秘密基地で暮らし始めて3日目の朝、キルギス人の観光客が5人ほどやって来たので動物たちの紹介を手伝うことになった。どうやらここはちょっとした観光地になっているらしい。秘密基地の周りには夏にしか使わないはずのボウズイ(移動式住居)が建ててあり来た時から不思議に思っていたが、伝統的な雰囲気を演出する為のものだったようだ。

 手伝いの後は、アマンがまた大量の肉塊を仕入れてきたので、おれは昨日の白い犬のところに行って餌をやることにした。

 犬はおれに気付くとすぐに顔を上げ、こちらをじっと見てきた。餌を投げるとすぐに食いつき、そのまま立ち上がって裏庭の隅へ移動しもぐもぐと食べ始めた 。

 少し元気になったような気はするが、胸部にはあばら骨がくっきりと浮き上がっていて、ほとんど皮だけの乳房がぶら下がっている。

 なんとか元気にならないだろうか……。

 

 その後、どうやら今日はアリシュ村でコクボルの練習があるようだったのでアマンと一緒に観戦することになった。コクボルというのはキルギスの人気スポーツであり、馬に乗って羊やヤギを奪い合うというラグビーに似たスポーツだ。本番では体重30kg位の小柄な羊をそのまま使ったり、ボールに見立てたヤギの頭部を使ったりするようだ。実際に見物していると、何頭もの馬が一斉に走ってぶつかり合う光景はかなり迫力がある。

 

 帰宅すると、アマンはアイマックを腕に乗せ、狩りをさせるべくまた外へ向かった。 付いて来るよう言われたのでワクワクしながらアマンに続く。

 外へ出るとアイマックは自由となり、準備されていた「餌」と向き合って威嚇を始める。

 

 狩りなので当たり前かもしれないが、「餌」は生きていた。小さな黒い犬だ。イヌワシは強力な握力と鋭い爪を持っており、オオカミやキツネも狩ることができる。子犬なら簡単に仕留められるだろう。

 生きた犬をイヌワシに食わせるというのは、犬をペットとして飼うのが一般的な日本では考えられないほどに残酷かもしれない。しかし、キルギスでは一般家庭でも普段から羊を解体しているし、動物にやる餌が生きていようが死んでいようが気にしないのだろう。

 そもそもおれ自身これまで様々な動物を解体してきたし、日本で暮らしている時ですら当たり前のように牛や鶏の肉を食べている。日本では誰かが代わりに殺してくれているだけで肉を食べるという行為には変わりないので、この餌やりを可哀そうだと思う事自体おこがましいかもしれない。

 子犬は、ビクビクしながらアイマックの出方を窺っている。アイマックから離れるべくゆっくりと移動することもあったが、すぐにアイマックが先回りして威嚇し、子犬の退路を塞いでいた。

 アイマックは子犬にずっと興味を持っていた……が、この日はあまり空腹ではなかったようで、子犬を攻撃することはなかった。結局アイマックには餌としてヤギの頭部が与えられた。

 黒い子犬は助かったかに思えたが安心したのも束の間で、次に餌となる時までの間オオカミたちの檻に入れられることになった。オオカミだってその気になれば子犬を捕食するだろうし、心配だ。

 

 その次の日は夕方ごろまでナリンで過ごした。キルギスから帰国したらすぐにモロッコでの冒険を出版する予定があったので、今後はその準備も少しずつ進めなければならない。アリシュ村は電波が弱いので、編集の方との打ち合わせはWi-Fiのあるナリンのカフェなどで行っていた。

 夕方になり、ナリンでの仕事を終えたアマンと合流。アマンはなんだか上機嫌でニヤついていた。理由を尋ねると、ついにスマートフォンを買ったとのことだった。 

「なあGo、これで家のパソコンでもSkype通話したりできるんだろ?」

「そのスマホでもできるけど、うん、パソコンもネットに繋げるな」

 秘密基地には古いノートパソコンが置いてあり、電波がないのでデータ保存用に使われていた。スマートフォンのテザリング機能を使えば、低速ながらもネットはできるだろう。

 スマホの初期設定やテザリングのやり方をおれが詳しく教えると、アマンはなんどもキルギス語で礼を言い、感謝してくれた 。普段は居候させてもらっていて世話になっているから、動物たちの世話以外で力になれたのはおれとしても嬉しかった。

