目を覚ましたら、窓の中に見知らぬミラノがあった。広場に置かれた巨大なクリスマスツリーは、12月から一日中テクノなイルミネーションを灯している。エンドレスにメッセージが流れている。昼間はそれに足を留める人もない。年末年始の喧騒が過ぎた早朝、濃霧が下り、そこへ広場のメッセージが照射されている。ミラノのオーロラ。

 

 夜が明けないうちに、高速道路を走る。誰もいない四車線。遠くにあった黒い山影が次第に濃い緑へと変わり、尾根の線が重なるのが見え始め、朝が来た。
 年初に行く先の当てもなく走るのは、これから始まる一年に会いに行くようでわくわくする。暗い空が次第に白々としてくるように、前へ進めば明るいことが待っているかしら。あるいは、走っても走ってもなかなかこれ、と思うところに辿り着かないかもしれない。
 進み疲れたら、停まる。
 イタリアの高速道路の休憩所は、こちらでもなければあちらでもない、という異次元の気配でいっぱいだ。そういう不思議な空間に一旦停止するために、高速道路を走っている気がする。
 祝祭日、休憩所の駐車場には遠距離トラックが立錐の余地なく停まっている。高速道路の走行が禁じられているので、日付が変わると最寄りの休憩所に入り祝祭日が過ぎるのを待つのである。
 国境を越えて行く運転手達は、どのカーブをどういう速度で走ればどこで日付が変わるのか熟知している。積荷が生鮮食品だと、一部、規則は猶予されるようなことも聞いた。駐車しているトラックのナンバープレートを見ながら、世の中の来し方行く末を思う。たいていが外国籍で、車体には堂々と社名や商品名がペイントされ、駐車場だけで架空の欧州巡りができそうだ。

 


 もう二十年以上も前、イタリアとフランスの国境近くの港町に住んでいたことがあった。フランスのニース空港とイタリアのジェノヴァ空港の中間にありヘリコプターも使えるので、事件カメラマン達が押さえた現場写真をすぐに受け取り出荷できたからだった。当時はインターネットは出来たばかりで遅く、デジタル写真はまだなかった。ポジフィルムを抱えて、カメラマン達と高速道路の休憩所で待ち合わせることもしばしばあった。
 往来の直線の途中にある点のような場所で、遠距離へ行く運転手達の中、奥のテーブルでヒソヒソと撮れたての写真の値付けをしたり編集部に電話したりした。
 高速道路を走っていると突然、霧が立ち上ることがある。白いベールが下りた中を走っていると、そういう遠いやりとりが目の前に現れる。
 休憩所でカメラマンの<積荷>は、週刊誌の編集部の締め切りに合わせて受け取っていたので、たいていが週末にかかった。停まる休憩所も時間もほぼ決まっていたため、高速道路上だけの顔見知りが出来た。
 カメラマンが来るのを待つ間、休憩所のバールでコーヒーを飲んでいたら、<Bacio(キス)>というイタリアの銘菓のひと口チョコの箱がカウンターの端からすっと滑ってきたことがあった。
 <これ、私に?>
 端でコーヒーを飲んでいるのは、ポルトガルからのトラックの運転手だ。海産物を積んでいる。往路は満杯で大急ぎだが、帰路は足の遅いものを積んでゆとりがある。
 「行きにも見かけ、帰る今日もここで会いました。僕ら高速道路族の交通安全の守り札代わりに、どうぞ」
 私がポルトガル人運転手へ、と手を伸ばして平台から取ったのは、写真だけで組んだ大判の<イタリアのおばあちゃんのレシピ集>。休憩所の一角には、あらゆる種類の本を積んだ平台もある。高速道路の住人だけを相手にした、時空を超えた不思議な本揃えである。