「からだ」への関心がたかまっています。テレビでも「××がからだに効く」というような番組に人気が集まっているようです。残念ながら私たちの特集はそのような速効性はありません。しかし、自分たちの「こころとからだ」を新鮮な視点で見つめ直すきっかけになるような、ちょっと意外なヒントを提示できたのではないかと思います。

 まずご案内するのは、名著『胎児の世界―人類の生命記憶―』(中公新書)を遺して急逝された、東京芸術大学教授の解剖学者・三木成夫氏の世界です。DNAや脳科学だけでは解き得ない、私たちのこころとからだにはまだまだ謎が残されています。生命の謎は解明されればされるほど深まっていくのかもしれません。たとえば三木氏は、脳科学が急ピッチで進んでいた八〇年代に、「内臓にこそ、こころがある」と説きました。それは私たちの進化の過程を探ることで導きだされた、それこそ「腑に落ちる」考え方なのです。

 特集では、三木氏の独自の世界観、思想が端的に表れている講演記録「海と呼吸のリズム」を誌上再録しました。そして、東京芸術大学時代の教え子であり、「からだ」をめぐる著作も多い布施英利氏と、東大解剖学教室で三木氏よりもひと回り後輩にあたる養老孟司氏に、三木氏の類い稀な「人と思想」の魅力を語っていただきました。

 次に登場していただいたのは、今、桑田真澄投手の奇跡的復活を支えたことで俄然注目を浴びている武術家・甲野善紀氏です。養老孟司氏との共著もある甲野氏は、近代以降に日本人が失ってしまったかもしれない身体感覚を甦らせ、また、自らの実践の場で日々研鑚しつつある、驚くべき技の持ち主です(取材から帰社した編集部員は、自分にかけられた甲野氏の技の興奮からしばらく冷めない様子でした)。甲野氏にながらく師事し、近著『不安定だから強い―武術家・甲野善紀の世界―』(晶文社)で甲野氏の世界を紹介した田中聡氏が、六つのキーワードで甲野氏の世界をわかりやすく案内します。その六つとは、「ねじらない」「ナンバ歩き」「蹴らない」「支点を消す」「同時に動く」「アソビを取る」。

 そして、今回は編集部員が実体験にも挑戦しています。著作活動も行う気鋭の禅僧・南直哉氏の案内で、編集部の最若手が永平寺の坐禅修行に臨みました。自己の「からだ」との対話がいかなるものだったか、そのやや滑稽で悲惨な一部始終はもちろん、体験後に南直哉氏にうかがった坐禅についての問答は、けっして「禅問答」ではない、きわめて合理的で道筋の通った哲学的な示唆に富んだものになっています。

 最初に「速効性のない」特集だと申し上げましたが、『身体感覚を取り戻す―腰・ハラ文化の再生―』(NHKブックス)で新潮学芸賞を受賞された齋藤孝氏には、読者にもすぐ取り組むことのできる呼吸法指南をお願いしました。齋藤さんに実演していただき、図解写真とわかりやすい解説で、「こころとからだ」がリラックスする呼吸法を伝授いたします。

 そして最後に、名助産婦・神谷整子氏に、私たちの「こころとからだ」の原点ともいえる出産について、大変興味深いお話を伺うことができました。詳しくはぜひ特集にあたっていただきたいのですが、最初に取り上げた三木成夫氏の「海と呼吸のリズム」の世界にも驚くほど符合する話が次々と語られます。神谷さんがいつも手放せないのは釣り人たちが使う潮時表。満月や新月、大潮や小潮がどのように出産への影響を与えるのか。そして新生児が母親の体外に生まれ出た時、最初の肺呼吸はどのようになされるのか。私たち誰もが経験したはずの、そして誰もが忘れているであろう出産の実態を知ることで、「こころとからだ」の原点を見つめ直していただければと思います。