれも臨戦態勢に入る。

「出ていけ! 今すぐに!!」

 老女はおれの質問には答えずに同じことを繰り返す。おれとしては老女が怒っている理由を知りたいところではあったが、シャベルを握る老女の手は怒りで震えていてこれ以上刺激をしたらすぐに殴ってきそうな雰囲気だった。

「落ち着いてくれ、出ていくから」

 おれはそう言い放つと、老女の集中が途切れた瞬間を狙って一気に距離を詰めシャベルを掴む。老女は驚いた様子でシャベルを押したり引いたりしていたが、びくともしなかったので諦めてシャベルから手を離し、一歩後ろに下がった。

 もう老女に攻撃手段はないだろう……と安心したのも束の間、老女は更に一歩下がって地面に落ちている金属片を拾い、おれに投げつけようと振りかぶる。本気でおれを傷付けるつもりのようだ。老女の顔にはおれに対する憎しみの感情が刻まれていた。

「待て待て! 分かったから! ほんとに出ていくから、安心してくれ!」

 シャベルを地面に置いてから両手を上げ、老女の動きを止める。

 この老女を無視し、アマンが帰って来るまで秘密基地に引きこもることは不可能ではなかったが、外にはセキルがいた。セキルに何らかの危害を加えられる可能性がある以上、ここに長居する訳にはいかない。すぐに出発すべきだろう。

「ふん、5分だけ待ってやるからさっさと出ていきな!」

 老女はそう言って、金属片を持つ手を下ろした。

 

 その後出発するまでの間、騒ぎを聞いて駆け付けたアマンの親戚に老女の怒りの理由を尋ねたが、要領を得ない返答ばかりだった。1人の男が「あんた日本人だから……」と少し引っかかる言い方をしていたのが気になった程度だろうか。老女は外国人が大嫌いなのか、あるいはこの土地で日本人が問題を起こしたか、のどちらかの可能性が高そうだ。

 そして、大急ぎで馬具をセキルに装着し、出発。時刻は17 :30。日没まであと少ししか時間がない。何とかナリンには辿り着けるだろうが、ウランおじさんの家はナリンの反対側の端にあるので、日没までに行くのは無理だろう。安全な寝床探しの為にも急がなければ。

 


 セキルに全力で走ってもらいつつ、ナリンを目指す。今日のセキルの食欲や尿の透明度から判断するに、かなり調子が良さそうだったので少しなら無理をしても大丈夫だろう。

 そして日没直前、ナリンに辿り着いた。結局この日は広い庭のある民家の方に交渉し、泊めてもらえることになった。

 夜、おれのスマホにアマンから謝罪のメッセージが届いた。

「母親が迷惑をかけてすまない。母親にはよく言って聞かせたから、もし良ければもう一度来て欲しいし、その時はぜひ一緒にトレッキングやドライブをやろう」

 ……おれもアマンとはまた会いたかったが、今はセキルを守らなければならないので戻る気にはなれなかった。

 予定では次の目的地はキルギス最大の湖イシククル湖だったので、そちらへ向かって北上することにした。このルート上にはセキルを購入したコチコルもあるので、クバンに会ってセキルのようすを報告することもできるだろう。

 

 そして翌日。ナリンを抜け、イシククル湖方面へ向かう。

 この日は舗装された安全な道が多かったので、セキルに指示を出して走ってもらうことが多かった。そういえば最近、セキルがようやくおれになついてくれたようだ。休憩中に近づいていくと、おれの方へやって来て「撫でてくれ」とばかりに頭を差し出してくるようになった。そんなセキルは震えるほどに愛らしいので、その時は全力で頭や首を撫でてやることにしている。おれの指示をしっかりと聞いてくれるようにもなったので、かなり安全に移動することができるようになっていた。

 夕方、道路わきに広がる草原にボウズイを見つけたので家主と交渉し、泊まらせてもらうことになった。

 やはり、しっかりした造りの家よりはこういった簡素な住居の方が落ち着く。一歩外に出れば草原なので、なんだか自然と一体になれている気がするし、風や空気も綺麗な気がして気持ちがいい。ボウズイで暮らしていた子どもたちと遊んだり話をしたりして、食事を頂いてから床に就く。ここ数日の中では最高にぐっすりと眠ることができた。

(写真、以上すべて©︎Gotaro Haruma)


 そしてその次の日。登り坂が多かったのでゆっくり進み、草原で昼休憩をとってからセキルに跨り出発した……その瞬間、おれは異変に気付き、セキルを止まらせる。

 セキルから伝わってくる振動が、いつもと微妙に違う!

 ほんの僅かに感じ取れる程度ではあったが、まるでセキルがブレーキをかけているような、あるいはいずれかの足をかばっているような、奇妙な揺れ方だった。

 急いでセキルから降り、歩かせてみて足の動きを観察する。……セキルは、左後ろ足を少しだけ引きずっていた。セキルの脇に座って触診をしてみたが、出血や大きな内出血、そして骨折などは無いようだった。あと可能性として考えられるのは、捻挫や筋肉痛、もしくは股関節周りの異常などだろうか。

 ……運動器疾患か。

 原因は何にせよ、完治するまでに日数を要する可能性が非常に高い。となれば、セキルをゆっくり休ませることができる場所が必要だ。この近辺で急いで探さなければならない。

 さて、困った……。

(第7回につづく)