『世界屠畜紀行』(2007年解放出版社、2011年KADOKAWA文庫)以降、文化における動物のありようについて独特のしかたで肉薄してきた内澤旬子さんが、牛、羊、豚(『飼い喰い』岩波書店)につづいて取り上げたのは「馬」。それまで馬と触れ合った体験はなく、関心があったわけでもないとのこと。自分自身をさえ、なにか「生き物」の一種として観察し、記述してきた著者ですが、それにしても意表を突く選択でした。いったい何が、内澤さんの心を動かしたのでしょう。

 有史以来、ヒトは野生動物を馴化させ、荷運び、農耕、戦争など、幅広い労役に使用してきました。なかでも馬は、人間と直接触れ合う乗馬や競馬などの用途に特化されていき、ほかの大型家畜とは異なった「愛玩動物」的な側面ももつ特別な存在です。また競馬においては、血統に何千万、何億という金銭的価値が付くことも。
 連載を始めるときに内澤さんが馬に関心をもったエピソードを二つ、明かしてくださいました。
 ひとつは三重・多度大社の「上げ馬神事」。男子の成人する通過儀礼として、急坂を馬で駆け上がり、あわせてその年の農作物の豊作を占うという古式ゆかしい神事です。それが現在も行われて全国的な人気を博す一方で、動物虐待という抗議を受けているというニュースが報道されました。もうひとつは、北海道に野生の馬の棲む無人島があり、群れを維持するだけの経済的支援ができないために絶滅の危機にある、という報道です。
 いずれも、ふだん生活していて見えてこない馬の存在、そしてそこには人間の社会を映し出すゆえの関係性の複雑さがあるように思えます。

 内澤さんは、連載一回目でこんなふうに記しています。
「馬だって、文字通り飼えばかわいく賢く、食べればおいしい生き物なのであるが、その振れ幅は豚とは比べ物にならない程、大きい。(中略) 
 騎乗されたり、熱愛されたり、食べられたり、きっともっとたくさんあるだろう。この連載では、さまざまな形で馬とかかわる人たちを訪ねることで、馬が現在私たちにとって、どういう家畜動物であるのかを見て、考えていきたい。
 ついでに馬という動物が、どんな生き物で何を怖がり、好み、そして何が多くの人々を魅了してやまないのかも、知ることができたらと目論んでいる。」
 こうして、全8回の連載がスタートしました。以下は各回のタイトルです。

1 神馬とともに駆け上がれ   
2「生きる力」を馬にもらう  
3 馬を美味しく育てる  
4 ヒト、馬に乗る   
5 競走馬の世界 その一(G1レースと、サラブレッドの生産育成牧場) 
6 競走馬の世界 その二(オークションと、調教)
7 地方競馬に行こう! 
8 野生性保護という関わり方

 内澤さんは日本の各地に足を運び、滞在し、時には落馬したりして、体当たりで取材を重ねました。春号では、北海道のユルリ島に渡ることは規制がかかっていてかないませんでしたが、以前から調査記録してきた写真家の岡田敦さんにお話をうかがい、お写真を掲載させていただきました。内澤さんは宮崎の都井岬で、野生の馬をたずねました。
 既成概念をうちやぶる興味ぶかいルポルタージュの最終回を、ぜひ本号でお読みください。この連載は、いずれ単行本にまとまる予定です。どうぞお楽しみに。