前回に引き続き、今回もサンスクリット語のはなしをしていきたいと思います。今回はとくに、現代におけるサンスクリット語の状況について見ていくことにしましょう。

死語ではない古典語・サンスクリット語

 意外にもサンスクリット語は、古典語でありながら死語ではありません。「生きた」言葉なのです。そのことを示す逸話を二つ、ご紹介しましょう。一つ目は、私のサンスクリット語の先生だった故上村勝彦先生の話です。先生は生前東京大学東洋文化研究所の教授で、「日本でサンスクリット語を読むことに関しては一番」と評価されていました。世界最長とも言われるインド叙事詩『マハーバーラタ』の全訳に取り組まれており、残念ながら完成が見えてきたところで亡くなりました。そのため日本において『マハーバーラタ』は完全訳がいまだにないという状況です。

『マハーバーラタ』の大戦争、クルクシェートラの戦いの様子。中央にアルジュナとクリシュナ。18世紀、インド北部チャンバ。 © Victoria and Albert Museum, London

 

・上村勝彦先生の話
 国際サンスクリット語学会では、インド人が外国人の発表者に対して、質疑でサンスクリット語を用いることがある、ということです。基本的に日本でサンスクリット語を学習するときは、「話し言葉ではない」という認識で教わりますし、そのような認識のもとで勉強もしますが、先生は学会のために、定型句などいくつかの会話文を暗記していると言われていました。

 もう一つの事例は、上村先生の一つ上の世代になる、中村元(1912-1999)先生の著書で読んだ話です。中村元先生はインド思想と仏教学の世界的権威でした。

・中村元先生の著書から
 その中村先生によると、現代でもインド人のバラモン階級は、聖典をサンスクリット語(あるいはそれより古いヴェーダ語)で暗唱しているといいます。このような逸話があります。
 中村先生がインド人と同席していたときに、『リグ・ヴェーダ』(インド最古の宗教文献)のある詩節の解釈について議論になったそうです。ところが問題の詩節の原文が思い出せないので、そのインド人に、「少し待って、いま調べるから」と言ったところ、「それはどのあたりだね」と聞かれ、教えた。するとインド人は問題の詩節のずいぶん前から暗唱しはじめ、長々と暗唱した結果ようやくその詩節にたどりつくと、「ここだね」、「これだからあなたの解釈は正しいよ」、と言った、というのです。(中村元選集〔決定版〕第8巻『ヴェーダの思想』春秋社、1989年、49頁)
 ヨーロッパでラテン語が現代も使われているという話は聞かないと思うのですが、サンスクリット語の方は完全な死語とはなっておらず、現代でも限定的ではあっても使用されているのです。そのことに関して、言語学者の長田俊樹もこのように述べています。

 幸か不幸か、現代の日本では万葉時代の日本語を話す人はいない。この点は、日本の事例と単純に比べるわけにはいかない。だがインドでは、おどろいたことにサンスクリット語を母語とする人々が、国勢調査をすると二十一世紀の現在でも存在する。また、衛星放送時代をむかえているインドには、サンスクリット語による衛星放送ニュース番組まである。(『新インド学』角川書店、平成十四年、8頁より引用)

 このように古典語でありながら現代でも大切にされている背景には、「言霊」信仰に似たものがあると考えられます。「ことば」そのものに力が宿るとする言霊の神話は世界各地にあります。たとえば次に挙げるケルトの神話では、詩人の「ことば」が決定的な力を持つとされます。ケルトは、アイルランドに残されている神話でインドとは地理的に隔たっていますが、同じインド=ヨーロッパ語族の仲間として、共通の文化的母体を持ち、神話や思想にも似たところがいろいろと見つかります。

