メリーランド大学附属英語学校をなんとか卒業した僕は、心理学研究科の修士の学生としてボブの研究室で研究を始めた。研究室がある動物学心理学棟の4Fには、北側に動物学、南側に心理学の研究室が設置されていた。この階には窓がない。理由は「動物が逃げないように、大学院生が飛び降りないように」ということだった。卒業論文でカナリアが長調と短調を聞き分けることを示していた僕は、まずカナリアの聴覚曲線を得るための研究を始めることにした。聴覚曲線とは、横軸に周波数(音の高さ)、縦軸に聞こえるのに必要な音圧(音の強さ)を示したグラフのことである。鳥類の聴覚の基礎研究には絶対に必要なデータであり、本来は、長調と短調の聞き分け実験をする前に得ておくべきものであった。
 動物学の教授でシュライト先生という方がいた。この方は、行動学で1973年のノーベル医学生理学賞を受賞したローレンツの弟子だということで、かなり恵まれた実験環境を有していた。シュライト先生はしばらく前に七面鳥の鳴き声と聴覚を調べる実験のため、研究者が入って七面鳥の行動を観察できる防音室を作った。が、その後使っていないということで、それを僕が使わせてもらえることになった。その防音室は六畳間ほどの広さで、くさび形のグラスファイバーの防音材で囲まれていた。これはすごい。僕はこの防音室の中で居眠りをしたことが何度かあるが、耳の血管を流れる音がざわざわと聞こえて、悪夢を見た。僕はこの中にオペラント条件づけの実験装置を組み込み、それを自動で制御するプログラムを書いた。このように、異国でひとり研究を始めたわけだが、同僚には恵まれた。セキセイインコの鳴き声発達を調べていた修士2年のシンディ、セキセイインコの鳴き声知覚を調べていた修士2年のトム、そしてトムの実験を手伝っていた動物学の学部生キャロリン。みんな親切であったが、彼らが何を言っているのか、最初の半年くらいはさっぱりわからなかった。しかし、恋は言葉を学ばせるのである。キャロリンはマレーシアからの留学生で、黄色人種であり、中国系である。まわりがほとんど白人である環境で、かわいらしい黄色人種に出会えて、僕はほとんどそれだけで恋に落ちた。
 キャロリンと会話するという目的ができると、英語学校で身についたスペイン風英語は、速やかに中国風英語に変化していった。2,3ヶ月で僕とキャロリンはずいぶん仲良くなった。ある日キャロリンは僕の防音室に来て、「今日、実験が終わったら映画に行かないか」と誘う。行かないはずがない。それがどのような映画であれ、僕は行くことになっていた。実験はすぐに終わったことにして、午後6時ころ僕とキャロリンは研究室を出た。行き先は大学内の他の建物であった。学生の集まりで教室を借りたようだ。その教室には、アジア人ばかりが集まっていた。何事かよく理解しないうち、映画は始まってしまった。キャロリンは僕の隣にいてくれた。
 映画は、突拍子もないものだった。世界はいかに悪魔の誘いに満ちているか、そして悪魔の誘いを断るため、神を信じることがいかに大切か、が描かれていた。ビートルズのレコードを逆回転させると悪魔のささやきが聞こえるというような話が満載の、実に困った映画であった。LPレコードであれば、逆回転すれば何らかの音声が聞こえ、人によってはそれが悪魔のささやきに聞こえることもあろう。しかし僕にはその話は到底受け入れられるものではなかった。そして隣にいるキャロリンがその映画を真剣に見ていることを、僕は心から残念に思った。それでも愚かな僕は、映画が終わってからどのような展開に持って行くかを画策していたのである。結局僕は悪魔のささやきに弱いのだ。
 しかしながら、映画が終わるとパーティーが始まってしまった。それは要するに、ある種の新興宗教の、在米アジア人学生を対象とした集まりであった。キャロリンはその場で、ある韓国人学生を僕に紹介した。「彼はジョーという名前なの。私のボーイフレンドで、この会の代表なの」と彼女は言う。何がジョーだ、ちゃんと本名を言えよ、とキャロリンに対しては一度も抱いたことのない批判が僕の中で渦巻く。これも悪魔のささやきだったのだろう。英語においてボーイフレンドとはすでに性行為を含む関係に進展した男友達を指す。フレンドとボーイフレンドの違いは非常に厳密で、要するに寝た翌日からボーイフレンドになるのだ。ジョーは彼女のボーイフレンドであり、僕は彼女のフレンドであった。
 礼儀正しい僕は、その後小一時間ほどパーティーに付き合い、そして実験プログラムを直さなきゃいけないから、と言ってその場を辞した。明らかに不自然であるが、そのくらいの意思表示は必要である。キャロリンとジョーは、ジョーの自宅で催されるという二次会にも誘ってくれたが、断るしかないであろう。僕はもちろん、その集まりの宗教性が受け入れがたいものであったからその場を辞したのであり、キャロリンにボーイフレンドがいたのが理由ではない、などと負け惜しみを言っても滑稽なだけである。こうして異国での初めての恋はあっけなく終わり、キャロリンと僕はフレンドであり続けるのであった。