連載第9回の冒頭で、カラスを表紙にした本はだいたい「怖いものの象徴」にカラスを勝手に使っている! と毒づいた。では、内容にカラスが登場する作品には、どういうものがあるだろう?

 

まず外せないのはエドガー・アラン・ポーの「The Raven」(邦題「鴉」あるいは「大鴉(おおがらす)」)だ。ある夜、1羽のワタリガラスが主人公のいる部屋の窓を叩く。窓を開けると入って来て「Nevermore」と鳴くのである。福永武彦の名訳では「最早ない」となっているが、それ以外に「またとなけめ」「またとない」などの訳もある。このカラス、とにかく「ネバーモア」しか言わない。主人公があれはあるか、これはあるか、答えてくれ! と問いかけても、無表情に「最早ない」と告げるだけである。

ポー自身によると、「喋る鳥ならオウムでもよかったのだが、カラスだと意外性がある」「黒くて不気味だから不吉な言葉を告げるのにちょうどいい」だったとか……カラスdisってんのかコラ。

生物としてのカラスと全く関係ないのはヒッチコックの映画「」だ。この映画は「身の回りの普通にいる鳥が突然襲ってきたら」という恐怖を描いているが、ちょっと待った。それはあくまで、フィクションである。身の回りの普通にいる人間が突然ゾンビになって襲って来たりしないのと同様、カラスやカモメは集団で人間を襲ったりはしない。全くの濡れ衣である。

カラスが一応の活躍をしたのは山田正紀の冒険小説『火神(アグニ)を盗め』だ。偏執的な警備体制で守られた原子力発電所に潜入する物語だが、第一に対処すべきは構内全域を監視する熱探知装置。これに対処するため、屋上で回転するセンサーに向かって飛ぶように訓練したカラスを使う。カラスはセンサーに向かって飛んでゆき、到達すると足につけたテルミット爆弾が作動、高熱でセンサーが飽和して無効化される。ただし、ここに描かれたカラスは割とアホ扱いである。失礼な、この程度ならカラスでなくても十分だ。いや、念のために申し添えるが、物語は無類に面白い。この後、主人公たちは感圧センサー、音響センサーをくぐり抜け、殺し屋と渡り合い、さらに緊急発進した戦闘機を追い返すためにレーダーを撹乱するなど、手に汗握る名作である。ただ、カラスを鳥アタマ扱いしたことだけが気に入らない。

カラスが「それらしく」活躍したのは『シートン探偵記』(柳広司)だ。アーネスト・シートンその人が探偵として活躍するのだが、ダイヤ盗難をめぐる事件にカラスが登場する。しかもシートンが『動物記』で描いたカラスの親分、「銀の星」本人の登場である。だいたい想像がつくと思うが、盗んだダイヤをカラスが隠してしまって……という趣向。ただ、残念ながら、本来のすみかを遠く離れた任意の場所にカラスがやって来ることはない。また、カラスが常に「光り物」を持ってゆくとも限らない。

稲見一良の生前最後の刊行作、『男は旗』にもカラスが登場する。船乗りの安楽さんの肩に止まっている、ニシコクマルガラスのチョックである。かのローレンツ博士が飼っていたカラスの子孫だという。ローレンツの『ソロモンの指環』のエピソードに忠実に、黒い布切れを手にした悪漢を攻撃するシーンもある。コクマルガラスは集団繁殖し、仲間の死骸を持っている相手、つまり捕食者を攻撃するからだ。それがカラスではなく黒い何かだったとしても、敵認定されれば同じである。

 

現実にカラスが犯罪に関わったこともある。石垣島から40キロほど離れたところに、波照間島という島がある。人の住む島としては日本最南端だ。いくつか集落があり、「泡波」という美味い泡盛の醸造所もある。大変のんびりしたところで、島の人もだいたいみんな顔見知りだから、犯罪なんぞまずない。

ところが、2004年に事件が起こった。観光客が商店の前に自転車を置いて買い物している間に荷物が荒らされ、財布が持ち去られたのである。

この「窃盗事件」で駐在さんが現場検証していたらカラスを発見。もしや? とカラスをパンでおびき寄せ、後を追跡して立ち回り先を捜索したら、カラスの止まった木の下に財布が落ちていたという。

もちろん、カラスは財布が欲しかったわけではない。以前から前カゴに入っている弁当やおやつを持ち去っていたのだろう。で、この時は財布を持ち去ってみたものの、食えそうもないので興味を失って捨てたのだ。

 

カラスをミステリーに使うには、重大な問題がある。犯罪の片棒を担がせるには、カラスはあまりにも気分屋かつ独立独歩で、不確定要素が多すぎるのだ。『ドーベルマン・ギャング』という映画では訓練したドーベルマンを犬笛で操り、銀行強盗に成功する(ただし、犯人は結局、金を手に入れられないが)。だが、カラスは絶対、そんなに従順ではない。自分の身を挺してまで人を襲うように躾ることはできない。務まるのはせいぜい運び屋だが、ダイヤを渡せば「食えねえじゃん」と捨てるだろうし、紙幣を見ればつつき回して破るであろう。また、うまそうな餌を見つければ仕事そっちのけで食べに行ってしまい、日が暮れるとその辺で勝手に寝てしまって、戻って来さえしないだろう。カラスはおおよそ、人の役に立ちそうもないのである。だがそこがいい。

