イタリアでスポーツを始めるのなら、今だ。

 どれだけ飲み食いできるか、という限界に挑戦するかのような食卓を囲む年末年始を経て、大寒がやってくる。
 「食べて寒さを乗り越えなければ」
 肉なら豚、魚ならアンコウ。野菜なら、芋かカボチャ、「豆もいいわよ」。チーズはなるべく多くの種類を混ぜて、溶かして。そこへフランス風に生クリームを加え米やパスタと和えてオーブンで焼けば、身体の芯から温まる一品の出来上がり。ワインは白から始めて、濃厚な赤を二、三種類で締め括る。

 
 

「コーヒーの苦い後味を和らげるために、チョコレートケーキかカスタードクリームたっぷりのシューをどうぞ」。そういう菓子のことを、<コーヒー殺し>と呼ぶ(本当に)。発酵させた小麦粉の生地を薄く伸ばして羊乳チーズを包み込み、オリーブオイルでからりと揚げたてのところに苦味のある蜂蜜をたっぷりかけるのも、また福々しい。

 

 そういう毎日を続けて二ヶ月。町中のあちこちに、<思い立った今がチャンス! 新規メンバー受付中。入会金、今なら無料。夏までに別人に>といった宣伝ポスターが現れる。
 マフラーに帽子、ダウンコートを着ているうちは、まだだいじょうぶ。分厚くてゆったりしたコートに包まれて、体型などどこ吹く風だ。ところが商店のショーウインドーは、ひと足先に春夏になる。流行色は、膨張して見える薄い色揃い。素材はハイテクで、マネキンのボディにピタリと吸い付いている。
 スポーツ洋品店は、ショーウインドーの最前列にランニングシューズの最新モデルを勢揃いさせている。もちろん計測用の時計も靴とウエアに色を揃えて、選り取り見取りだ。
 ふと隣の寝具店に目をやると、<スポーツで気持ちのよい汗を流した後は、シャワーで極上の気分を!> スポーツジム通いに便利な、嵩張らない薄手のバスローブがビーチサンダルと組んで全色並べてあり、冬空に虹がかかったようだ。
 荒物店を覗くと、<パスタの代わりにスライスした野菜で引き締めましょう>と、スライサーや蒸し器が()り出している。
 書店も負けていない。ついこの間まではクリスマスや大晦日のご馳走レシピ集だったのに、今ではカロリーブックやダイエット料理本が目白押しである。ヨガの図解説集もある。
 向かい側の薬局は、<飲んだら血圧が下がる><脂肪が溶ける><胃もたれにはこれ><プロテインダイエット>のコーナーが、風邪薬と売り場を交換して店中央のアイランド上で売られている。
 24時間いつでも利用できるジムも多い。マシンで一人、ひたすら筋肉運動をするタイプだ。ジムの窓の外には、雪模様の夜空が広がっている。夏空までに、過剰なkgは去るのだろうか。 

 「どうせスポーツするなら、これでしょ」
 近所の中学生に誘われて、カポエイラを見学に行った。郊外へ抜ける道沿いの集合住宅の一階に入ると、そこはブラジルだった。
 かつてブラジルに連れてこられた奴隷達は、チャンスを窺って謀反を起こせるように、あるいは自分の身を守るために、密かに身体を鍛えて練習していた。訓練であることを隠すために、舞踊の(てい)を取っている。単なる踊りではなく、音楽に合わせて格闘技の型を舞うのである。数人が輪になり、向かう相手には決して触れずにぎりぎり手前で蹴りや突きの動きを止めて、格闘の決め技をかけながら踊る。音楽は、輪になった人たちがココナッツの実をくり抜いて弦を張ったものを指で弾いて鳴らし、ポルトガル語で民族音楽を歌う。長細い太鼓を打つ者もいる。バトンの長さに切った竹を両手で叩き合わせ、乾いた音が響く。
 イタリアの町中で、原始的な音と静かな蹴りと突きが寒気を切る。素足で、上下白装束と決まっている。皆、汗だくだくだ。
 おずおずと訊く。夏までに間に合いますか?
 「カポエイラは、そういう邪心を振り払うための訓練です」