今帰仁村の丘から眺めた海と、桜


 国道を絶えず、巨大なダンプカーが行きかっていた。海からは金属や岩がぶつかるような音が陸地まで響く。「まるで外国の海みたいね。このフロートとか、おっきな船の群れとかがいなければ沖縄の海だけど」。土砂に埋まっていく辺野古の海を高台から見下ろしながら、案内して下さった方がもどかしそうに語った。
 沖縄では2月24日に辺野古米軍新基地建設の賛否を問う県民投票を控えている。私が訪れる直前、海外の有名アーティストが県内の基地で無料ライブを行っていたらしい。今回は基地そのものの是非を問う投票ではないにせよ、出会った20代の若者たちは「そういういいこともあるから迷うよね」と漏らしていた。「ずっと日常の中にあると、感覚がマヒしてくる」とも。若者に限らず、今の70代より下の世代は皆、生まれたときから基地と共に生きている。
 一方、全県でこの県民投票を実施しようと、ハンガーストライキを行った若者や、音楽イベントを通して気運を高めようと奔走する人々もいる。けれどもそのハンストを「テロ行為」などと誹謗中傷する言葉がネット上で散見された。「民主主義にそぐわない」と言い放つ大人がいた。あまりに視野の狭い言葉たちだと言わざるを得ない。そもそも問わなければならないのは、それしか手段がないという状況に追い込みかねない政治の在り方ではないだろうか。
 海を見下ろす丘の上では、温かな風が頬をなでる穏やかな気候の中で、早くも桜が咲き始めていた。愛おしそうにそれを見つめながら、一緒にこの地を巡って下さった方がこうつぶやいた。「基地があるより、花が咲いている方がいいね」。

田んぼには農家さんたちがコスモスを咲かせていた