ちなみにオランダでは、ゴミを拾ってきてゴミ箱に捨てると餌が出て来る、という仕掛けを使い、カラスを働かせて街を美化しようというアイディアがある。フランスのテーマパークでは先日から実行されている。なかなか面白いが、一つ予言しておく。カラスはゴミ以外のものだろうが何だろうが、かっぱらってでも持って来てはゴミ箱に放り込み、餌を得ようとするであろう。

というわけで、カラスに何かをさせるというのは、不確定要素が多すぎて今ひとつうまくないのである。

 

実はミステリー作家に協力を求められたことがある。ある時、英語のメールが届いた。スパムかと思って消しかけたのだが、タイトルには「Crow」という文字がある。なに、カラス?

読んでみると、ティム・シモンズというイギリスのミステリー作家で、シャーロック・ホームズのパスティーシュを書いているとのこと。質問の内容は「清朝末期、隔絶されたところにいる人の元に訓練したカラスを飛ばし、その人の肩にカラスを止まらせることはできるか」というものだった。

ふむ、それは面白い。しかもホームズ氏である。私は大喜びで「ハシブトガラスは中国ではそれほど多くはないが、捕まえることも飼いならすことも可能」「カラスは人の顔を識別できる」「鳥は紫外線が見えるので、紫外線を反射するような標識を使えば、人間には区別できなくても鳥にだけ見えるターゲットに向かって飛んでゆくようにすることもできるのではないか」と助言した。

このやりとりの後、1年あまりして、「出版された」という連絡が来た。読んでみたら、私の提案した「紫外線を目印にする」というアイディアがちゃんと採用されていた。

 

仮に私がカラス・ミステリーを執筆するならどうするか…… 例えば、カラスがやたらと集まって来るので、そこに遺体があると知るとか? いやいや、それでは今ひとつ地味だ。では、カラス研究者が観察中、カラスが食べているものに気づく。それは人間の指だった…… 怖い、それ怖い。もう少しカラスが役に立ちそうな方法はないのか。

そうだ、カラスが「証言した」という例ならローレンツが書いている。ある、飼育されていたカラスが行方不明になり、しばらくして戻ってきたことがあったという。何があったかは、カラス自身が語ってくれた。まさに地元の悪ガキの口調で「キツネ罠で獲ったんや!」という言葉を覚えてきたのである。おそらく、罠にかかって極度な興奮状態にある中で、聞こえた言葉を瞬時に覚えてしまったのだろう。カラスに限らないが、動物は恐怖や興奮にかられた状態で見聞きしたものを記憶することがある。次から同じ危険を避けるのには大変便利だろうが、言ってみればこれはトラウマ、恐怖体験のフラッシュバックだ。本人は辛いに違いない。

それはともかく、こういったセリフをカラスが覚えるということはありえなくはない。どこぞの公園にはヘボ将棋を見下ろしているうちに「待った」と言うようになったカラスがいたというし、運送会社に住み着いて「バックオーライ」を覚えたカラスもいたという。ならば、犯人が飼っていたカラスが脅迫電話の文言を覚えて、「ヒトリデカネヲモッテコイ」などと喋ってしまったとか…… いやそれ裏切りじゃん。またカラスのイメージが悪くなる。

もうちょっと生物学っぽく考えるなら、誰かを待ち伏せて同じ場所に立っている人物をカラスが覚えてしまう、ということはあり得る。例えば、容疑者が何人もいる中、一人がカラスに威嚇されたことに、探偵が気づいた。観察すると屋敷の裏口近くの木にカラスの巣があり、ちょうど巣立ち雛がいる。

「そういえばあの日、裏口あたりでカラスがひどく騒いでいましたわ」

「なるほど、犯人は裏口あたりで待ち伏せしていて、カラスの雛に近づいてしまったんですね。しかし犯行のためにその場を離れるわけにはいかなかった」

「なんだよ、じゃあ俺がカラスに威嚇されたから犯人だっていうのか?」

「その通り、カラスは君の顔を覚えていたんだよ! つまり事件の目撃者は、あのカラスだ!」

うん、これならなんとかなる、かもしれない。しかし、そうは言っても、相手はカラスである。

「ちょっと待てよ! カラスに威嚇されたのは俺だけじゃないぜ! 兄さんだって頭を蹴られてたじゃないか!」

「い、いや、それは俺が去年もカラスを怒らせたからで……」

「それに運転手の前島だって、いつもカラスが威嚇してくるって言ってたろ!」

「いや坊ちゃん、それはその、私が庭を掃除している時にカラスの隠した餌も捨ててしまったので」

「そういえば郵便屋さんが帽子を被っているとカラスが怒るって言ってましたわ」

「制帽のせいで前島と間違われてるんだよ! なんだよ、みんな威嚇されてる上に、帽子さえ被ってれば誰でも疑えるじゃないか!」

「……それもそうですな」

くらいのグダグダな展開になるであろう。

カラス・ミステリー作家への道は遠い。

物色中

次回につづく