 ただ、アマンの周りのキルギス人はSkypeを使っていないので、おそらくだが、セキルと冒険していた時に秘密基地で通話したあの謎の日本人女性と連絡を取る為に使うのだろう。

 以前アマンのもとを訪れた際、アマンの友人だという日本人女性から電話越しに通訳をしてもらったことがあった。そしてあの後、「最近アリシュ村で日本人女性がトラブルを起こし村人たちの反感を買った」という話を小耳に挟んだ。真偽のほどは定かではないが、事実だとすると、女性とアマンの母親との間でも一悶着あったのかもしれない。だとすると、アマンの母親の日本人に対する怒りも納得ができる。あの日本人女性が名前を名乗らなかったのはその辺りを気にしてのことだろうか。何か関係があるのかもしれないが……あまり詮索はしない方が良いだろう。  

 

 次の日、アマンが羊を解体するとのことだったのでその手伝いをすることになった。

 羊の四肢を交差させて縛り、暴れるのを押さえつけて喉を切り、首を後ろに倒して骨を折る。軽く血を抜いてから、毛皮を丁寧に剥がし、部位ごとに肉や腸を仕分ける作業に入る。

「なあ、Go。こういうのは日本人もやってるのか?」

「いや、ほとんどの人は解体の仕方も、家畜がどうやって死んでいってるのかも知らない」

 まだ動いている羊の心臓をバケツに放り投げながら返事をする。もちろんある意味幸せなことではあるが、日本では動物の解体作業について何も知らなくとも、最高品質の美味しい肉を毎日食べることができる。

 

 今日はまた観光客が来ていたので、見世物としてアイマックの餌やりをすることになった。観光客は食事中でありまだ時間があるとのことだったので、アイマックの背中にカメラを装着できないか相談することにした。

 「なあアマン、おれ実は数十グラムの軽いアクションカメラを持ってきてて、アイマックに装着できるように改造してあるんだけど、着けられないかな?」

 YouTubeなどにもいくつか投稿されているが、ワシやタカの背中にカメラを装着して撮影された動画は臨場感と迫力に溢れ、とても見ごたえがある。アイマックの体格を考えてアタッチメントを改造しておいたので、うまくいけばかっこいい映像が撮れるだろう。

 「おぉ、そんな物持って来てるのか! いいぜ、俺も見たいから!」

 アマンはかなり乗り気のようだったので、さっそくアイマックにカメラを装着することになった。

 しかし、いざカメラを装着しようとアイマックの翼に触れるとアイマックは嫌がり威嚇を始めた。イヌワシはオオカミよりも強いため、素手でオオカミを捕まえたアマンもかなり怯えながら装着を試みていた 。目隠しをしている状態ですら嫌がっていたので、アイマックにとってはやはりストレスなのかもしれない。

 その後急いでカメラの土台を小さく改良し、刺激が少ないよう配慮してから再挑戦したが、先ほどではないにしろ嫌がられてしまったので断念することになった。アマンもかなり楽しみにしていたようで、がっかりしていた。

 諦めて観光客と合流し、アイマックの餌やりを披露する。

 アイマックを秘密基地の屋根に上らせ、荒れ地にいるアマンが掲げた肉塊を取りに来させるというものだ。

 アマンが合図をすると、アイマックは艶のある大きな翼をゆっくりと羽ばたかせて飛び立ち、翼を横に広げ滑空しながら肉塊を受け取った。そしてその後は少し離れたところで着陸し、鋭い眼光で肉塊を品定めするかのようにしながら少しずつついばむ。

 コンテストなどで賞を取っていると以前言っていたが、流石、アマンもアイマックもかなり手慣れているようだった。

 

