昔々、染物屋のフクロウのところにカラスがやって来ました。カラスはああでもない、こうでもないといろんな注文をし、そのたびに色を塗り重ねたので、最後には真っ黒になってしまいました。カラスは今もフクロウを恨んでいます。

……という昔話が本当かどうかは知らないが、カラスが全力でフクロウを嫌っているのは事実である。

どれくらい嫌っているかというと、もうフクロウの形をしたもの、フクロウっぽい声で鳴くものは全て敵だ。もし姿が見えれば寄ってたかって袋叩きにする。実際、カラスにボコボコにされたフクロウが保護されることもあるくらいだ。某ネットショップの取り扱い商品にフクロウの模型があり、「カラス避けに!」と謳われていたのだが、購入者による商品レビューの中には「カラスがよけいに寄って来て困る」というのがあって笑ってしまった。

カラスがこれほどフクロウを嫌うのは、大型のフクロウがカラスにとって恐るべき天敵だからだ。

カラスを含め、昼間に活動する鳥類であっても、人間に「鳥目」呼ばわりされるほど夜目が効かないわけではない。だが、夜行性のフクロウを相手にできるほどの能力はない。闇の中から襲って来るフクロウは、カラスにとってさえ、対処できない強敵なのである。

とはいえ、カラスを捕食できるほど大型の種というと、日本ではフクロウくらいである。ここで言う「フクロウ」はフクロウ科の中のフクロウという種、「ホーホー、ゴロスケホッホ」と鳴く、カラスくらいの大きさの鳥を指している。さらに大きいワシミミズクも強敵だが、これは日本には滅多にいない。にも関わらず、ハトほどの大きさしかないアオバズクや、もっと小さなコノハズクさえ嫌っているところを見ると、「大きさに関係なくフクロウっぽい奴は敵認定」なのだろう。

 

フクロウは妙な外見の鳥である。まず、顔が平たくて両目が前を向いているところが鳥らしくない。むしろ人間やネコの顔に似ている。ちなみに骨にしてしまえば多少は鳥っぽくなる。変な顔なのは、羽毛が平らな顔面を作っているからである。

フクロウの顔が平たい理由は二つある。一つは、両眼視できる範囲を広げて、正確に距離を測るためだ。一般に鳥の目は斜め前を向いているので、その視野は極めて広く、真後ろ以外は見えている。だが両眼視できるのは真正面の非常に狭い範囲だけである。フクロウの場合、視野そのものは180度程度と鳥にしては狭いが、両眼視できる範囲が70〜80度くらいあり、鳥類の中では抜群に広い。

もう一つは、平たい顔面で音を受け止め、耳に伝えるためのパラボラアンテナとしての機能である。フクロウは夜行性だけあって夜間視力が優れているが、それでも真っ暗闇では何も見えない。しかし、鋭敏な聴覚を使えば、暗闇でも獲物の方角を突き止めて狩りができるという。聴覚だけでは距離が判定できないはずだが、地面の様子くらいはぼんやりと見えているか、あるいは記憶に頼っているのだろう。

この能力と引き換えに、フクロウは側方から後方が全く見えない。それを補うために、顔をクルンと回すことがある。背中を向けて止まっているフクロウが突然、顔だけこっちを向いて、またヒョイと後ろ向きに戻ると、ちょっとびっくりする。前を向いたまま円を描くように顔を動かすこともある。EXILEか君は。

こういうことができるのは、フクロウの首が外見からは想像できないほど長いからだ。というか、鳥はみんな、首が長いのである。普段はS字型に曲げていて、しかも上から羽毛が被さっているのでわからないだけだ。フクロウでなくても大概の鳥は頭をかなり後ろに向けることができるのだが(カモもハトも、寒い時は頭を後ろに向け、嘴を背中の羽毛に突っ込んで寝ている)、フクロウがやると、なんだか人間が首だけグリンと回したみたいで印象に残る。

首だけ真後ろを向くというと映画の悪魔憑きみたいだが、人間のイメージの中のフクロウはどちらかというと、賢者であった。例えば、古代ギリシャではアテナの、古代ローマではミネルヴァの象徴であり、どちらの女神も人に知恵を授けるとされている。妙に人間臭い顔で、半ば目を閉じてじっとしている姿が利口そうに見えるからだろう。ただし、本当に知能が高いのかどうかはよくわかっていない。鳥は全般に、かつて思われていたより高い知的能力を持っているようなのだが、きちんと調べようと思うとなかなか大変なのである。

 

さて、フクロウの仲間の名前は「〜フクロウ」と「〜ズクあるいは〜ミミズク」の2パターンがある。原則をいえば、頭が丸いのがフクロウ、「耳」がピョコンと飛び出しているのがミミズクだ。だが、あれは耳角(もしくは耳羽)といって羽が伸びているだけで、耳ではない。耳は他の鳥と同じく、目の後ろにある。しかも、ミミズクの仲間は単系統ではなく、フクロウ科の中のいろいろな属に散らばっている。耳があったりなかったりするのは、分類の上ではそんなに大きな意味があるわけではなさそうである。第一、シマフクロウはフクロウと付くのに耳角があるし、アオバズクはズクと付いても耳角がない。名付け方もわりと適当である。

