3月31日で今年の冬はおしまい。時計が1時間進んで、夏を待つ。
 まだ冷たい雨が降る日もあるけれど、黒い針金に見えた街路樹の枝がみるみる丸みを帯び、焦げ茶色に緩み始める。路上の花売りは、色鉛筆の蓋を開けたよう。つい数日前までは、ジャガイモやカボチャ、キャベツなどで寒々しかった青果店の店先が、今日は摘みたての菜の花やイチゴで華々しい。

 

 いつの間にか青空市場の露店主たちの多くが、南米やインドからの移民へと代わっている。店主たちは大玉の葉野菜を次々と手に取っては、外側の葉を威勢よく千切って店の裏の木箱へ投げ入れていく。露店が引き上げた後、買い物用キャリーを引いてやってくる生活困窮者たちがいる。異国から移住してきた店主たちも、苦労してきた。民族主義が強まるイタリアで、自分たちの明日はどうなるだろう。他人事ではない。傷んだ葉を切り落とすふりをしながら、店主たちは新鮮な野菜を丸ごと放り込んでいる。

 

 「甘いよ〜!チョコレートみたいだよ〜!」
 皮を剥いたオレンジが鼻下に差し出される。ひと口で、シチリアの柑橘類の農園に記憶が飛ぶ。甘いオレンジの味から、深い皺の奥で笑う老農夫の目へ、その碧眼から、丸々とした手がフライパンの上でニンニクを手慣れた様子で切り分け炒める台所に。ジュウッ。「炒め始めのナスはなかなか油を吸ってくれないけれど、いったん吐き出し始めたらもうこちらのものよ」 ざく切りの濃紺のナスの横で、パッケリ(注:ショートパスタの一種。太いマカロニ状のもの)を放り込んだ大鍋からもうもうと湯気が立つ。遠くに潮の香り。点けっぱなしのラジオから、ロザリオが流れている。バサバサ、バサリ。朝干したシーツが、すっかり乾いて海風を受け翻っている。昼2時を回る頃、玄関の呼び鈴が何度も鳴って、テーブルには30人ほどが着き、パンをちぎったり、ワインを飲んだり、椅子を引いたり、笑ったり。ナスとツナが具のソースにも、メインで並んだトマト仕立ての煮込み肉も、塩に代わって味をまとめるのはアンチョビだ。「アラブから伝わった習慣らしいけど」
 海の滋味で締めた陸の食材を噛むと途端に、アラブがじわりと滲み出てくる。
 舌の上で味の極が混じり、北アフリカのカスバに飛んだ。進めど、出口の見えない路地。歩くほどに、迷都のさらに奥へ引き込まれていく。高い窓もないレンガ色の壁を伝って歩いていると、埃を巻き上げながら乾いた風が脇を吹き抜けていく。くすんだ緑色のカフタンを纏った後ろ姿。青年なのか、若い女性なのか。
 …………。

 昨夏に山村の古本市で偶然に知り合ったロベルタに呼ばれて、彼女の家でおしゃべりをしている。道すがら出会った色や香り、音や味の話をし、彼女にも特別な旅へと旅立たせるような味や匂いがあるかどうか尋ねてみた。
 ロベルタは現在80後半の年齢で、小学生の時にナチの強制収容所への送還から逃れたユダヤ人だ。順々に周囲の人たちが、わけもわからずに連行されていく。ある日母親はロベルタの髪を短く刈り上げ、ぎゅっと抱きしめた後、
 「逃げに逃げて。きっと生きて、また会いましょう」
 長らく住込みで家事手伝いをしていた女性に、幼いひとり娘を託した。
 <この先いったい自分はどうなるのだろう>
 10歳になったかならないか。父親は外地で捕まったと聞いた。行方も生死も知れない。親族は全員、強制収容所へ連れていかれてしまった。
 「別れ際に持たされたのです」
 ロベルタは、壁から大切そうに額を外した。中には、本が収まっている。
 『ピーターパン』
 角は擦れて丸くなり、朽ちて色を失った表紙は触れると崩れ落ちてしまいそうだ。
 地下壕の中で逃げる道中で、繰り返し読み、暗記し、それでもページを繰っては低い声で朗読した。
 ロベルタはそうっと顔を古びた本に埋めるようにし、目を閉じて胸いっぱいに古い紙の匂いを吸い込んだ。
 いつでもどこでも胸を開いて、美しい場所へ連れていってくれる。
 「本は、母親でした」

 

※内田洋子さん「イタリアン・エクスプレス」は今回で最終回です。長らくのご愛読、誠にありがとうございました。