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ルワンダの少年と村井さんとの間で交わされる手紙と写真。ささやかで時間のかかる、でも確かな手ごたえのある交流。繊細で静かな文章に胸を打たれます。今回のアクセスランキング第1位です。
2007年に「新潮」に掲載された対談を再録しました。『ひらがな日本美術史』全7巻の完結を記念して語り合っていただいたものです。
昨年夏、大手術を終えて退院した村井さんの胸のうちを綴った文章が今また読まれています。
編集長 今週のメルマガ
 
令和最初のメールマガジンです。

平成元年(1989年)は、私が高校を卒業し、大学に入った年でした。「平成」という年号にしばらくは慣れず、何だかSFのパラレルワールドにいるような気分でしたが(連載中の大友克洋さんの漫画「AKIRA」の中みたいだ、と友人とよく話しました)、数年たつとそういう感覚がなくなり、昭和とはまた違う文脈の文化が芽生えて来るのを感じました。

元号というのは不思議なものですね。強制的に一つの区切りが生まれる。数年のうちにどういう新しい文化が誕生するのか楽しみです。

4月28日(日)
昨年から話題だったアメリカのドラマ「シャープ・オブジェクツ」(邦題「KIZU—傷—」)を見た。エイミー・アダムスが主演したHBOのミニシリーズ。

ゴーン・ガール」を書いたアメリカの推理小説家ギリアン・フリンの処女作が原作。この作家、4作しか書いていないが、人間の掘り下げ方に独特なえぐみがある。

精神的に問題を抱える女性記者が南部で起きた連続少女殺人事件を取材するため故郷に帰り、事件の謎を追っていくうちに、母との確執や自らが蓋をしていた過去の記憶が蘇ってくる。

こういう感じの乾いたサスペンスは、内容的にも映像の斬新さも、マシュー・マコノヒーとウディ・ハレルソンが演じた「TRUE DETECTIVE」第1シーズンが最高峰だったのだが、このドラマがそれをまた更新した印象である。現在、最終第8シーズンが放映されているファンタジー「ゲーム・オブ・スローンズ」と、「シャープ・オブジェクツ」がアメリカのドラマの世界の最先端という感じがする。

ちなみに、私はアマゾンプライムビデオで見たのだが、「シャープ・オブジェクツ」で検索すれば、アマゾンプライム会員は無料で見られる。ところが、「KIZU—傷—」で検索すると、全く同じものなのに、さらにスターチャンネルEXという有料チャンネルに入らなければ、見られない仕様になっている。ちょっと紛らわしくないだろうか。

5月1日(水)
令和最初の日に読んだのは、加藤文元さんの『宇宙と宇宙をつなぐ数学』だった。かつて「考える人」の二度の数学特集「数学は美しいか」(2013年08月号)や「数学の言葉」(2015年05月号)を読んだときと同じ独特な面白さを感じる。

フェルマーの最終定理、ポアンカレ予想に続く数学界の超難問に「ABC予想」というのがあるが、2012年に望月新一教授がそれを解決に導く「ICT(宇宙際タイヒミュラー)理論」を発表した。この理論は、あまりにも新奇な抽象概念が複雑にからまり合い、「その中身をチェックするのは人間業では無理である」と考える数学者が多い中、いやそんなことはないということを一般的に書いた本である。ジャーナリスティックに書かれているが、著者も数学者だ。

わかりやすく、と言っても、門外漢の私にはついていくので精一杯なところはあるが、それでも頭と紙を使ってうまれたアイデアが違うものと結びついていくことに不思議な興奮を味わえた。そしてまた、今現在、人間の叡智が世紀の大証明をしつつあるのに、自分も含めた多くの人々は何がおきているのか全くわかってない、ということに驚く。

5月2日(木)
妻と日比谷・帝国劇場にミュージカル「レ・ミゼラブル」を見に行く。ユゴーの原作は読んでも泣かなかったのに、ミュージカル版は映画にしても舞台にしても、すぐに泣いてしまう。

ほぼ隔年で上演されているだけあって、歌だけで物語がすすみ、登場人物も舞台転換も多いのに、動きがとてもスムーズで淀みがない。何回も見に来ていて、お目当ての役者がいる熱烈な常連客が多いようで、まるで歌舞伎の人気の演目を見に来ているかの気分になった。みんな上手いが、おそらく今トップのミュージカル女優・濱田めぐみが今回はじめてファンテーヌ役をやっていて、いまだに新しいことにチャレンジするその姿勢に驚かされる。

今年のゴールデンウイークは妻が仕事の日が多く、このミュージカルと横浜の実家に顔を出す以外、特に予定がない。退屈しないか心配だったのだが、ことのほか退屈だという気持ちになる瞬間がない。なかなか時間が取れず取り替えられなかった車のタイヤを買い替えたり、イエローハットで貯まったポイントでウォッシャー液など細々したものを買ったり、久々に近所の酒屋に顔を出して日本酒を買ったり、庭掃除をしたり。何と言っても、WOWOWで録画して見られなかった番組や、Netflixで気になるドラマやらをつけていると、かつてあった、あまり興味のないテレビ番組を昼間つけっぱなしにしていて時間を無駄にしている感覚がない。

國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』ではないけど、妻には「あなた、暇じゃない?」なんて言われるが(客観的な状況)、私としては全く退屈はしていない(主観的な状況)。頭の中では仕事をしているような感覚もある。

これなら、11年後の定年を迎えたあともなんとかなりそうだ、と思う反面、あれ、もう人生でこの先、退屈する瞬間ってないのかな、なんて思うと怖くてせつない気持ちになる。余白のなき人生。退屈する恐怖感に変わって訪れる、退屈しないことの恐怖感。
 
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