特集のなかに、ひとの生命に直接はたらきかける食の象徴であるような作品、あるいは人物がいてほしいと編集部では考えました。水上勉『土を喰う日々』か、辰巳浜子『料理歳時記』か……、ついに石牟礼さんのお名前があがり、皆が膝を叩いたのはいうまでもありません。
 石牟礼道子『食べごしらえ おままごと』(ドメス出版)は、いのちと食の営みを写し取った随筆で、1994年の刊行以来、長くこの分野の金字塔でありつづけました。2012年には40点もの見事な料理の口絵写真もそのままに中公文庫におさまり、あらたな読者を獲得しています。

『苦海浄土 わが水俣病』の初出誌『熊本風土記』を主宰した渡辺京二さんは、半世紀を経た現在もかわらず、編集者、水俣病闘争の片腕として、また食事づくりなど生活の相棒として手厚く支援しています。氏を通じて石牟礼さんの近況をうかがい、インタビューを受けてくださることとなりました。聞き手・執筆は名手、平松洋子さんです。
「ようこそ、よくいらっしゃいました」初夏のある日、大きな窓にデスクと書棚をそなえた心地よい居室に迎えられて、石牟礼さんと平松さんの対話はゆっくりと始まりました。
 若い日の田畑の仕事、幼い日々に見た渚の光景、耳にした生きものの気配、稲の熟れる匂い、父母がくりかえし言っていた言葉……土地に根ざし、四季の移り変わりに寄り添う食の恵みと、父母の手作りの品々の豊かな記憶――うかがっていると、戦前よりもっと昔、生まれる前の魂の源流へと遡って行くような思いにさらわれました。『食べごしらえ おままごと』は石牟礼さんを通して日本人誰もが受け継いできたものを描き出したからこそ、比類ない名著となったのだと思います。

『苦海浄土』もまた座右の書として愛する平松さんは、書中、水俣病に倒れた少年の家族の語る次のくだりなど「一字一句の輝きに、私は百回千回読んでも圧倒される」と記します。

 あねさん、魚は天のくれらすもんでござす。天のくれらすもんを、ただで、わが要ると思うしことって、その日を暮らす。/これより上の栄華のどこにゆけばあろうかい。
 (中略)
 かかさまよい、こうしてみれば空ちゅうもんは、つくづく広かもんじゃある。/空は唐天竺までにも広がっとるげな。この舟も流されるままにゆけば、南洋までも、ルソンまでも、流されてゆくげなが、唐じゃろと天竺じゃろと流れてゆけばよい。/いまは我が舟一艘の上だけが、極楽世界じゃのい。

 この「人間と自然界との純粋無垢な交わり」と、それを崩壊させた水俣病を描く書もまた、「祖先代々から受け継いできた食べものの意味と価値を明示する一冊である」と平松さんは書いています。

 はじめに許されていた1時間半をこえて、対話はなごやかに続きました。毎日の食事は施設によって用意されており、コンロすらない石牟礼道子さんの居室です。でも、ちいさな炊飯器と電子レンジをたくみに活用した炊き込みごはんや煮物など、石牟礼さんは親しい人を心づくしの手料理でもてなしていらっしゃるそうです。
 いまもかわりなく豊饒な石牟礼道子さんの世界を、本誌でぜひお確かめください。