日が出て間もなく外に出た。立春を経て、明るくなるのが少しずつ早くなる。それでも気温はまだ零下。路面が白く凍っている。
 人気のない運河沿いに歩く。沈んだ灰色をしていた運河に薄い日が差し込み、水面がチラチラと光る。鼻までマフラーを引き上げて帽子を目深に被り、岸辺に立つ。集まって浮かんでいた水鳥が、四羽五羽、飛んでいく。後を追うように風が立ったかと思う間もなく、水面が白くけぶる。
 毛嵐。
 ミラノで初めて目にした幻想的な光景を、もっと北の町に住む友人に送った。 
 「今しか見られない色があるから」
 誘われて、イタリアの北端の海を見に行くことにした。

©UNO Associates Inc.

 

 アルプス山脈を越えるときに湿気を雪に変えて落とし、カラカラに乾いた突風になって山からその北の国境の町を通り抜け、海へと吹き抜ける。耳を手でしっかりと覆っていないと、寒風に切り取られてしまいそうだ。かつてヴェネツィアの海運業で富を成した者達や貴族達は、国境の海に散らばる島や海沿いの土地を買い上げた。北の海に宝石が散らばるような栄華な時代があった。
 戦後、一夜にして情勢は激変し、宝石は粉々になって海へ陸へと散逸した。冬の色を見にこないか、と誘ったのはそういう名家の成れの果て的な後裔である。
 国境に至るまでの一帯にこの時期だけの景色がある、とさらに勧められ、ヴェネツィアから大陸側の海沿いを鉄道で北上することにした。

 

 ヴェネツィア本島から水上バスでいくつかの離島を縫うようにして周り、ナイフのような風の中の景色を見る。干潟が広がる内海の塩分は少なく、水底は数世紀に亘る堆積物でぬかるんで浅い。干潟に吹き込んだ冷気が海から上る湿気と相俟って、雪には変わらずごく細かな氷の粒になり空を舞う。そこに冬の浅い日が通り抜け、海面へ当たって跳ね返り、薄いベールとなって空を映し出す。青色が何層にも重なってたなびく。水平線の向こうには、いつの間にかアルプス山脈が尾根を並べている。

 
 


 列車は横殴りの突風をまともに受けて、やや斜めに車体を傾けながら走る。イタリア北端の駅に着き、海が現れる。山下ろしの風をまともに受けて、青黒い波がうねっている。波頭が跳ねるウサギのようだ。
 顔面を少しも出していられず、ガラス張りの食堂に入って暖を取る。
 風の向きが変わり、陸へ吹き抜けていくと春が来る。

thanks to V.Vianello