ケルトの神話「銀の腕のヌァダとブレス王」

 ダーナ神族が先住民のフィルボルグとの戦いで勝利をおさめたとき、戦いの指揮をとっていたのがヌァダという神だった。彼は20年の間ダーナ神族の王でもあった。彼はフィルボルグの一族との戦いで陣頭指揮をとり目覚しい活躍を見せたが、この戦いのときに片腕を切り落とされてしまった。医術と技術の神ディアン・ケヒトが精巧な銀の腕を作り、ヌァダにつけた。それ以後、「銀の腕のヌァダ」と呼ばれるようになった。
 ダーナ神族を勝利に導いたヌァダが王位についていいはずだった。しかし、ケルトの風習で、肉体的な欠陥のある者は高い地位につけないことになっていた。そこで王位は、七年の間ブレスが継ぐことになった。しかしそれも、医神ディアン・ケヒトの息子ミァハが、ヌァダの腕を元通りに治すまでのことだった。ミァハは地面に埋められていたヌァダの腕を掘り起こさせると、見事にくっつけてみせたのだ。
 ヌァダの腕が治ったので、人々は暴君のブレスを、王位から降ろそうとした。ブレスは、ダーナ神族と、ダーナ神族の宿敵である巨人のフォモーレ族の両方の血を引いており、ダグダの娘ブリギッドを妻にしていた。彼は欲が深く吝嗇(りんしょく)で、人々に重い税を課して取り立てるのに、自分からは人々に与えようとはしなかった。貴族や詩人を歓待することは王としての礼儀であるが、ブレスはそれすらやろうとはしなかった。彼は野蛮なフォモーレの血を引いていたので、詩や音楽に趣味がなかったし、詩人や歌人に何も支払いたくなかった。
 ある夕べ、コープルという吟遊詩人が王宮にやって来た。詩歌の神オグマとエダンという女詩人の息子であった。ブレス王はコープルを、火もなくベッドもない小さい暗い部屋に通した。少したってから、小さいテーブルの小さい皿に、乾いたパンが三つだけ出てきた。その返礼としてコープルは、このような詩を作った。「皿には食べ物がすぐには盛られず/子牛が飲み育つミルクすらない/夜の真っ暗やみは人間のすみ家でない/詩を語る者への報酬も支払われない/ブレス王を同じ目に会わせるがよい」
 吟遊詩人の歌う詩は、魔術的な力を持っていて、人々の心の中に浸透し、やがてそれを実現させることになる。こうしてブレス王は、玉座を降りなければならなくなった。そしてミァハに腕を元通りにしてもらったヌァダが、再び玉座に戻った。(井村君江『ケルトの神話』ちくま文庫、1990年、81-86頁参照、一部引用)
 ケルト神話の詩人は、その役割からしても、インドのバラモンと似ているところがあります。どちらも、「ことば」が現実世界に実体として力を及ぼすと考えられています。詩人やバラモンの発した言葉は、「力」として具現するのです。書き記したものよりも、言葉、発話そのものに力が宿る。そのような思想のもとで、インドにおいて今でも暗唱が重視されているのでしょう。
 言葉を重視する話は、他の地域にもあります。エジプトでは、大女神イシスが言霊を操るとされています。次のような話です。

エジプトの神話 イシスの言霊とラーの真の名前

 イシスははじめ、言霊を持つ人間の女であった。彼女は多くの人間たちの世話に疲れ果て、神々をうらやましく思い、女神になろうという野心を抱いた。その頃、太陽神ラーは年老いてよだれをたらすようになっていた。
 イシスは地面の土から槍の形をした神聖な蛇を作り上げた。そしてそれを、太陽が通る所に置いた。ラーが起き上がってそこを通ると、イシスの作った蛇がラーにかみついた。たちまち蛇の毒がラーの身体にまわり、あごや手足が震えた。ラーは神々を呼んで、その苦しみを伝えた。全ての神々がラーのもとにやってきて、悲しんだ。そこにイシスがやって来て、ラーに言った。「私は言霊のちからによって蛇の毒を癒すことができます。私が発することばは生命の息なので、病気を打ち負かすことができます。」ラーは言った。「この蛇の毒の苦しみは火よりも熱く、水よりも冷たい。」イシスが言うには、「ラーよ、あなたの本当の名、隠されたことばを教えてください。そうすれば、その名によって、あなたは救われるでしょう。」ラーが悩んでいるうちに、毒は体中にまわり、一層激しく彼を苦しめた。ラーは苦しみながら、「私は、私の本当の名が私からイシスに伝わることに同意する」と言って、姿を隠した。その後、ラーの本当の名がイシスに伝えられた。イシスは言霊の技を使って言った。「毒よ、ラーから消えうせよ。毒を消すのは私だ。大神ラーの名によって、消え去れ。ラーの命の永らえんことを。毒よ、消え去れ。」こうしてイシスはラーの本当の名を知る大女神として崇拝されるようになった。(矢島文夫『エジプトの神話』ちくま文庫、1997年、58-62頁参照)

 このようにイシスは言霊を操ることで女神の地位を獲得したと、この神話は語ります。同時に、言霊が最も強く宿る場としての「名前」が強調されているのも興味深く思います。名前は、それを持つものの本質を表しているのでしょう。

 新旧の『聖書』においても、言葉はとても大切な存在と考えられています。世界を作ったのは、神の「ことば」でした。たとえば、『旧約聖書』「創世記」はこのようにはじまります。

初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。(創世記1:1−5)

 神は「ことば」を発して世界を創造したとされているのです。この言葉の重要性は、『新約聖書』によりはっきりと書かれています。「ヨハネによる福音書」の次の部分です。

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。

 『聖書』における言葉は、原初の存在で、世界を創り出す力であったのです。このことについては、機会を改めてまた書きたいと思います。
 日本ももちろん、言霊の文化をもっています。たとえば数字の「4」を、「死」の音に通じるとして忌避することがありますね。私が学生の頃住んでいた貧乏アパートには、104号室、204号室がありませんでした。103号室の隣が105号室だったのです。「4」を避けたのでしょうけど、こんどは「不在」ということに対してまた別の、不気味なものを感じたものです。