 そういえば、例の子犬はすっかりオオカミたちとの暮らしに馴染んでいた。食事の際もオオカミたちに全て取られるということはなく、何とか生き延びているようだ。このまま少しでも長く生きていてくれればいいが……。

 

 次の日、あの弱っている白い犬に肉をあげようと思い裏庭に行くと、犬がしっぽを振っておれの足元へやって来た。今までは裏庭の端でほとんど動かず肉を受け取るだけだったので最初は同じ犬かと一瞬疑ったが、確かにあの白い犬だ。こうしてよく顔を見ると、三角の耳が縦に細長く、丸く優しそうな眼をしていてとても可愛い。

 どうやらおれが餌を持って来るということを理解し、懐きつつあるようだ。

(写真、以上すべて©Gotaro Haruma)

 この一件でより親しみを覚えたおれは、白い犬に名前を付けることにした。

 日本だと「シロ」とか「クロ」とか見たままの名前を付けることがあるのでそれに倣い、「アク」(キルギス語で白いという意味)にしようと思ってアマンに相談する。

 「アマン、あの裏庭の犬なんだけど、『アク』って名前はどうかな? 日本語では『シロ』で、見たままの名前を付けようと思ってて」

 「『シロ』! いい響きだ! 気に入った!」

 どうやらアマンは「アク」ではなく「シロ」を名前として認識してしまったようだ。

 「いや、『シロ』じゃなくて『アク』にしたいんだけど……」

 「いやだから、『シロ』だろ? アクって意味の日本語なんだろ?」

 その後しばらくアマンに説明しようとしたが、「アク」と「シロ」が同じ意味なので誤解が解けることはなかった。互いにロシア語は流暢でないのでこうした細かい認識違いが起きることは仕方ないのかもしれない。

 それ以降アマンはあの犬のことを「シロ」と呼ぶようになったので、おれもそうすることにした。

 キルギス出身の犬に日本語の名前を付けるのはなんだか変な感じだが、かくして白い犬の名前は「シロ」に決定した!

 

 その日の夜、アマンは外出から戻るなり焦った様子でおれに尋ねた。

 「Go、アイマックがどこにいるか知らないか?」

 そういえば確かに、この前の餌やり以降、アイマックの姿を見ていない。アマンの父親が預かっているのかと想像していたが、どうやら違うようだった。

 「この前外で餌をやってたのを見たのが最後だな。アマンもいただろ?」

 おれがそう返事をすると、アマンは頭を抱えてしゃがみこんだ。

 ……もしかするとアイマックは逃げてしまったんだろうか?

 おれがその疑問を口にすると、アマンは渋い顔で頷いた。

 アイマックの食事には時間がかかるので、前々回屋外で餌をやった時もアマンはアイマックを放置したまま出かけており、その時は父親が来てアイマックを繋いでくれていた。

 どうやら父親とはきっちり連絡を取り合っている訳ではなかったようで、前回の餌やりの時は父親が来ず、アイマックはそのままどこかへ飛び立ってしまったようだ。

 その管理で今までよく逃げなかったな、とも感じたが、とにかく明日からアイマックの捜索が始まることになった。

 その後、今日はもう暗くて探せないからアイマックの事は一旦忘れようというアマンの言葉に従い、夕食の準備を始める。

 アマンの友達が2人ほどやって来たので皆でアヒルの鍋を囲むことになった。

 「Go! ボトル空けたいから飲めるならどんどん飲んでくれ!」

 アマンがウォッカを勧めてくる。

 キルギスでは、食事の場でウォッカを一気飲みすると周りの人々の幸せや一族の繁栄を願えるという風習があるらしいので、コップ3杯ほどウォッカを一気飲みすることにした。

 ボトルを空けたいという割にアマンたちはあまり飲んでいなかったので、おれを酔わせたいだけかもしれないが、おれ自身この位では酔わないので醜態を晒すことはなかった。

 こうして、この日もキルギスの田舎にある奇妙な秘密基地にて、夜は更けていった。

 明日からはアイマックの捜索が始まる。無事見つかれば良いが、一度逃げ出したイヌワシを見つける事なんて実際にできるんだろうか……。

(第16回につづく)