ただし、耳角は、彼ら自身にとってはちゃんと意味があるかもしれない。というのは、ちょっと面白い経験をしたことがあるからだ。

とある飼育施設を訪れた時のことだ。ここでは様々な鳥が放し飼いされていて、さらにケージ内にはフクロウ類もたくさんいた。私は放し飼いエリアで鳥の羽を拾い、最初はポケットに入れていたのだが、シャツにこすれて傷みそうなので手に持って歩いていた。だが、それも写真を撮るのに邪魔になるので、髪に突き刺した。私の髪は硬くてボサボサなので、何でもよく刺さる。学生時代は頭にペンを突き刺して調査していたこともある。

さて、フクロウエリアに入って、「カラフトフクロウの顔ってヘンだよなー」などと思いながら歩いていると、それまで眠そうにしていたワシミミズクが急に目を開けてこっちを見たのに気づいた。しかも首を巡らせて、移動する私をずっと視野に入れている。はて、なんでこいつだけ? フクロウもカラフトフクロウもメンフクロウも、かったるそうに止まり木に止まってるだけだったぞ?

そこでハッと気づいた。この、頭に刺した羽のせいか? 大型で耳角のあるこいつだけがしきりに気にしているのは、この羽のせいで私が仲間みたいに見えるからか? よし、実験だ!

私は急いで放し飼いエリアに出ると、羽をもう1枚拾った。そして、まずは羽を1枚もつけない状態で、ワシミミズクの前に立った。ワシミミズクは眠そうにこっちを見ているだけだ。そこで物陰に入って羽を2枚頭に刺し、もう一度ケージの前に立った。

途端、ワシミミズクが目を見開いた。そして、私の顔をまじまじと見た。ちょっと移動してみせると、目を真ん丸にしたまま、首を回してジーッとこちらを見る。離れようとすると、首を伸ばしてまだ見ている。

そこで一度部屋を出て羽を外し、また戻った。今度は、ワシミミズクはさっきのような反応を示さなかった。

ということで、ごく簡単な「実験のようなもの」をしただけであるが、頭にツノがあるのは仲間のサインであり、彼らにとって非常に気になるのだろう、と思っている。

 

フクロウは耳のいい鳥だが、同時に、物音を立てない鳥でもある。暗闇で獲物の音を聞いて狩りをすることがあるゆえに、自分自身が音を立てると邪魔になる。また、獲物にも気づかれてしまう。フクロウは完全に気配を消して獲物に襲いかかる、ステルス戦闘機でもあるのだ。

実際、フクロウが飛ぶのを間近に見ると、なんだか不思議である。

かなり近い距離でフクロウが飛ぶのを何度か見たが、彼らは妙に飛び始めのモーションが大きい。そのくせ、そういった大きな羽ばたきなら聞こえそうな、バサバサいう羽音が一切なかった。何の音もしないので、余計に奇妙に見えるのである。むしろ、「あの大きさで、ジタバタしながら飛んでて、なんの音もしない→じゃあフクロウか?」と思ったくらいだ。ちなみにカラスが近くを飛んだ時は、バサバサはいわないが「ヒュンヒュンヒュン」という翼端が風を切る音がよく聞こえる。無音ということはあり得ない。

彼らが音もなく飛べるのには理由がある。フクロウ類の羽毛の表面には柔らかな毛が密生している。また、翼の前縁にある風切羽のエッジが、ノコギリのようにギザギザになっている。これが音を消すための特殊構造である。特に、羽毛の前縁にある凹凸が細かな渦流を作り出し、これによって、気流が大きく乱れるのを防いでいると考えられている。

この構造はヴォーテックス・ジェネレーターといって新幹線のパンタグラフにも取り入れられている。パンタグラフの後方で空気の流れが大きく乱れるとそのたびに気圧が変動し、「ババババッ」という騒音を立てるからだ。航空機やレーシングカーの空力対策にも使われる方法だが、新幹線については設計者が鳥好きな人で、フクロウをヒントに思いついたという。

勤務している博物館にあるフクロウ科の標本を片っ端からルーペで見てみると、アオバズクもコノハズクもコミミズクもトラフズクも、大きさや形の差はあるが、鋸状のギザギザが見られた。だが、1種だけ、羽毛の構造が違うように見えたのはシマフクロウである。

標本が古くて傷んでしまっているだけかもしれないが、標本を見た限り、シマフクロウの羽にはギザギザがない。一方、体の大きさの似通ったワシミミズクには、ノコギリどころか櫛状になった立派な凹凸がある。これはなぜだ。

ワシミミズクは地上で鳥類や哺乳類を捕食するが、シマフクロウの主食は魚で、浅瀬に飛び込んで水中の魚を捉える。となると、ワシミミズクは音を消す意味があるが、シマフクロウは飛翔音を消してもあまり意味がなさそうだ。今のところ標本を一体ずつ見ただけで、こんなものは調べたうちに入らないが、餌の種類と消音機能の有無には、関連があるのだろう。

 

ではカラスは? カラスの羽はこんな特殊な構造ではなく、まるっきり普通の羽である。だが、博物館での私の仕事には非常に役に立っている。それは、標本のメンテナンス用の掃除道具として、である。

鳥の剥製を置いておくと埃が溜まってくるが、ブロワーで吹いたり掃除機で吸ったりすると羽毛を傷めてしまう。そこで、羽の流れにそって羽箒でそっと撫でて埃を払う。この箒は何も、漫画家が消しゴムのカスを払うような立派な羽箒でなくてもよい。カラスの羽1本で十分なのである。

ということで、カラスの羽を拾ってはストックしておき、洗浄してから標本の手入れに使っている。

寒中お見舞い申し上げます。

次回につづく