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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

2019年4月4日 おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

おかしなたび 

輪島 その2

たびのきほんはあるくこと。あるいてみつけるおかしなたび。

著者: 若菜晃子

餅米をまぶしたあん入り餅は、いがもち、けいらんなどと名前を変えて各地に分布し、輪島ではえがらまんじゅうと呼びます。これも五色生菓子のひとつで「山」のいが栗または光る岩を表すとも。にぎにぎしい祝い菓子です。
残雪の低山でミスミソウが顔を出す頃、町ではフキノトウが咲いていました。春先の山菜として食べるのはつぼみですが、開いた花も趣があります。町の片隅の地面にフキノトウがひっそり咲くなんてうらやましい。
和菓子屋には春のお菓子が並んでいます。うぐいす餅、花見だんご、桜餅。輪島にちなむ代表銘菓も。桜餅は小麦粉の薄焼であんをくるんだ関東風の長命寺。地元の和菓子屋には季節と歴史の積み重ねがあります。
見上げると厚い雨雲の下、黒い屋根瓦の上を、白い鳥が群れをなして飛んでいくところでした。比較的大きく、首が長いので白鳥ではないかしらん。こうして気づかないところで、刻々と着実に動いていく自然。
味醂干しをぶら下げ、魚を捌く屋台の魚屋も見かけます。いつも同じ場所に停め、常連客を待つのでしょう。私が育った町でも幼い頃はまだ荷台を引いて魚を売るおじさんがいて、来るといつも母が買っていました。
『中浦屋』の丸柚餅子は中をくりぬいた柚子皮に餅たねを詰め、蒸しては乾燥させて半年熟成させたもの。竹へらで皮が透けるほど薄くくりぬく作業は町の人たちも担い、口の部分が難しいそう。もはやお菓子を超えた芸術の域。
高い松の木々に静かに守られた、平安中期創建と伝わる重藏神社の鳥居前で聞こえるのは水の音。温泉が引かれていて飲用の柄杓も置かれていました。寒い日なので白い湯気がたち、口に含むと温かくそしてやわらかい。
雨が上がる頃、輪島を後にしました。田んぼには降った雨が溜まり、曇り空を寒々と映しています。けれどももうじきに水はぬるみ、緑が萌え出て、花が咲き、のどかな春景色になるんだろうな。
閉店のため売り尽くしの輪島塗の店で買ったのは、塗師のご主人が手すさびに作ったという、もとは手元の漆入れだった小桶。我が家では食後のおやつ入れとして、手を入れるたび、ぽってりとした漆の感触も味わう毎日。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。

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